キーワード

人はなぜ“おいしさ”なしに生きられないのか? 人類を“美食モンスター”にした
「3つの特殊能力」

2020年2月21日

健康を害してまで「おいしいもの」を欲してしまう人間。なぜ「生きるため」だけでなく「おいしさを楽しむ」ために食べたくなる“美食モンスター”のような生き物になってしまったのか?壮大な進化の歴史をさかのぼると、人類が生き延びるために獲得した「おいしさを感じる3つの特殊能力」があることが分かってきた!

・第1の特殊能力:「苦味」が“美食の妙薬”に!

およそ700万年前の人類誕生以来、私たちの祖先はアフリカ大陸で暮らしてきた。ところがおよそ6万年前、地球規模の気候変動で寒冷化が起き、食べ物が乏しい時代が訪れる。そこで人類の祖先は意を決して、食べ物を求めて新天地へと旅立ったのだ。

しかし行く先には食べ慣れた物が見当たらず、食べたことのないものも食べなければ生きていけないはめに。そんな中で祖先は、今まで排除していた苦味のある物の中には、栄養がある食材も少なくないことを発見。苦味に臆せず栄養のあるものを食べられた祖先は、生存のチャンスを高めていった。そうした経験の積み重ねが、苦味を「積極的に食べたくなる味」として記憶していくことにつながったと考えられるのだ。

このとき、祖先の脳では、ある「特殊能力」が進化したと考えられる。注目すべきは、人類の高度な脳のなかでもとくに発達した「情報司令部」ともいうべき場所(「眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)」と呼ばれる)だ。舌で苦味を感じると脳は反射的に「毒」だと認識するが、それを一旦「情報司令部」が受け取る。そして過去の記憶を参照し、「これは体に良い苦味」だと分かると、「おいしいぞ、食べろ」と食欲を促す能力を発達させたと考えられるのだ。

photo
脳の前頭葉にある「眼窩前頭皮質」と呼ばれる場所が、苦味の情報と過去に食べた味の記憶とを結びつけた

「苦味」を「おいしさ」と結びつけて記憶する能力。それこそが、人類が手にした「美食につながる“第1の特殊能力”」。これは他の動物にはない能力だと、京都大学霊長類研究所の今井啓雄教授は語る。

「人類はさまざまな地域に進出していった過程で、苦味のハードルを越えてさまざまなものを食べることが重要であったと思われます。苦味を『おいしい』と思うことで、他の動物にはない感覚を手に入れて、さらに食べ物の広がりを広げていったと考えられます。」(今井教授)


・第2の特殊能力:「味」より「風味」こそがおいしさだ!

恐竜時代、私たちの祖先は、鼻面が長い、ネズミのような姿の小動物で、天敵から逃れて闇夜の中で鋭い嗅覚を頼りに生きる、「夜行性」だったと考えられている。

しかしおよそ6,600万年前、地球に巨大な隕石が衝突して恐竜が絶滅すると、生き残った私たちの祖先は昼間の世界へと進出し、「嗅覚」よりも「目」を武器に生きるように進化した。

注目すべきは、このとき「祖先の顔の骨格」に起きた大変化だ。夜行性だったころは匂いを感じやすいように鼻面が長く、口と鼻の間は板状の骨で隔てられていた。しかし、目を使って活動するようになると、長い鼻面は不要となり退化。口と鼻を隔てる板状の骨もなくなり、口から喉、鼻にかけて「ひとつながり」になった。

この「ひとつながりの構造」が、人類を「美食モンスター」に変える「第2の特殊能力」を目覚めさせたたと考えるのが、イェール大学のゴードン・シェファード博士だ。ひとつながりになった人間の喉から鼻にかけての構造を模型で再現し、食べている最中に食べ物の香り成分がどのように移動するかを調べる実験を行った結果、興味深いことが明らかになった。

photo

口の中で食べ物をかむと、食べ物からさまざまな香り成分が大量に立ち上り、それが一旦喉の入り口付近にたまる。それが、鼻から息を吐く瞬間、空気の流れに乗って、喉から鼻の内部へと一気に流れ込み、鼻の内部にある「嗅覚センサー」にどんどんぶち当たることが分かったのだ。

味を感じる舌の味覚センサーはおよそ100万個なのに対して、嗅覚センサーはその10倍のおよそ1,000万個。舌で感じる味の情報より桁違いに多い「香り成分の情報」が、脳の「情報司令部」に押し寄せる。その結果、人類は「味よりも食べているものの香り=“風味”をおいしさと強く結びつけて記憶する」ようになったと考えられるのだ。

「舌で感じる“味”より嗅覚で感じる“風味”こそがおいしさ」だと感じる「第2の特殊能力」を、顔の形の大変化に伴う思わぬ副産物として手に入れた人類。こうしてついに、舌が感じる栄養成分よりも、“おいしい風味”によって過剰な食欲をかき立てられる、「美食モンスター」が誕生したのだ。


・第3の特殊能力:「みんなと分かち合う」ものこそが“美食”に!

じつは最新研究で、私たち人間には味覚でも嗅覚でも説明のつかない、「第3の特殊能力」が備わっていることが分かってきた。その能力には、「健康的な食事をおいしいと感じさせる」不思議なパワーがあるというのだ。

おもしろい実験を行った。20~40代の男女30人をAとBの2グループに分けて、それぞれ同じ料理を食べてもらった。用意したのは、「ゴボウをすりおろして作ったスープ」と、「薄切りのキュウリと大根をパスタ代わりに使ったペペロンチーノ」。いかにも健康に良さそうな創作料理だ。

photo

食べ終わった後で2つのグループの人たちに料理の感想を聞くと、じつに不思議なことが起きた。

まずはAグループの感想。
「うーん、味がない、薄い。」
「一口、二口、薬的な感じでしかいただけなかったですね。」

一方、Bグループの人たちは…
「食べたときに、シャキッとしてて、後味がよかった。」
「すごくおいしくて、なんか優しい味だなって思って。もっとあったら飲みたい。」

食べた料理はまったく同じなのに、2グループの感想がまるで違う。なぜなのか?

じつは「食べる前に伝えた“料理の名前”が違っていた」のだ。Aグループに伝えた2品の料理名は、下の画像の通り。「低脂肪」「健康」「大根の炒め物」など、味気ない言葉が並ぶ料理名だ。

photo
Aグループに伝えた2品の料理名

一方、Bグループに伝えたのは、下の画像の通り。「鳴門鯛のダシたっぷり」、「モチシャキ」「創作」など、おいしさを際立たせる言葉が入った料理名だ。

photo
Bグループに伝えた2品の料理名

伝えられた料理の名前が「おいしそう」な印象のものになっただけで、食事に満足する人の割合が60%から87%に上昇するという、驚きの結果に。私たちには、「自分の舌や嗅覚で直接感じるおいしさ」よりも、「人から与えられる情報で感じるおいしさ」の方を強く感じるという、「第3の特殊能力」が備わっているのだ。

詳しくは、人類の果てなき欲望!? 人はなぜ“おいしさ”なしに生きられないのか?

この記事は、2020年2月23日に放送した 「NHKスペシャル 食の起源 第5集「美食」~人類の果てなき欲望!?~」 を基に制作しています。

新着記事