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人類の果てなき欲望!?
人はなぜ“おいしさ”なしに生きられないのか?

2020年2月21日

あらゆる生き物にとって、「食」とは生きていくために食べるもの。しかし、私たち人間だけは、健康を害してまで「おいしいもの」を欲して食べ過ぎてしまう、まさに「美食モンスター」だ。なぜそのような奇妙な進化を遂げてしまったのか?人類の歴史をさかのぼると、祖先が生き延びるために獲得した「おいしさを感じる3つの特殊能力」が今の私たちに受け継がれ、人間特有の「美食感覚」を生み出していることが分かってきた。「おいしさ」に秘められた意外な真実を知れば、体に良くてしかもおいしい、“理想の食”への道が見えてくる!

「苦味」をおいしさに変えて人類は生き延びた!

私たち人間は、「おいしさ」なしにはいられない「美食モンスター」だ。なぜ人類は「生きていくため」だけでなく、むしろ「おいしさを楽しむため」に食べるようになったのか。人類特有の貪欲な「美食感覚」のカギを握る第一の要素が、ある「特別な味」に秘められている。その特別な味とは、おいしさとは正反対に思える「苦味」だ。苦味と美食に一体どのような関係があるのだろうか?

それを教えてくれるのが、ワインソムリエを務めるエイプリル・ポーグさんだ。エイプリルさんは生まれつき「味のわずかな違い」にとても敏感な舌を持っており、その優れたワイン鑑定能力は、ソムリエ業界で表彰されるほどの折り紙付き。味に鋭敏な「美食の舌」を活かして、さまざまなおいしい料理と最も相性の良いワインを選び抜いている。

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エイプリルさんの舌は普通の人と何が違うのか?

唾液を採取してそこに含まれる「遺伝子」を調べると、なんとエイプリルさんは「苦味を敏感に感じる遺伝子」を持っていることが分かった。じつはこの「苦味遺伝子」、人類の進化と深い関係があるのだ。

「苦味遺伝子」とは、本来どのような役割を持つものなのか。人類と共通の祖先を持つチンパンジーも、苦味遺伝子を持つものと持たないものがいることが分かっている。その違いを、あるユニークな実験で比較してみよう。

協力してくれるのは、苦味遺伝子を持つチンパンジーと、持たないチンパンジー。2頭には、わざと「苦い味」をつけたリンゴを与える。すると、「苦味遺伝子」を持たないチンパンジーは、苦味を感じにくいために平気で食べられた。一方、「苦味遺伝子」を持つチンパンジーは、リンゴを口にしたとたん、顔をしかめて吐き出してしまった。

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苦いリンゴを食べられずに吐き出す「苦味遺伝子を持つチンパンジー」

苦いリンゴに塗りつけていたのは、植物が持っているような「苦味物質」だ。多くの植物は動物に食べられないように、葉などに毒性のある苦味物質を蓄えている。それを多く食べると危険なため、敏感に「毒の苦味」を察知して排除する仕組みが祖先の体に備わったと考えられるのだ。

私たちの舌にも苦味物質を感じるセンサーがあり、毒性のある物質が口に入ると、その情報が脳に伝わり、脳の「味覚野」という場所で「苦い味」と認識される。すると反射的に「食べるな」と指示を出して毒を排除する。じつは「苦味遺伝子」を持つ人は、この苦味センサーの感度が高まり、より敏感に毒を感知して瞬時に避けられる。つまり、「苦味遺伝子」を持つワインソムリエのエイプリルさんは、「毒の苦味に非常に敏感な舌」の持ち主だったのだ。

でもそのことが、彼女の持つ「美食の舌」と、どう関係しているというのだろうか?

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「苦味」が“美食の妙薬”に!? 人類の「第1の特殊能力」

「苦味」と「美食」が結びついた意外な理由もまた、「人類の進化」に秘められていると考えられている。

およそ700万年前の人類誕生以来、私たちの祖先はアフリカ大陸で暮らしてきた。ところがおよそ6万年前、地球規模の気候変動で寒冷化が起き、食べ物が乏しい時代が訪れる。そこで人類の祖先は意を決して、食べ物を求めて新天地へと旅立ったのだ。

しかし行く先には食べ慣れた物が見当たらず、食べたことのないものもいろいろ試しに食べてみなければ生きていけないはめに。そんな中で、祖先はあることを発見する。「苦味はあるけれど毒ではなく、むしろ体が元気になる!」そう、今まで排除していた苦味のある物の中には、栄養がある食材も少なくなかったのだ。苦味に臆せず栄養のあるものをおいしく食べられた祖先は、生存のチャンスを高めていった。そうした経験の積み重ねが、苦味を「積極的に食べたくなる味」として記憶していくことにつながったと考えられるのだ。

このとき、祖先の脳では、ある「特殊能力」が進化したと考えられる。注目すべきは、人類の高度な脳のなかでもとくに発達した「情報司令部」ともいうべき場所(「眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)」と呼ばれる)だ。舌で苦味を感じると脳は反射的に「毒」だと認識するが、それを一旦「情報司令部」が受け取る。そして過去の記憶を参照し、「これは体に良い苦味」だと分かると、「おいしいぞ、食べろ」と食欲を促す能力を発達させたと考えられるのだ。

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脳の前頭葉にある「眼窩前頭皮質」と呼ばれる場所が、苦味の情報と過去に食べた味の記憶とを結びつけた

「苦味」を「おいしさ」と結びつけて記憶する能力。それこそが、人類が手にした「美食につながる“第1の特殊能力”」。これは他の動物にはない能力だと、京都大学霊長類研究所の今井啓雄教授は語る。

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「人類はさまざまな地域に進出していった過程で、苦味のハードルを越えてさまざまなものを食べることが重要であったと思われます。苦味を『おいしい』と思うことで、他の動物にはない感覚を手に入れて、さらに食べ物の広がりを広げていったと考えられます。」(今井教授)

“恐竜の絶滅”が人類を「美食モンスター」に進化させた!?

苦味すらも“美食の妙薬”に変える「第1の特殊能力」を手に入れた人類。しかし、さらに強力な「第2の特殊能力」を獲得したことをきっかけに、おいしさを際限なく求める「美食モンスター」へと一気に変貌を遂げたことが分かってきた。

「第2の特殊能力」とは何なのか?ニューヨークのカフェで働くリア・ホーゼルさんの奇妙な体験が、それを教えてくれる。

ホーゼルさんはおいしい物が大好きで、お店の新しい食事メニューの開発も任されるほどだった。ところが3年前、深刻な事態が彼女を襲う。

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「『おいしさ』をまったく感じなくなってしまったんです。何を食べても、まるで段ボールを食べているような感覚です。『おいしさ』を失って、生きている実感もわかなくなりました。」(ホーゼルさん)

病院で診察を受けたところ、告げられた病名は「無嗅覚症」。風邪による鼻の内部の炎症が悪化して、匂いをまったく感じられなくなっていたのだ。

風邪などで鼻が詰まると、確かに食べ物を味気なく感じる。でも、味覚とは直接関係ない嗅覚が働かないだけで、なぜ私たちはおいしさを感じられなくなってしまうのか?

その意外な理由を解き明かしたのが、世界的な進化学者のダニエル・リーバーマン博士。嗅覚とおいしさを結びつけるカギは、祖先の「顔の形」の進化にあると言う。

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「人類の祖先は、もともと鼻面の長い顔立ちでした。それがやがて、鼻面の短い顔に進化しました。それがきっかけで、祖先は嗅覚でおいしさを強く感じるようになったのです。」(リーバーマン博士)

一体どういうことなのか?

話ははるか恐竜時代にまでさかのぼる。当時私たちの祖先は、鼻面が長い、ネズミのような姿の小動物で、恐ろしい天敵から逃れて闇夜の中で鋭い嗅覚を頼りに生きる、「夜行性」の生き物だったと考えられている。鼻面が長いと、鼻から入った匂いはまっすぐ鼻の奥にある「嗅覚の細胞」に届くため、嗅覚が鋭敏になるという利点があるのだ。

「嗅覚の細胞」を電子顕微鏡で拡大したのが、下の画像だ。水色で示した、突起がついた丸い物はすべて「匂いを感じるセンサー」だ。

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電子顕微鏡で撮影した嗅覚の細胞

人間の場合、嗅覚センサーの数はおよそ1,000万個もあり、およそ1兆種類もの匂いを感じる能力があると言う。

嗅覚センサーで捉えられた匂いの情報は、舌で感じる味覚と同様、脳の「情報司令部」に伝えられ、過去に嗅いだ匂いの記憶と照合しながら、「危険な匂いではないか」などの判断がなされる。

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長い鼻面で、非常に鋭敏な嗅覚をフルに働かせていた「夜行性」の祖先。しかし、およそ6,600万年前に大事件が起きる。地球に巨大な隕石が衝突し、恐竜が絶滅したのだ。

生き残った私たちの祖先は、さらに1,000万年以上の時が経つと、生き方を一変させていた。天敵が滅びたことによって昼間の世界へと進出し、「嗅覚」よりも「目」を武器に生きるように進化していたのだ。

注目すべきは、このとき「祖先の顔の骨格」に起きた大変化だ。夜行性だったころは匂いを感じやすいように鼻面が長く、口と鼻の間は板状の骨で隔てられていた。

しかし、目を使って活動するようになると、長い鼻面は不要となり退化。口と鼻を隔てる板状の骨もなくなり、口から喉、鼻にかけて「ひとつながり」になった。この「ひとつながりの構造」こそが、後に人類を「美食モンスター」に変える重要なカギになったというのだ。

「味」より「風味」こそがおいしさだと感じる「第2の特殊能力」

顔の骨格が変化し、口から喉、鼻の内部にかけて「ひとつながりの構造」になった、人類の祖先。それが「匂い」と「美食」を強力に結びつけたことをユニークな実験で明らかにしたのが、イェール大学のゴードン・シェファード博士だ。ひとつながりになった人間の喉から鼻にかけての構造を模型で再現し、食べている最中に食べ物の香り成分がどのように移動するかを調べる実験を行ったのだ。

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その結果、おもしろいことが分かってきた。口の中で食べ物をかむと、食べ物からさまざまな香り成分が大量に立ち上り、それが一旦喉の入り口付近にたまる。そして、鼻から息を吐く瞬間、空気の流れに乗った大量の香り成分が、喉から鼻の内部へと一気に流れ込むのだ。

すると、本来は鼻の穴から吸い込んだ匂いを感知するために発達した嗅覚が、「口の中にある食べ物の香り成分を強烈に感じる」という、まさに「進化の想定外」ともいえる事態が引き起こされることになった。

しかも、味を感じる舌の味覚センサーはおよそ100万個なのに対して、嗅覚センサーはその10倍のおよそ1,000万個。舌で感じる味の情報より桁違いに多い「香り成分の情報」が、脳の「情報司令部」に押し寄せる。その結果、人類は「味よりも食べているものの香り=“風味”をおいしさと強く結びつけて記憶する」ようになったと考えられるのだ。シェファード博士は、人間が感じる食のおいしさにとって、味覚よりも嗅覚の方がはるかに重要だと語る。

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「脳は、大部分を嗅覚からの情報に頼って、おいしさを感じています。舌などの感覚も大事ですが、補助的なものと言っていいくらいです。」(シェファード博士)

こうして、食べている最中に食べ物の風味を感じやすい体の構造を手に入れた人類の祖先。やがて、人類を「美食モンスター」に変貌させる決定的な事件が起こる。およそ200万年前に、祖先が「火で調理をし始めた」のだ。火で加熱された食材からはさまざまな香り成分がさらにふんだんに立ち上るようになり、それを食べると口から鼻の内部にかけては、まさに食べ物の風味の洪水のような状態になる。これが鋭敏な嗅覚センサーにどんどん感知されて、激しく脳を刺激するようになったのだ。

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「舌で感じる“味”より嗅覚で感じる“風味”こそがおいしさ」だと感じる「第2の特殊能力」を、顔の形の大変化に伴う思わぬ副産物として手に入れた人類。こうしてついに、舌が感じる栄養成分よりも、“おいしい風味”によって過剰な食欲をかき立てられる、「美食モンスター」が誕生したのだ。

「人間は何も美食を楽しむために進化したわけではありません。進化の偶然で、『風味こそがおいしさ』と感じる能力を手にしたのです。」(リーバーマン博士)

“究極のおいしさ”は「味」でも「香り」でもなかった!?

もはや栄養とは無関係に“おいしさ”のとりこになってしまった私たち。そんな宿命を背負いながら、今さら「健康に良いものをおいしい」と感じられるような“食との良い関係”を取り戻すことはできるのだろうか?

じつは最新研究で、私たち人間には味覚でも嗅覚でも説明のつかない、「第3の特殊能力」が備わっていることが分かってきた。その能力には、「健康的な食事をおいしいと感じさせる」不思議なパワーがあるというのだ。

「第3の特殊能力」とは何なのか。それが、おもしろい実験で浮き彫りになった。20~40代の男女30人をAとBの2グループに分けて、それぞれ同じ料理を食べてもらった。用意したのは、「ゴボウをすりおろして作ったスープ」と、「薄切りのキュウリと大根をパスタ代わりに使ったペペロンチーノ」。いかにも健康に良さそうな創作料理だ。

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食べ終わった後で2つのグループの人たちに料理の感想を聞くと、じつに不思議なことが起きた。

まずはAグループの感想。
「うーん、味がない、薄い。」
「一口、二口、薬的な感じでしかいただけなかったですね。」

一方、Bグループの人たちは…
「食べたときに、シャキッとしてて、後味がよかった。」
「すごくおいしくて、なんか優しい味だなって思って。もっとあったら飲みたい。」

食べた料理はまったく同じなのに、2グループの感想がまるで違うのだ。一体なぜなのか?

種を明かすと、じつは「食べる前に伝えた“料理の名前”が違っていた」のだ。Aグループに伝えた2品の料理名は、下の画像の通り。「低脂肪」「健康」「大根の炒め物」など、味気ない言葉が並ぶ料理名だ。

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Aグループに伝えた2品の料理名

一方、Bグループに伝えたのは、下の画像の通り。「鳴門鯛のダシたっぷり」、「モチシャキ」「創作」など、おいしさを際立たせる言葉が入った料理名だ。

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Bグループに伝えた2品の料理名

伝えられた料理の名前が「おいしそう」な印象を与えるものになっただけで、食事に満足する人の割合が60%から87%に上昇するという、驚きの結果に。私たちには、「自分の舌や嗅覚で直接感じるおいしさ」よりも、「人から与えられる情報で感じるおいしさ」の方を強く感じるという、じつに不思議な能力が備わっているのだ。

「仲間への共感能力」が人類の“究極のおいしさ”を生む!

なぜ「自分で感じるおいしさ」よりも「他者から与えられるおいしさの情報」を優先させるような仕組みが、私たちの脳に備わったのだろうか。じつはそれこそが、人類だけが進化の過程でとくに発達させた「第3の特殊能力」だと考えられている。

カギを握るのは、およそ6万年前、食べ物を求めて人類の祖先がアフリカを旅立ち、世界各地へと冒険の旅に出た、その苦難の旅路だ。最新の研究で人類の脳の形状の進化を詳しく調べると、興味深いことが分かってきた。

まだアフリカに留まっていた「初期人類」の脳と比べて、その後、世界中に進出して行った祖先は、現生の人類に至るまでの間に、とくに脳の「前頭葉」が大きく発達したことが突き止められたのだ。

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初期人類の脳(下)と現生人類の脳(上)の前頭葉の部分を比較すると、現生人類の方が前頭葉の大きさが肥大しているのが分かる。(脳の前の方を下から見た図)

その大きくなった前頭葉に存在するのが、「仲間への共感」を生み出す脳の中枢(腹内側前頭前野(ふくないそくぜんとうぜんや))だ。集団で協力し合って生き抜く道を選んだ私たち人類の祖先は、他人が感じる喜怒哀楽を、まるで自分の感情のように共感できる能力を高度に発達させてきた。この優れた「共感能力」が、祖先たちの食に劇的な変化をもたらしたと考えられるのだ。

それまで祖先の脳の「情報司令部」は、自分が経験したさまざまな「味」や「香り」の記憶を頼りに、「食べる価値があるもの」を見定め、「価値があるもの=おいしい」と認識していた。ところが、「共感の中枢」が発達すると思わぬことが起こり始めた。仲間が新しい食材を見つけておいしそうに食べているのを見ると、「共感の中枢」が反応。すると脳の「情報司令部」は「仲間が食べているものは自分も食べる価値がある」と判断し、その食べ物を「おいしいもの」として記憶するようになったと考えられるのだ。これこそが、人類が手に入れた「第3の特殊能力」である。

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この特殊能力の発達によって、人類は自分の食の好みにとらわれず、「仲間と分かち合うもの」を「おいしい」と感じられるようになった。そのおかげで、か弱い存在だった人類は、常にみんなで一緒に新しい食べ物を見つけ出し、分かち合って食べることができるようになり、厳しい生存競争を生き抜くことができたと考えられるのだ。

「人類の祖先は他の動物に比べると非常に弱い生き物で、自分と違う味覚を持った仲間と“同じ食べ物を共有していく”ことが重要だったと思われます。私たちにとって“おいしさ”とは、“自分だけが感じるおいしさ”ではなく、みんなで共有するものなのです。おいしさを共有する、あるいはそれを拡散していくということは、非常に重要な人類の特徴であると思われます。」(今井教授)

そんな「共感が生むおいしさ」を大切にして、現代に至った人類。今や私たちの脳は、おいしそうな料理の名前や、口コミでの「おいしい」という他者の評価など、おいしさを感じさせるさまざまな情報を共有して、美食を追い求めるまでになっている。「みんなと共有するおいしさ」に心動かされるのは、まさに人類が常に仲間と共に食を開拓し、分かち合って生き抜いてきたという証しなのだ。
人によっておいしいと感じるものが異なるのは、「これまでその人が、誰とどんな食を共有してきたか」という経験が異なるためだと、脳とおいしさ感覚について研究する東北大学大学院教授・坂井信之さんは語る。

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「私たちのおいしさの感じ方というのは、単に味の記憶や匂いの記憶だけで決まるのではない。その食べ物を誰と一緒に食べたか、どういう気持ちになったかという、“共感の記憶”も重要になってくるんです。人によってそれぞれおいしいと感じるものが違うのは、何を今まで食べてきて、誰と食べてきて、どういう気分を共有してきたかという経験がすべてそこに含まれていて、それが人によって大きく違うからなんです。」(坂井教授)

食との“健康的な関係”を取り戻すことはできるのか?

人類が長い進化の歴史の中で獲得してきた、人類特有の「美食の特殊能力」。それを活かして、私たちは食との健康的な関係を取り戻せるのだろうか?

北欧・フィンランドでは、子どもたちの偏った食生活を改善しようと、「おいしさの記憶」に着目したユニークな取り組みを始めている。「サペーレ」と呼ばれる新たな食育だ。その現場では、まず子どもたちに、体の五感をフルに働かせていろいろな食材に自由に触れさせる。たとえば、目隠しをして、匂いだけで食べ物が何か当てさせたり、色も形もさまざまな野菜などで好きなように遊ばせたり。

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さらに、みんなで森の中に行って、食べられる物を探すゲームを楽しんだりもする。その姿は、さながら試行錯誤で新たな食を見つけて記憶してきた人類の祖先たちのようだ。

こうして「楽しい食の記憶」を育むだけで、野菜嫌いだった子どもたちがいろいろな食材に興味を抱き、おいしく食べ始めるという、興味深い成果が上がっている。

「食の楽しさを心に刻みつけることが大切なんです。それによっていろいろな食に興味を持ち、大切に思えれば、私たちは食との良い関係を取り戻せるはずです。」(サペーレを行っている指導者)

子どもだけではない。大人たちも、日々自分が口にしているものに、どれほど興味や関心を抱き、その味わいや香りの違いを敏感に感じ取り、みんなで食べることを楽しめているだろうか。サペーレの成果は、私たちに「人間にとって食で本当に大切なことは何か」を教えてくれているようだ。

長い長い人類の進化の歴史。その過程で、私たちの祖先はさまざまに姿形を変えながら、生きるために必要な食べ物を懸命に見つけだし、仲間と分かち合うことで、共に命をつないできた。「食」とはまさに人間が人間になれた理由そのものだ。そして今、私たちの「食」は単なる栄養摂取ではなく、人を幸せにし、人と人を結ぶ絆にまでなっている。

「理想の食」とは何か?その問いの答えは、ただ「何を食べるべきか」ではなく、「人間にとって食とは何か」を知る先に見えてくるはずだ。

あなたの食は、きっともっとおいしくなる。もっと幸せになる。

この記事は、2020年2月23日に放送した 「NHKスペシャル 食の起源 第5集「美食」~人類の果てなき欲望!?~」 を基に制作しています。

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