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夢破れる外国人労働者たち

2019年9月20日

深刻な人手不足が続く日本。2019年4月には改正入管法が施行され、外国人による単純労働に門戸が開かれた。146万人を突破した外国人労働者の中でも、特に急増しているのがベトナム人だ。しかし、労働現場では技能実習生に対する賃金の未払いやパワハラなど、さまざまな問題が起きている。そんなベトナム人たちが心の支えにしている寺がある。東京都港区にある「日新窟(にっしんくつ)」。ベトナム人の尼僧に密着し、外国人労働者のリアルな現実を描くと共に、日本社会のゆがみを浮き彫りにする。

相次ぐ若いベトナム人たちの死

「日新窟」にはベトナム人の尼僧がいる。12年前にこの寺に来たティック・タム・チーさんだ。ベトナムでは国民の8割が仏教を信仰しているという。この寺は故郷が恋しくなったときに集えるわが家のような場所として、日本で暮らすベトナム人たちのよりどころとなってきた。

日本国内のベトナム人労働者は今や31万人を超え、ここ数年の増え方は他の国を圧倒している。長年、在日ベトナム人の支えになってきたタム・チーさんだが、最近若者たちに異変を感じていた。タム・チーさんを頼りに集まった人たちにも注意を呼び掛けている。

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尼僧のティック・タム・チーさん

「また最近19歳と21歳の若者が亡くなりました。技能実習生です。この2年で55人が亡くなりました。皆さんはお寺に来て心を静めてください。そしてバランスよく栄養をとり、日本語を学び、仕事は安全第一、健康維持を心がけてください。」(タム・チーさん)

タム・チーさんはこの5年で120人のベトナム人を供養してきた。その半数以上が20代、30代の若者たちだ。多くが漁業や農業、建設業など、日本人の暮らしを支える現場で働いていた。

タム・チーさんは、このうち55人分の死亡記録を保管している。そこには突然死や自殺、原因の分からない死などが記されていた。

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保管された死亡記録

「どうして元気な青年たちがこんなに簡単に亡くなったのか。日本での死を誰も望んでいません。突然の死には理由があるはずです。このことを日本とベトナムの皆さんに伝えてほしいのです。外国人労働者の現状を知ってほしいのです。」(タム・チーさん)

希望にあふれた留学生の転落

タム・チーさんが保管する死亡記録の中に、千葉県銚子市で働いていた元留学生がいる。

日本一の水揚げを誇る銚子港。この町の水産業は外国人労働者によって支えられてきた。その数は技能実習生だけで500人以上にのぼる。その中の1人、元留学生のヴォン・テー・アインさんは、漁の最中に船が転覆して溺死したと見られている。夜間に人気のない海で日本人と2人で船に乗っていた。密漁の疑いがあるという。

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留学生として日本に来たはずのアインさんが、何故こんな形で命を落とすことになったのか。

来日前のアインさんを間近で見ていた人が日本にいる。従兄弟のトゥンさんだ。2人の故郷は貧しい農村で、働き口も限られている。日本への留学は若者たちのあこがれだ。アインさんが日本への留学を決めたのは6年前。新たな人生を切り開きたいと希望に燃えていたという。

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従兄弟のトゥンさん

「アインの家は、私の家庭より貧しいです。彼は高校を卒業後、すぐに働きました。その後、仕事をやめ、日本語を勉強して日本に来ました。頑張って勉強して学位をとり、日本で就職できればいいですし、帰国しても給料の良い日系企業に就職しやすいです。まずは勉強し、その後働いてお金を稼ぎたいと言っていました。」(トゥンさん)

アインさんは夢を実現するために留学ビザを取得し、茨城県の専門学校で日本語を学び始めた。同じ学校に通っていたチュンさんは、同胞同士ですぐに打ち解けて親友になったという。

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親友のチュンさん

「アインさんは親切で笑顔の絶えない人でした。とても仲良くしてもらいました。買い物や毎朝の登校も時間を合わせて一緒に行きました。異国でこんな友人に出会えて心強かったです。アインさんは欠点のない人でした。」(チュンさん)

2人はすぐにコンビニ弁当の工場で夜勤のアルバイトを始めた。来日費用100万円の借金があったうえ、日本での生活費も必要だったとチュンさんは語る。

「時給は880円でした。日本での生活は大変だと思っていましたが、その10倍は大変でした。アルバイト代では借金返済に時間がかかり、毎日プレッシャーでした。」(チュンさん)

稼ぐことに追われる日々。それでもアインさんは学校に休まず通い、日本語の習得に取り組んだ。しかし半年後、授業中の写真をSNSに投稿して次のようにコメントしていた。

「勉強しているけど悲しい」(アインさんのSNSより)

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アインさんのSNS画面

そのときのアインさんの気持ちをチュンさんが代弁する。

「(悲しいとは)まわりが寝てしまい、彼1人で勉強してるためでしょう。アルバイトで疲れて寝てしまう学生を、先生は寝かしたまま注意しませんでした。」(チュンさん)

学校は授業に来ない学生を黙認し、学習指導はおざなりだったと言う。

「先輩が言うには、『この学校は入ってしまえば大丈夫。学費さえ払えば、ビザ更新時に出席したことにしてくれる』と。来日前はこんな学校だと聞かされていませんでした。アインさんの学校への思いは、失望に変わったと思います。」(チュンさん)

学校に失望する留学生たち

この10年、国は留学生の数を倍増させ、30万人に増やすという計画を進めてきた。しかし、これに商機を見いだして留学生を集める学校が乱立。教育実態を伴わない学校も少なくない。行政指導も相次ぎ、アインさんの留学先も定員の3倍に当たる900人の学生を在籍させていたとして、茨城県から指導を受けている。当時の学校関係者が匿名で内情を語った。

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「基本的には日本語学校とか専門学校というのは、一番はお金ですから。留学生は“カネのつる”みたいなもんでね。上のかたが授業中に来て、『学費をいつ払うんだ、給料日はいつだ』とか聞いてるんですよ。日本語をしっかり覚えるとか、日本語能力のレベルを上げるとか、そういう話は一切聞いてない。最初にキラキラして希望に燃えていた子が、だんだん色あせてくる。きっと裏切られたと思った子もいるんじゃないですか。」(当時の学校関係者)

学校に失望したアインさん。アルバイトに追われ、消耗する中、次第に学校から足が遠のいていった。

来日から1年後、新たな学費・約30万円の支払いを迫られた。アインさんは学校を辞める決断をした。それは日本での在留資格を失うことを意味していた。チュンさんが当時の様子を証言する。

「私も当時、借金を抱えどうしようもなかった。彼を励ますことしかできませんでした。アインさんは仕事を探し色々な人に連絡していました。仕事内容は分かりません。はっきり聞こえたのは『不法滞在者でも雇う職場を探している』ということでした。」(チュンさん)

アインさんが死の直前まで暮らしていた住居がある。そこには、ベトナム人10人あまりが暮らしていた。学生生活に失望した元留学生や、過酷な職場から逃げ出した元技能実習生たち。その多くが在留資格を失いながら、日本に留まり続けていた。みな借金を抱えて日本に渡ってきたので、返済できずに帰国すればベトナムの家族が借金を背負うことになるからだ。

若者たちは日本人から合法、違法、さまざまな仕事を持ちかけられるという。

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元技能実習生たち

「ここの仲間たちは、行くとこまで行くしかないんです。失業中なら、たとえ危険な仕事でもやるしかない。自分の生活だけでなくベトナムに家族がいますから。働けるだけ働いて送金しないといけません。日雇い者ですから、誰であれ金をくれるなら自分の労力を提供し稼ぐだけです。雇い主が合法か違法かはもはや重要ではありません。不法滞在になった時点で違法ですから、仕事をくれればやるだけです。」(元技能実習生)

アインさんは自らの心情をSNSに次のように綴っていた。

「お金のためにキャリアを失った」
「自分の行為は自分に返ってくる」
「神様、許してください。取り戻すチャンスを与えてください……」
(アインさんのSNSより)

アインさんの親友だったチュンさんが、現在のやりきれない気持ちを語った。

「彼が死んだ後しばらくは夢を見ました。私の行く先々に彼がついてくるという夢です。友人に話したら同じ夢を見たらしいです。多かれ少なかれ皆お金は稼ぎたい。しかし違法な仕事は誰も望んでいません。ましてや、そのために命を落とすべきではないのです。」(チュンさん)

“出稼ぎ労働”の光と影

2019年4月、改正入管法が施行された。今後5年間で34万人を超える外国人労働者の受け入れが見込まれている。ベトナムでも日本を目指す若者たちの奔流はとどまりそうもない。

ベトナムの平均月収はおよそ1万7千円。日本に行けば、その10倍稼ぐことも夢ではない。若者たちを日本に誘う斡旋業者は「成功して国に帰れば家が建つ」と謳う。

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斡旋業者

「田舎の子たちはとても頑張り屋さんなので、一生懸命働き仕送りします。頑張る子だとひと月に2万5千円から5万円を実家に送ります。」(斡旋業者)

しかし、誰もがその夢をつかめる訳ではない。これまでの実績では、全体の2割くらいの人しか成功していないという。

銚子沖で亡くなったアインさんは、生前に両親にだけ語っていた夢がある。ベトナムに戻ったらレストランを開業し、親孝行したい…。アインさんの両親は今でも悲しみに暮れている。

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お墓に花を手向けるアインさんの父親

「不法滞在になったと知り、帰国するよう説得しました。でも息子は帰ってきませんでした。息子が帰ってこなければお金なんて意味がありません。息子を失った悲しみは私たちが死ぬまで続くでしょう。」(アインさんの父親)

法令違反が相次ぐ技能実習

日本が国際貢献の名の下に始めた技能実習制度。途上国の若者に技術を教え、自国の発展に寄与してもらうことを目的としている。

しかし、実態とはかけ離れているという批判やトラブルが絶えない。国際社会からも労働搾取だと批判の声が上がっている。タム・チーさんのもとにも技能実習生からの過酷な現状を訴える声が相次いでいる。

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現状を訴える技能実習生

「残業を断ることはできません。残業代は時給400円です。1か月に約120時間残業しますが、4万しかもらえません。でも寮にいるときのほうが苦しいです。10人以上で住んでおり、シャワーは順番待ちで、深夜2時までかかりました。」(縫製工場で働いていた技能実習生)

「来日費用を社長に聞かれ、100万円を借金したと話しました。それ以来、抵抗できないと思ったようで、首をつかみ暴言を吐くようになりました。」(塗装会社で働いていた技能実習生)

「実際には技術を学ぶ機会はなく、補助的な作業ばかりです。日本人がやりたがらない仕事を外国人にやらせているのです。」(製造現場で働いていた技能実習生)

最新の調査によれば、国が指導した企業の7割に賃金未払いや長時間労働などの法令違反があった。

自ら命を絶つ技能実習生

タム・チーさんが供養した人の中に、25歳で自殺した技能実習生がいる。神奈川県内の塗装会社で働いていたホアンさん(仮名)だ。タム・チーさんの元に遺書が残されていた。

「お父さん、お母さん、僕は怖いです。職場の人たちは僕がどれくらい頑張っているか、まったく分かってくれません。ボロボロになった体を引きずって働きますが、彼らは僕を殴ったり、軽蔑したりします。」(ホアンさんの遺書より)

実習先が劣悪な環境であっても、職場の変更は容易ではない。自殺の数か月前、ホアンさんは実習先を変えてほしいと、ある団体に訴えていた。訴えを受けたのは塗装会社を仲介した監理団体。実習が適正に行われるよう、企業を監督・指導する責任を負っている。

ホアンさんの幼なじみが、そのときの詳しい状況を語った。

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ホアンさんの幼なじみ

「彼は会社を替えてほしいと頼みました。しかし監理団体は、『会社に話すから頑張って』と、繰り返すだけでした。彼が会社を変えたいと訴えたときに、かなえてあげてほしかった。」(ホアンさんの幼なじみ)

しかし、技能実習制度では、途中で実習先を変えることは、原則として認めていない。人手不足を補ってきた実習生だが、労働者の権利である転職の自由さえ保障されていないのだ。この状況にタム・チーさんは憤りを隠すことができない。

「日本の便利な社会、便利なサービス、その便利さの裏側には、ベトナム人を含む外国人労働者の犠牲があるのです。しかし、その犠牲に光が当たることはありません。私たちはみな誰かとつながっています。無関係ではないのです。社会を維持するために協力する必要があります。」(タム・チーさん)

失意のうちに帰国する元実習生

実習先から失踪した外国人は5年間で2万6千人(2013年~2017年)。不法滞在となり、より過酷な労働を強いられ、怪我や病気になる者も多い。

グェン・ドゥック・フーさんも技能実習生として来日したが、劣悪な労働環境に耐えかね、実習先から失踪。不法滞在となった3年後に脳梗塞を発症した。2度の開頭手術を受けて3か月間入院。一命は取り留めたものの、半身麻痺と言語障害が残り、記憶の一部が欠落している。

請求された医療費はおよそ400万円。退院しても行き場がなく、入管当局からは速やかな出国を求められている。一時的に身柄を預かったタム・チーさんはグェンさんから、これまでの詳しい経緯を聞き取ることになった。

グェンさんは記憶をたどりながら、来日してからの生活を語り始める。

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グェン・ドゥック・フーさん

「実習生として働いた3か月間は、ひと月に20日ほど働いて給料が6万3千円。給料が少ない。計算したら2年半で(借金が返済できるだけ)。(来日した)意味がない。(実習先を逃げ出したあと)まず岐阜で掃除をした。名古屋で…、名古屋で野菜植えた。滋賀…、滋賀では会社で働いた。梱包作業だ。」(グェンさん)

実習生時代は15時間働いても7時間分の給与しか支払われなかったという。賃金の未払いは違法行為だ。

後日、グェンさんは日本から出国することになった。来日のための借金、入院費用の借金、合計500万円の返済は目処がついていない。車いすに乗りながら、グェンさんは無念の思いをにじませる。

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「できることなら日本に残りたかった。こんな状態になってしまい、帰るしかありません。」(グェンさん)

飛行機に向かうグェンさんをタム・チーさんはただ見守ることしかできなかった。

「言葉が出ないですね。元気な姿で日本に来たんですけど、この3年間は大変つらかったんじゃないかって想像して。日本にいた3年間は一体何だったのかってね。そのことばかり考えていました。」(タム・チーさん)

日本で働く外国人はまもなく150万人を突破する。彼らは、私たちのすぐそばで働いている。

この記事は、2019年7月13日に放送した 「NHKスペシャル 夢をつかみにきたけれど ルポ・外国人労働者150万人時代」 を基に制作しています。
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