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なぜ人はこれほど酒を飲むのが好きなのか?
人と酒をめぐる「3つの大事件」

2020年1月31日

世界中で多くの人たちに愛されている「酒」。しかし、飲酒量が増えるにつれて病気のリスクも上がるという最新のデータも。分かっちゃいるけど、なぜか多くの人間は酒を飲むのが大好き。人類が“最強の飲んべえ”に進化した謎をひもとくと、酒が私たちにもたらした「3つの大事件」が見えてきた!

・第1の大事件 人類、“最強の飲んべえ”に大進化!

およそ1200万年前、木の上で暮らしていた私たちの祖先の体の中に、突如とても強いアルコール分解遺伝子が出現。それが、ゴリラ、チンパンジー、人間といった一部の類人猿にだけ受け継がれたことが分かってきた。

一体なぜ1200万年も前の祖先に「酒に強くなる遺伝子」が備わったのか?

およそ1200万年前のアフリカ大陸で、私たちの祖先は木の上で果実などを食べて暮らしていた。穏やかな気候で、食べ物には困らない幸せな時代だ。

ところが、地球規模の気候変動で大地が急速に乾燥化し始め、森の木が次々と消滅。果実も減り、食べる物がなくなってしまった。

運良く地面に落ちた完熟果実を見つけても、糖分が自然に発酵してだいぶんアルコールに変化していることも多かったはず。それでも飢えから逃れるために食べると、まだアルコール分解能力が弱かった祖先は少量のアルコールでフラフラになり、強い動物に襲われてしまうようなことも。

そんな中、突如体内に「強力なアルコール分解遺伝子」を持つ祖先が出現。発酵した果実を食べても平気になったと考えられる。こうして「酒になった果実」も食べられるようになった祖先が生き延びて、数を増やしていったと考えられるのだ。

その遺伝子を受け継いで「地球上で最強の飲んべえ」となったのが、私たち人類だ。しかし、強い分解遺伝子を手に入れたのは偶然だと、遺伝子研究者の東京大学・太田博樹教授は語る。

「たぶん落ちた果物とか、発酵したものを口に入れて、食べられる祖先と食べられない祖先がいたんでしょうね。僕らの祖先は食べても大丈夫だった。遺伝子の突然変異というのは、いつも偶然起こるんですね。だけど、その遺伝子がなくならずに現在のわれわれにまで伝わっているというのは、たぶん、強いアルコール分解遺伝子が生きる上で何か役に立ったからだろう。」(太田さん)


・第2の大事件 人類、脳を酒に乗っ取られる!?

およそ5000年前の古代エジプトでは、ビールが労働者の賃金として支給されるまでになっていた。発見された、当時の労働者たちの出勤簿を見ると、なんと仕事を休む理由として「飲酒」という文字が。さらに、ブドウを育ててビールより度数の高いワインも造られ始めていた。すると人類に異変が!壁画に、「吐くまで飲む貴族の姿」が描かれていたのだ。

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そこまで人間が酒のとりこになった原因は、脳を操る「恐るべき酒の魔力」にあった。

酒を飲むと、アルコールは血液に乗って脳へと向かう。脳の血管の壁には、異物の侵入を防ぐ特別なバリアがあるが、アルコールは非常に小さい物質のため、そのバリアをすり抜けて脳の内部まで入り込んでしまう。

脳の中には「ドーパミン」という快楽物質を放出する細胞がある。アルコールが脳内に増えるにつれて、この細胞が興奮状態になり、歯止めなくドーパミンを放出。すると快楽が暴走し、飲みたい気持ちを止められなくなるのだ。いわば「アルコールに脳を乗っ取られてしまった」ような状態だ。

アルコールが脳にもたらす「酔いの快楽」に魅せられて、人類はさらに強い酒を求め始める。8世紀頃には、ついに「究極の酒」を生み出した。酒からアルコール分を取り出して、より度数の高い「蒸留酒」を造り始めたのだ。ブランデーに焼酎、ウォッカなど…少量でもすぐに酔うことができる、まさに「快楽をもたらす酒」とも言える。

脳をリラックスさせ、人と人をつなぐ「特別な力」として欠かせないものとなった酒。しかし、楽しく宴会に興じるうちに、気づくと人類の脳は「アルコールの魔力」に乗っ取られ、際限なく飲みたくなってしまう生き物になっていたのだ。


・第3の大事件 日本人、わざわざ酒に弱くなる!?

酒を飲むと、アルコールは体の中で分解されて、「アセトアルデヒド」という物質に変わる。飲むと顔が赤くなるのは、このアセトアルデヒドのしわざだ。それどころか、体中の細胞を傷つけて、がんなどの病気のリスクを上昇させる危険な物質でもある。アセトアルデヒドこそ、酒が「毒」であることの正体なのだ。

はるか昔、偶然アルコール分解遺伝子が強くなった人類の祖先は、アセトアルデヒド分解遺伝子の働きも強かったと考えられる。ところが6000年以上前、アセトアルデヒド分解遺伝子の働きが弱い祖先が、突如中国に出現したことが分かってきた。

なぜ「酒に弱い遺伝子」が現れたのか?

分析によると、現代のアジアでは、とくに東アジア一帯に「アセトアルデヒド分解遺伝子の働きが弱い人」が多く存在していた。

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アセトアルデヒド分解遺伝子の働きが弱い人の分布。色が濃い地域ほど「酒に弱い遺伝子」を持つ人が多い

しかも、「酒に弱い遺伝子」の広がり方のパターンが、アジアでの「稲作」の広まり方とよく似ているのだ。

稲作は中国の長江流域で始まり、まず北東部へ、次に東南部へと伝わり、その後東アジア一帯へと広がった。この稲作の分布と、「酒に弱い遺伝子」の分布を重ね合わせると、ほぼ一致する。

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(左)アジアにおける稲作の広まり (右)アセトアルデヒド分解遺伝子の働きが弱い人の分布

この一致が何を意味するのか、確かなことはまだ分かっていないが、有力な仮説が提唱されている。舞台は、6000年以上前の中国。 稲作に適した水辺に多くの人が集まって暮らし始めていたが、当時は衛生環境も悪く、食べ物に病気を引き起こす悪い微生物などが付着することが多かったと考えられる。知らずに食べて、体内で悪い微生物が増えれば、命にも関わる。そんな時、意外なものが役に立ったと考えられる。それが、当時米から造っていた「酒」だ。

アセトアルデヒド分解遺伝子の働きが弱い祖先が酒を飲むと、体内には分解できない猛毒のアセトアルデヒドが増えていく。しかし、その毒が悪い微生物を攻撃する薬にもなった可能性があるというのだ。一方、酒に強い祖先は体内のアセトアルデヒドが少なく、悪い微生物が抑えられずに大繁殖してしまうことになる。こうして、「酒に弱い遺伝子を持つ人の方が、感染症に打ち勝って生き延びやすかった」というのが、有力な仮説の一つだ。

つまり私たちの祖先は、酒がもたらす毒まで利用して病気から身を守るという切実な事情から、「わざわざ酒に弱くなる道を選んだ」可能性があるのだ。この「酒に弱い遺伝子」が、やがて稲作文化と共に日本列島に渡来し、今では日本人のおよそ4割が「酒に弱い遺伝子タイプ」になったと考えられる。

詳しくは、飲みたくなるのは“進化の宿命”!? 酒の知られざる真実

この記事は、2020年2月2日に放送した 「NHKスペシャル 食の起源 第4集「酒」~飲みたくなるのは“進化の宿命”!?~」 を基に制作しています。

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