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スターリンの謀略から読み解く朝鮮戦争

2019年3月1日

1950年に北朝鮮軍が韓国に侵攻して始まった朝鮮戦争。北朝鮮軍と韓国軍の戦いに参戦したのは、アメリカ軍を中心とした国連軍と中国軍である。その構図を、共産主義陣営の絶対的指導者だったスターリンの謀略が複雑にした。開戦から70年近くたった現在でも「戦争状態」が続く朝鮮戦争の真相を、背後から巧みに操ったスターリンの謀略から読み解く。

<原爆実験の成功>

韓国への軍事侵攻をはやるキム・イルソンに対し、当初、スターリンは北朝鮮軍の支援に消極的な姿勢を見せていた。韓国の後ろ盾になっているアメリカが当時唯一の核保有国であり、全面戦争を恐れていたからだ。

しかし、ソビエトは1949年8月に悲願の原子爆弾の開発に成功。アメリカに次ぐ核保有国となったことで、スターリンはアメリカに対抗する自信を深めることになった。

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そして、スターリンはキム・イルソンに電報を送る。

「このような大事業には、大がかりな準備が必要だ。助ける用意はできている。」(スターリンの電報)

ソビエトは北朝鮮に大量の兵器を密かに提供。1950年6月に始まる北朝鮮による韓国への侵攻を後押しした。

<旅順港の支配>

旅順港とは中国東北部に位置する東洋屈指の軍港。太平洋につながる戦略上の要衝として、ソビエトは第二次世界大戦のあとに旅順港を支配していた。

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中国は返還要求を行ったがスターリンは強く抵抗し、旅順を手放さないための策略を考えた。そして、最終的にまとまった中ソの軍事協定には、次の条項が加えられるのである。

「両国が戦争に巻き込まれそうになった場合、ソビエトは引き続き、旅順港を使用できる。」

朝鮮半島で緊張が高まれば、引き続き旅順を支配できることになったソビエト。そこでスターリンは毛沢東に対して、いずれ日本の軍国主義が復活し、朝鮮半島の戦火は中国に及ぶと揺さぶりをかけ、中国軍の朝鮮戦争への参戦をけしかけた。こうして、中国は26万もの大軍を朝鮮半島に送り込むことになった。

<ヨーロッパでの覇権争い>

当時、世界ではアメリカが率いる資本主義陣営と、ソビエトが率いる共産主義陣営との間で冷戦が深刻化していた。ヨーロッパは「鉄のカーテン」で東西に分断。アメリカとソビエト率いる二大陣営が冷戦下で初めて戦火を交えたのが朝鮮戦争だった。

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毛沢東を焚きつけて朝鮮戦争に中国軍を参戦させた頃、スターリンはモスクワに東ヨーロッパの指導者を集め、こう呼びかけている。

「無敵と言われていたアメリカが北朝鮮にさえ勝てない。これでアメリカは今後2~3年、アジアで足止めされるだろう。これは我々にとって好都合だ。ヨーロッパにおける軍事基盤を固めるため、このチャンスを有効に活かすべきだ。」(スターリンの演説)

アメリカをアジアに釘付けにし、ヨーロッパでの覇権争いを有利に進めようと考えていたのだ。そしてスターリンの思惑通り、朝鮮戦争は泥沼化していった。

詳しくは、朝鮮戦争 不信と恐怖はなぜ生まれたのか?

この記事は、2019年2月3日に放送した 「NHKスペシャル 朝鮮戦争 秘録 ~知られざる権力者の攻防~」 を基に制作しています。

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