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“黒い津波”の脅威 明らかになった実像

2019年4月12日

膨大な津波の映像が克明に記録された東日本大震災。映し出したのは、透明だった津波が途中で黒く変色していく姿だ。当時のまま保管されている黒い海水を専門家が分析したところ、人々の命を奪っていった脅威の実態が明らかになった。多くの目撃者たちが異口同音に“黒い”と言い表してきた、巨大津波の真の姿。最新の解析や調査結果を当時の映像や証言と照らし合わせ、黒い津波の正体を初めて解明する。

町を襲った“黒い津波”

2011年3月11日、午後2時46分に東北を襲ったマグニチュード9.0の地震。沿岸の各地に巨大津波が押し寄せ、気仙沼市では市街地の建物の半数近くが被災し、1,432人が犠牲になった。

津波が町を襲った瞬間から一連の映像が残されており、そこにはある特徴が確認できる。

地震発生からおよそ40分後、岸壁を越え始めた津波は透明だ。ところが1分後、押し寄せる津波は黒くなり、時間が経つにつれてどす黒く変化していった。

黒く色を変えて町を襲う津波は、宮古市や大船渡市、八戸市など、各地で撮られた映像でも確認できる。共通しているのは、三陸のリアス海岸など、入り組んだ湾や港のある場所だ。

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いくつもの町で“黒い津波”が確認された

気仙沼市内に住む上田克郎さんは、被災した翌日に海沿いを歩いて状況を確認。そこで、異様に黒い水を見つけた。

「魚市場の大きな魚を入れる水色の箱がありまして、水が満タンに入っていたんですね。底のほうをさわったら黒い粉のようなものが浮き上がってきたんですよ。それをかくはんして、くみ取りました。」(上田さん)

異様な黒さに驚いた上田さんは、津波を伝えることに役立つのではないかと、ペットボトルに入れて8年間保管してきたのだ。

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「こういう水を見ることって生涯ないんじゃないですか。私も初めて見ました。町を破壊する、人をのみ込むのは、黒い水だったんだと初めて認識しました。」(上田さん)

専門家も驚く“黒い水”の正体

今回、黒い津波の正体を探るため、さまざまな分野の専門家に依頼。上田さんが保管してきたペットボトルの黒い水を詳しく分析することにした。

まずは、津波のメカニズムを研究する中央大学の有川太郎教授。これまでの津波研究では、主に通常の海水を前提に被害の規模などを計算してきた。果たして、黒い津波だと何が違うのか。

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2011年から一度も開けていない黒い水は貴重な資料だという有川教授が分析した結果、黒い部分の多くは海の底に沈殿していたヘドロだった。流れの少ない湾の海底などに堆積しているものだ。油や重金属などの有害な物質も多く検出された。

有川教授が驚いたのは、粒子が極めて細かいこと。1,000分の1ミリ単位という細かさが、さまざまな脅威につながったと考えられる。

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粒子の細かさは津波の重さに影響した。通常の海水は1リットルあたりおよそ1,030g。一方、黒い津波は1,130gあり、およそ10%重くなっている。粒子が細かいと水と混ざり合いやすく、密度が高くなるためだ。

実際は津波の流れなどによって、より密度が高くなった場所もあったのではないかと有川教授は推測する。

「(今回)得られた水が10%くらいということは、最も濃い所は20%とか30%になって、もっと大きな影響がでる可能性がある。そういったことをきちんと調べていくことが、今後の津波に対する防災減災につながると思います。」(有川教授)

津波は重くなるほど押し流す力が強くなる。力を増した黒い津波が、人々の避難をより難しくした可能性が見えてきた。

黒くなることで増した脅威

残された震災映像のなかには、黒い津波によって人が押し倒される場面が映ったものもある。膝程度の高さの津波に足をとられて、何度立ち上がっても倒されてしまうのだ。

有川教授が映像を詳しく解析。黒い津波の高さは地面から50cm程度だが、計算では男性の両足にはおよそ70kg重の力がかかっていたことになる。これは通常の海水よりも約10%、6kg重あまり強い力だ。力が増加したことで、足をとられて避難できなかった可能性があると有川教授は考える。

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「水の高さは映像を見る限り、膝の上まで来ていたかどうかと思いますので。水の高さもそこまでない状態で転んでいるという印象はあります。流されるか流されないかぎりぎりの状況にある人にとって、この10%は非常に大きな意味を持つと思います。」(有川教授)

黒い津波に流された映像に映っていた中川秀一さんは、このあと亡くなっていた。息子の修さんが現在の思いを語る。

「普通の水と違って踏ん張りもきかないだろうし。泥の中にいるようなものだから、流されちゃうんだね。転んだりね。」(中川さん)

秀一さんは、気仙沼で衣料品店を経営していた。地震直後に一度高台に避難したあと、店舗を兼ねた自宅に戻ろうとして、津波に巻き込まれたのだ。秀一さんが身に着けていた財布や時計は、砂や泥がついた状態で見つかった。

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中川秀一さんの遺品の時計

黒くなったことでより脅威を増していた津波。修さんは、二度と同じような犠牲を出して欲しくないと語る。

「何もかも捨てていいから、とにかく命だけは助かるように逃げなきゃだめですよね。高い所に逃げればなんとかなるんだから、車も何も捨てて、大事な物もなくても、命だけあればなんとか元に戻れるんで。」(中川さん)

再現実験で判明した破壊力

津波はすさまじい破壊力で町全体をのみ込んだ。わずかな時間で建物が次々と押し流され、気仙沼では約16,000棟が全壊した。

黒い津波は建物の被害にも影響を与えていたのか。有川教授は極めて細かい粒子を水に入れて、水より10%重くして黒い津波を再現。壁に衝突するときの力を比べる実験を繰り返した。

まず見るのは、津波の先端部分の力だ。水の場合、壁にぶつかった瞬間の力は1平方メートルあたり256kg重。黒い津波は水より10%重いため、単純計算では280kg重になるはずだ。

しかし、結果は意外なもので、黒い津波は最大で556kg重に到達。これは、想定を上回る2倍の力である。

力が大きくなった理由は、波の形にあった。水の場合、波の先端はなだらかだ。一方、黒い津波では、波が盛り上がるように進んでいた。

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普通の水と黒い水の比較実験

黒い津波は細かい泥を含んでいる分、下の部分で地面との抵抗が生じる。上の部分は抵抗が少ないため、後ろから来た波が乗り上げ、盛り上がるのだ。波が立ち上がる形で壁にぶつかるため、破壊力が増すと有川教授は分析する。

「思っていた以上に力が大きくなったので、非常に驚きました。なだらかにゆっくりとぶつかっていれば、そういう衝撃力は生まれないですから。波面が切り立ってきて壁とぶつかることによって、強い衝撃力を出すということになります。」(有川教授)

黒い津波の浮力が被害を広げた

もうひとつ、有川教授が注目したのは、建物を浮かせる力、「浮力」だ。黒い津波と同じ重さにした液体と、普通の水を用意し、建物に見立てた模型を浮かせる比較実験を行った。

黒い津波では、18.5cmの水位で模型が浮き上がった。一方、普通の水は同じ水位でも浮き上がらない。液体の密度が高いほど、浮力はより大きくなるからだ。

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黒い水の浮力実験

震災当時の映像を確認すると、建物がそのまま浮き上がって流されている。黒い津波によって建物がより流れだしやすくなったというのが、有川教授の考えだ。

「黒い波は建物を押す力だけでなく浮かせる力にも寄与しているので、ひとつの大きな影響と言える。一般的な木造家屋の場合、2mから3mくらい浸水すれば流れることが基本的に分かっています。映像を見ると、せいぜい1mから1.5mという、比較的早い段階で流されている印象があります。流されやすくなって、しかも流れることによって別の建物も流れることもあります。そういうところから被害が大きくなった可能性も考えられます。」(有川教授)

地形を変化させて勢いを増す

人々の命を奪い被害を拡大させた黒い津波。発生源となった海底は現在どうなっているのか。

震災前に行われた調査で水深が6mだった場所は、現在水深13m。7mも深くなっていた。巨大津波が海底を大きく削り取ったのだ。

海底に堆積していたのは、黒いヘドロ。気仙沼湾全体で推計100万トン分の海底が削り取られた計算になる。

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海底のヘドロ

津波と海底地形の関係を研究する関西大学の高橋智幸教授は、海底の状況などをもとに、黒い津波がどう発生したのかシミュレーションした。

気仙沼湾をめがけて大量に押し寄せる津波は、湾の狭くなった場所に差し掛かると行き場を失い、通り道を広げようとする。特に大きく削られたのが海底だ。この自然のメカニズムには、高橋教授も脅威に感じている。

「津波の場合には海面だけでなく、海底からずっと水が動いているので、海の底でも大きな流れが生じています。津波自身が町を襲いやすいように地形を変化させているので、すごく怖いと感じました。」(高橋教授)

黒い津波のシミュレーションでは、湾に入る量は1秒あたり44,000立方メートル。海底が掘り下げられたことで、20%も増加したのだ。その影響を大きく受けたのが鹿折(ししおり)地区で、黒い津波は市街地で急激に水かさを増している。

鹿折地区の中心部に黒い津波が到達したのは、午後3時29分48秒。そして、大人の膝の高さ、50センチに達したのは、午後3時30分12秒だ。到達から30秒足らずで危険な水位に達している。

黒い津波でなかった場合のシミュレーションでは、同じ時刻の水位は半分の25cmだった。避難する人にとってこの差は大きいと高橋教授は言う。

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関西大学 高橋智幸教授

「逃げられない水位に達する時間が短くなっている。津波が襲ってきて避難するときに、10秒とか、30秒というのは重要です。それによって津波にのみ込まれてしまうとか、避難できなくなってしまうことがあります。逃げられなくなる時間が早くなるのは気をつけないといけない。」(高橋教授)

遺体にも黒い津波の爪痕

黒い津波は、別の形でも人の命を奪っている。鹿折地区にある介護施設では、59人が犠牲になった。

当時、施設で利用者の避難誘導にあたっていた看護師の千田淑子さんは、津波のあと、亡くなった人たちの体を丁寧にぬぐった。千田さんが目の当たりにしたのは、黒い津波の爪痕だ。

「一人一人お詫びしながら、助けられなかったということで声がけしながら。砂がいっぱいになっている方もいらしたので。口の周りと鼻、その生え際に土とか。あと目のまつげのところに刺さっている感じ。」(千田さん)

当時、津波で亡くなった人の9割は溺死と判断された。犠牲者が多く、詳しい解剖などが行われなかったためだ。しかし今、検視した医師たちは、単なる溺死ではなかった可能性を指摘し始めている。

300人以上の遺体を検視した東北医科薬科大学の高木徹也教授は、泥や砂のついた遺体が多く見られたと言う。砂や泥が気管に詰まり、窒息した人もいたのではないかと考えている。

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東北医科薬科大学 高木徹也教授

「ヘドロのように重い水とか異物の場合は、のど元とか気管、もしくは気管支などの閉塞物質になるわけです。波が黒い、つまり純粋な水ではなかった分、死者を増やしている要因になったのではないか。」(高木教授)

今回、NHKは、東日本大震災で検視を行った法医学者にアンケートを行い、30人から回答を得た。すると、高木教授と同様に、「泥をのみ込んだことによる窒息」などがあったのではないかという回答が相次いだ。犠牲者の増加に黒い津波が影響したと感じた人は、8割にのぼった。

続出した津波肺の患者

黒い津波は、大地震を生き延びた人たちの命も脅かし続けた。津波にのみ込まれながら救助されて九死に一生を得た人たちは、「津波肺」という重い肺炎にかかる人が相次いだのである。

津波肺とは、油や化学物質などを含んだ汚れた水を吸い込むことで、重い肺炎を起こすものだ。

黒い津波の分析を進めると、粒子の細かさが大きく影響したことが分かってきた。ヘドロなどの粒子は小さいもので4マイクロメートル、1,000分の4ミリだ。これは、肺の奥深くまで達する細かさだと言う。

鼻や口から吸い込まれた黒い津波は、気管を通り肺に入り込む。黒い津波に含まれるごく小さな粒子は、通常異物が入ることのない末端の肺胞にまで到達。肺から水分が抜けたとしても黒い津波の粒子は残り続け、炎症を広げてしまうのである。

感染症に詳しい岩手医科大学の櫻井滋教授は、きわめて小さい粒子のために、津波肺は重篤な症状になると指摘している。

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岩手医科大学 櫻井滋教授

「(肺を)水で洗い流せばさらっとでてくるものではなくて。極端なことを言うと、ブラシを入れてこすらない限りでてこない可能性もある。普通は起こらない病気がどんどん起こる可能性が高いと考えたほうがいいです。」(櫻井教授)

黒い津波は、乾燥したあとも形を変えて脅威となった。津波が運んだ細かい粒子が粉じんとなって、被災地を数か月にわたって覆ったのだ。津波に巻き込まれなくても粉じんを吸って体に入り込み、重い肺の病気になった人もいる。

これまでの津波の常識を塗り替える黒い津波の脅威は、被災後も長期にわたって爪痕を残す深刻なものなのだ。

「陸に助け上げられただけでは何も終わっていなくて、それから本当の事件が始まる。生き残った方のほうに事件が起こる。吸い込んだときはなんともなくても、そのあと長期間にわたって体に害があるだろう。時限爆弾的に極めて危うい。」(櫻井教授)

今後も懸念される黒い津波

現在も日本各地で、巨大地震が懸念されており、黒い津波が発生する恐れのある入り組んだ地形は全国に存在する。専門家は、都市部の港湾地帯などにも発生する可能性が高いと警鐘を鳴らしている。

川崎市は埋め立て地を縫うように水路が張り巡らされ、黒い津波が発生する恐れのある場所のひとつだ。海底調査の結果、ヘドロの堆積が確認された。

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海底からくみ上げたヘドロ

東北大学の今村文彦教授はその脅威を認識し、備えにつなげるよう、住民に訴え始めている。

「黒い津波はとっても重いんですね。粘性もあります。のみ込むと気管の中に入ってしまって呼吸ができません。川崎市にも黒い津波が来るかもしれない。」(今村教授)

現在も黒い津波のさらに詳しい分析が続けられている。巨大津波の発生が懸念されるなか、黒い津波を前提に防災対策を進めることが急務だと有川教授は指摘する。

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中央大学 有川太郎教授

「改めて黒い津波を解析していくなかで、人の命が助かるか、助からないか、ぎりぎりの勝負なんだということがよく分かったと思います。津波が来る前に逃げることを徹底するべきだと。建物に対しては、(津波の)力が増すと浮力も増す。そういった対策をとった設計をすることが大事だと思います。」(有川教授)

2万人を超える人々の命を奪った巨大津波。どこまで「真の姿」に迫ることができるのか。未来の命を守るために、その解明は続いている。

この記事は、2019年3月3日に放送した 「NHKスペシャル “黒い津波” 知られざる実像」 を基に制作しています。
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