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「ご飯」は健康長寿の敵か?味方か?

2019年11月22日

日本人の主食として長年親しまれてきた「ご飯」。しかし、最近の低糖質ダイエットブームの中で、糖質が多いご飯は「肥満のもと」とされ、“ご飯抜きダイエット”も流行している。一方、「糖質を極端に減らすと死亡リスクが高まる」という研究データも続々と発表されている。果たして、ご飯は健康長寿の敵なのか、味方なのか?最新研究から「ご飯」の真実を解き明かす。

古代人類の主食は肉ではなかった!?

アメリカでは今、「パレオダイエット」と呼ばれる、肉食中心のダイエット法が人気を集めている。パレオとは石器時代のこと。「石器時代は人類は狩りをし、肉を主食にしていたので、私たちの体は肉が主食の生活に適応しているはず」という考えが基になっている。

しかし最近、そのような定説を覆す大発見があった。バルセロナ自治大学のカレン・ハーディ博士は、石器時代の祖先の骨の化石を調査し、祖先が何を食べていたのかを解明した。ハーディ博士が調べたのは「歯にこびりついた歯石」だ。

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「歯石には、太古の祖先が食べていたものの一部が残っているんです。祖先たちが歯のお手入れをしていなくて良かったわ。」(ハーディ博士)

特殊な溶液で小さく砕いた歯石を顕微鏡で観察すると、でんぷんの粒子が多数見えてきた。肉が主食と思われていた石器時代の祖先が、糖質を食べていたという決定的な証拠だ。さまざまな最新研究を総合すると、摂取カロリーの5割以上が糖質だったとの推測もある。

「祖先の主食が肉というのは間違いです。生き抜くための主食は、常にでんぷん質のものだったと考えられます。」(ハーディ博士)

人類が食の喜びを知った「第1の食革命」

石器時代を生きていた私たちの祖先は、でんぷん質のものを主食にしていたという発見。では、どのような食材からでんぷんを摂取していたのか?

かつて祖先は木の上で果実などを食べて暮らしていた。しかし700万年前、地球全体が寒冷の時代になると森が縮小して果実が減り、祖先は食べ物を求めて地上に降り立つ。こうして二足歩行の人類が誕生したのだ。

しかし当時はおぼつかない二足歩行で、走ることもままならなかった祖先。おいしい果実などが落ちていても、素早い動物に先に取られてしまう。祖先が得られたのは、他の動物があまり食べないような、殻が硬い木の実や、地面を掘らないと手に入れられない地下茎などだった。しかし木の実や地下茎には、エネルギーのもととなるでんぷんが多く蓄えられていた。生の木の実や地下茎は決しておいしくはないが、か弱い存在だった祖先はそれを食べて何とか生き延びたと考えられる。

ところがその後、食生活に劇的な進化をもたらす「食の大革命」が起きたことが分かってきた。証拠が見つかったのはイスラエル北部。200万年前に誕生したホモ・エレクトスという祖先が暮らしていた遺跡だ。石器時代に現れたホモ・エレクトスが使っていた石器に、彼らの食生活が激変したことを物語る痕跡が。通常、割れた石の表面は滑らかだが、いくつも穴ぼこのある石がたくさん見つかったのだ。

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バル=イラン大学のニラ・アルパーソン・アフィル博士は、実験によって、石に穴ぼこが開いた原因を明らかにした。

「実験で確かめたんですが、この石器のかけらを高熱にさらし続けると、石がはじけて同じような跡ができました。つまりこれは、ホモ・エレクトスが火を使っていた証拠なのです。」(アフィル博士)

化石の中からは、火で焼かれた木の実も見つかった。ホモ・エレクトスは、火を使って、でんぷん質の木の実や地下茎を調理して食べ始めたと考えられるのだ。

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火で焼かれた木の実の化石

でんぷんを多く含んだ木の実や地下茎を火にくべ加熱すると、実は大きな変化が起こる。生のでんぷんの顕微鏡画像を見ると、固い結晶構造をしていて、食べても私たちの体はほとんど消化できない。しかし、加熱すると固い結晶構造がほどけ、体内でブドウ糖というエネルギーの素になる物質に分解できるように変化する。

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左:生のでんぷん、右:加熱したでんぷん

こうして分解された糖が、舌にある「味蕾(みらい)」と呼ばれる味覚センサーに触れると、その刺激が脳へと伝達。「甘くておいしい」という喜びを感じさせるのだ。

かつては生きるために食べていた、味がいまひとつで消化も良くない糖質の食材。それが、火との出会いによって人類の命を支えるエネルギー源となり、しかもおいしく食べられるようになった。人類が初めて知る「食の喜び」こそ、「第1の食の大革命」だったのだ。

脳を“巨大化”させた「加熱でんぷん」の糖質パワー

加熱されたでんぷんが祖先にもたらしたものは、おいしさの発見だけではない。ホモ・エレクトスの「脳」に大きな進化を引き起こしていた。

加熱されたでんぷんは体内でブドウ糖に分解され、腸で吸収。その多くが脳へと向かう。脳は大きなエネルギーを必要とし、基本的にブドウ糖しか利用できない臓器だからだ。でんぷんを加熱して食べ始めた祖先の脳にも、ブドウ糖が大量に届き始めたと考えられる。

木の実などを生で食べていた頃は、得られるブドウ糖の量が少なく、脳の神経細胞はそれを細々と吸収するだけだった。しかし、でんぷんの加熱調理によって大量のブドウ糖が脳に送られてくるようになると、それを余すことなく吸収しようと神経細胞が増殖を始めたと考えられる。

初期の人類と、火を使い始めたホモ・エレクトスの頭蓋骨を調べたところ、ホモ・エレクトスの脳は2倍以上に“巨大化”していることがわかった。さらに興味深いデータが。人類誕生以来、生で木の実を食べていたおよそ500万年間は、脳の大きさはほとんど変わっていない。しかし、ホモ・エレクトスが火を使って調理を始めた頃を境に、脳が急速に“巨大化”していったことがわかってきた。

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人類誕生当初はか弱かった祖先。しかしでんぷんの加熱調理のおかげで巨大な脳を手に入れた祖先は、高い知性でさまざまな道具を生み出し、仲間との結束を強め、ついに生態系の頂点におどり出ることになるのだ。

糖尿病研究の第一人者、慶應義塾大学の伊藤裕教授は、「加熱調理するのは他の動物にはない、人間だけに見られる特徴だ」という点に注目する。

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「これまでは、肉を食べるようになり、脳が大きくなったと言われてきました。肉は高いエネルギーを持っていますから。しかし、それだけではなくて、たまにしか手に入らない肉とは違い、木の実や根っこは毎日でもとれたはず。それを加熱調理することで、たくさん糖分が体内に入って、そのエネルギーで脳が大きくなった。脳が大きくなったことで、狩りもうまくできるようになったと思いますね。」(伊藤教授)

「第1の食の大革命」は、今の私たちにつながる“脳の巨大化”という決定的な進化も、もたらしていたのだ。

長期間続けると体によくない?低糖質ダイエット

人間と切っても切り離せない関係にある糖質。現代の私たちの健康にも、糖質が重要な役割を果たしていることが分かってきた。

最近、「糖質を大幅に減らすことの危険性」について、世界中で研究報告が相次いでいる。アメリカのシモンズ大学では13万人の食生活と健康状態を20年以上にわたって調べたデータを解析。普段の食生活で糖質の摂取量が標準的な人(総カロリーの60%が糖質)と、特に少ない人(総カロリーの35%が糖質)を比べたところ、少ない人は死亡率が1.3倍以上に高まっていたのだ。

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シモンズ大学のテレサ・ファン博士は低糖質ダイエットへの取り組み方に警鐘を鳴らす。

「確かに低糖質ダイエットは、半年から1年といった期間では減量効果をあげることができます。しかし長年続けた場合、深刻な病気のリスクが高まることが分かりました。なぜなら人類は進化の過程で、常に糖質を“最も重要なエネルギー”としてきたからなんです。」(テレサ・ファン博士)

そんな「最も重要なエネルギー」である糖質をもし摂らなくなったら、どうなるのか?

その場合、糖質の代わりに、タンパク質や脂肪からエネルギーを作り出すことになるが、そこで問題が起こる。タンパク質をエネルギーにする場合は、どうしてもアンモニアという有害物質が発生し、体にダメージを与える。また脂肪をエネルギーにする際には、糖質に比べて多くのプロセスを経る必要があり、それが体の負担になると研究者は指摘する。その結果、例えば、血管の表面に傷ができると、通常は新たな細胞が生まれて傷を修復するが、糖質が極度に不足すると、この機能が低下。傷が修復できずに蓄積して、動脈硬化のリスクを高めることが最新研究で確かめられている。

長期間にわたって糖質の摂取量を大幅に減らすと、心臓病による死亡率が50%近くも増加するとの報告もある。さらに、ガンによる死亡率の増加や脳こうそくへの影響も指摘されている。長期間の極端な低糖質ダイエットには十分な注意が必要なのだ。

日本人に主食・ご飯がもたらした「第2の食革命」

およそ1万年前、私たちの祖先はついに自らの手で糖質たっぷりの食材を作り始めた。農耕によって、さまざまな穀物を育て始めたのだ。その中でも日本人の祖先が主食に選んだのが、「コメ」だ。

実はお米にはとても優れたパワーが秘められている。電子顕微鏡でお米の内部を観察してみる。まずお米の大半を占めるのは、でんぷんの結晶。私たちにとって“最も重要なエネルギー”となる糖質のかたまりだ。

続いて、でんぷんの隙間に見えてきた小さな粒が「タンパク質」。他の穀物とは異なり、お米のタンパク質には、健康に欠かせない必須アミノ酸もすべて含まれている。

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お米の電子顕微鏡画像が示すタンパク質

ちょっと意外だが、お米には「食物繊維」も随所に含まれている。主食のご飯は食べる量も多くなるため、実は日本人は食物繊維をお米から一番多く摂っているのだ。ほかにもビタミンやミネラルなど、人間の体に必要な栄養素が詰まっている優れた栄養食である。しかも、長期間貯蔵ができるため、祖先は食べ物に困ることがなくなった。

優れもののお米が日本でも栽培され始めたのは、およそ3千年前のこと。それまで木の実などから糖質を摂っていた日本人の食生活は激変した。そして日本人は世界で最もご飯を食べる民族になり、そのことが「第2の食の大革命」を引き起こすことになるのだ。

毎日の食は「遺伝子」までも変化させる

ご飯を主食に選び、長い間たくさん食べ続けてきた日本人。その結果、体に「思いがけない進化」が起きていたことが最新研究で分かってきた。

ダートマス大学研究室のナサニエル・ドミニー博士は世界のさまざまな民族の唾液を集めて、そこに含まれる「アミラーゼ遺伝子」を解析した。アミラーゼ遺伝子とは、唾液に含まれるアミラーゼという酵素を作る遺伝子で、口の中で、でんぷんを甘い糖に分解する働きがある。分析の結果、でんぷんをあまり食べない民族は、アミラーゼ遺伝子を4から5個持つ人が最も多いことが分かった。

一方、日本人をはじめ、でんぷんを多く食べる民族は全体的に遺伝子の数が多く、平均で7個あることが確かめられた。つまり、アミラーゼ遺伝子を多く持つ日本人は、ご飯を口の中で噛んだ時、いち早くでんぷんが糖へと分解され、甘みを感じやすいのだ。

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さらに、実はアミラーゼ遺伝子の数が多い人ほど、でんぷんを食べても「太りにくい」体質だということも分かってきている。

「アミラーゼ遺伝子が多いことは、健康長寿にとって非常に有益です。例えば、肥満を抑制する効果があるんです。」(ドミニー博士)

鍵を握るのは、すい臓から分泌される「インスリン」というホルモン。血糖値を下げるホルモンとして知られているが、実はこのホルモンが出過ぎると、太りやすくなることが分かっている。

でんぷんをとった時、「インスリン」がどれだけ出るかを調べたところ、アミラーゼ遺伝子が多い人は、およそ20%もインスリンの分泌量が少ないことが分かった。アミラーゼ遺伝子が多い人は、でんぷんが口内で素早く糖に分解されることを紹介したが、甘みを早く感じることで、糖が体に入ってきたことをいち早く体が察知して速やかに適量のインスリンを分泌、効率よく糖を体に取り込める。その結果、だらだらとインスリンが過剰に分泌されにくくなり、肥満が抑えられると考えられる。つまり、日本人にはご飯などのでんぷんを食べてもインスリンが出過ぎず、太りにくい人が多いと言えるのだ。

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およそ3千年前に稲作を始めてご飯を主食に選び、多く食べ続けてきた日本人。その食生活が遺伝子まで変化させ、肥満や糖尿病になりにくい体質へと進化させていた。遺伝子がこれほど短期間に変化したという事実に、伊藤教授も驚きを隠さない。

「これはびっくりな研究結果です。これまで遺伝子の配列や数が変わるのは、突然変異で何十万年かかると思われていた。でも、食が変わることで、数千年くらいでひとつの遺伝子が増えたりするわけなんですね。それだけ食べ物は我々の体を変えることができるということです。」(伊藤教授)

こうした遺伝子の変化もあって、ご飯を主食にしてきたことが原因のひとつとなり、私たち日本人は長寿を手に入れたというのが伊藤教授の推測だ。

「日本人はでんぷんをとることで素早く甘味を感じられる。そうすると、うまくインスリンが出ることによって、太りにくい体になった。このことはたぶん、日本人が長寿であることの原因のひとつだと思います。」(伊藤教授)

ご飯は私たちの腸内細菌も変化させる!

ご飯をたくさん食べることで、遺伝子まで変わった日本人だが、変わったのは遺伝子だけではない。

昭和初期から近代に入り、稲の品種改良や栽培技術の進歩のおかげでお米の収量は増加。日本人はさらに多くのご飯を食べる時代に突入した。当時、日本人は一人1日3合ほど、現在の3倍以上もご飯を食べていたのである。その体に、遺伝子だけではない「さらなる変化」が起きていた可能性が見えてきた。

調査が行われたのは、東南アジアのラオス。なぜラオスなのか?実はジャングルの奥地に、かつての日本人のように多くのご飯を食べている少数民族がいるのだ。彼らの食事は蒸した大量のもち米が中心で、1人1日1kg近くも食べると言う。

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不思議なことに、これだけ多くのご飯を食べているのに、肥満や生活習慣病の人はほとんど見当たらない。彼らの体に何か秘密があるのか?

その謎を解明するため、東京大学を中心とする日本の研究チームが調査を行った。村人たちの便を集めて彼らの腸内細菌を分析した。その結果、「プリボテラ菌」という腸内細菌が非常に多く存在していることが分かった。欧米人などには、あまりみられない菌だが、ラオスの村人たちはプリボテラ菌が全腸内細菌の2割以上を占めていたのだ。

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プリボテラ菌は健康に重要な役割を果たす腸内細菌として注目されている。その理由は、ご飯などの糖質を食べて、「短鎖(たんさ)脂肪酸」という物質を作り出すこと。短鎖脂肪酸は脂肪の燃焼を促して肥満を防いだり、免疫の働きを良くして動脈硬化や糖尿病を予防したりするなど、優れた健康効果があることが最新研究で明らかになっているのだ。

かつての日本人も、ラオスの少数民族と同じくらい多くのご飯を食べていた。その腸内にはプリボテラ菌が多くいた可能性があると、研究者たちは考えている。しかし、現代の私たちは、もうそんなに多くのご飯を食べていない。それでもプリボテラ菌はいるのだろうか?

そこで、日本人およそ50人の腸内細菌を調査した。その結果、プリボテラ菌は全腸内細菌の7.5%と減ってはいるものの、確かに受け継がれていることが分かった。

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日本人は主食にご飯を選び、食べ続けたことで、「太りにくい遺伝子」を獲得。さらに、「健康を守る腸内細菌」まで授かった。ご飯は私たちの体を「ご飯に適した体」に改造するという、「第2の食の大革命」を引き起こしていたのだ。

飽食の現代 私たちとご飯の「良い関係」とは?

いろいろなおいしい食べ物があふれかえる現代。私たちは、糖質だけでなく、タンパク質や脂肪など、さまざまな栄養からエネルギーを得ることができる。この豊かな時代において、「最適な糖質の摂取量」とは、一体どれくらいなのだろうか?

最近、先進国で得られたおよそ1万5千人のデータが分析され、糖質の摂取量と死亡率の関係が明らかにされた。その結果、糖質の摂取量を減らしすぎると死亡率が上昇。一方、摂りすぎても肥満や生活習慣病により死亡率が上がることが分かった。では「最も死亡率が低い糖質の摂取量」はというと、全カロリーの50~55%と判明したのだ。

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それだけの糖質をご飯で摂るとすれば、大人は毎食お茶わん1杯程度が適量。これが、進化の末に見えてきた、現代に生きる私たちの「理想の食」の形のようだ。

現代はご飯だけでなく、パンやスイーツなど、おいしい糖質があふれているため、どんな糖質を選ぶかが大切だと伊藤教授は指摘する。

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「これまでは飢餓との闘いと言いますか、食べ物がなかったので、糖質をなるべくとろうと頑張ってきました。ところが、最近は飽食の時代で、いろいろな糖質が簡単に手に入るようになってしまうと、つい手が出てしまう。そういう意味で、我々は非常に難しいところにいると思うんですよね。それと、「スイーツを食べたいから、ご飯を食べるのを我慢しよう」といった話をよく聞く。しかしこれは大きな間違い。ご飯と砂糖は、同じ糖質でも全く別物。砂糖などそのままで甘く感じる糖は素早く体に吸収されやすく、とりすぎると急激に血糖値を上げて、体に負担をかけるし、太りやすい。しかしご飯は体内でゆっくり分解されて、おだやかに血糖値を上げる。だから、いろいろな糖質がある中で、何をうまく選び取って食べるかが重要。今、我々は『第3の食の大革命』にいるのかもしれない。」(伊藤教授)

たくさんのおいしい食べ物にあふれる飽食の時代に生きているからこそ、何を選び取って食べるか、私たち人間の叡智が試されている時代。私たちは今、「第3の食の大革命」の真っ只中にいるのだ。

この記事は、2019年11月24日放送の 「NHKスペシャル 食の起源 第1集「ご飯」~健康長寿の敵か?味方か?~」 を基に制作しています。

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