記事

南海トラフ巨大地震 「スロースリップ」から見えてきた迫りくる危機

2018年10月19日

今、最も懸念されている「南海トラフ」の巨大地震。最新の研究から、スロースリップという現象が、地震発生の日「Xデー」の到来をいっそう切迫させている可能性が見えてきた。去年11月、国も巨大地震の可能性がふだんより高まっていることを事前に知らせる「臨時情報」という新たな制度を導入。迫りくる“Xデー”に備え、われわれはどう行動するべきなのか。命をつなぐ手がかりを探る。

「南海トラフ巨大地震」はこうして起こる

今年も、日本列島周辺では大きな地震が相次いでいる。6月の大阪府北部・震度6弱、7月の千葉県東方沖・震度5弱、そして9月には北海道が震度7の激震に襲われ、甚大な被害をもたらした。そんな中、今後最も懸念されている「さらに大規模な地震」がある。東海から九州の沿岸に広がる「南海トラフ」と呼ばれるプレートの沈み込み帯を震源域として、今後30年間に70~80%の確率で起きるとされる“巨大地震”だ。最大マグニチュード9、最大震度7の激しい揺れと、10メートルを超える巨大津波が各地を襲い、東京、大阪、名古屋で都市機能が麻痺。地震後20年にわたる長期的な経済損失は1410兆円、国の年間予算の10倍を超えるとも予測され、専門家は「最悪の場合には、日本が世界の最貧国に転落する危険性すらある」と警告する。

「南海トラフ巨大地震」では、津波や建物の倒壊、火災による犠牲者を含めると最悪32万人にものぼる恐れがあるといわれている。まさに“国難”だ。

photo

東海から九州の沿岸に、東西およそ700キロにわたって広がる南海トラフ。そこでは、日本列島が乗る「陸側のプレート(岩盤)」の下に、「海側のプレート」が沈み込んでいる。2つのプレートが接する面には、プレート同士が強くくっつき合った「固着域」と呼ばれる領域が存在していることがわかっている。(下図の濃い赤の領域と推定される。)

photo

海側のプレートが沈み込むと、それとくっつき合った陸側のプレートも引きずられて変形。すると、とくに固着域の部分には、地震の原動力となる「ひずみ」が次第にたまっていく。この「ひずみ」が限界に達すると、固着域がはがれて陸側のプレートが跳ね上がり、大規模な地震を引き起こすと考えられている。それが、「南海トラフの巨大地震」だ。

photo

もしこの巨大地震が想定される最大の規模で発生すれば、そのマグニチュードは9.1。最大震度7の激震が東海から九州にかけての広い範囲を襲うと予想される。東京でも超高層ビルなどが大揺れ。名古屋や大阪の市街地にも大きな津波が押し寄せ、地域によっては地震発生からわずか2分で津波が襲来するという予測もある。

スロースリップが巨大地震発生の「最後の一押し」に?

現代の日本が経験したことのない過酷な巨大災害。このXデーが、いっそう切迫している可能性が、新たに浮かびあがってきた。

photo

東北大学助教の高木涼太さんが、Xデーの鍵をにぎるとして注目しているのが、「スロースリップ」と呼ばれる現象だ。プレート同士が強くくっつきあった固着域の周辺で、陸側のプレートの一部が、ゆっくりと静かにずれ動くもので、人が揺れを感じる地震は生じない。そのため、これまでとくに危険なものだとは考えられていなかった。

ところが、東日本大震災をきっかけに、その認識が塗り替えられた。マグニチュード9の本震が起きる2か月前から、震源のすぐ近くで、まるで前触れのようにスロースリップが起きていたのだ。そのほかの過去の地震でも詳しく調べると、メキシコで発生した大地震でも、2か月前から震源の近くでスロースリップが。チリで起きた巨大地震でも、地震に先立って周辺でスロースリップが起きていたことが明らかになった。スロースリップが、巨大地震の発生につながっている可能性が浮かびあがってきたのだ。

では、今後巨大地震の発生が警戒される南海トラフでは、どうなのか?高木さんが詳しく分析したところ、南海トラフでもスロースリップの不気味な動きが見つかった。その現象が見つかったのは、南海トラフの西の端、日向灘周辺の海底下。四国の地下深くから東へと広がる南海トラフの固着域からは、100キロも離れた領域だ。そこで、まず2002年1月にスロースリップが発生。その後も、さらに固着域に近づくような場所で、相次いでスロースリップが起きていた。同じような現象は、2006年、そして2013年にも発生していた。スロースリップの発生場所が固着域に向かって移動していくような現象が、繰り返されていたのだ。

photo

「驚きました。スロースリップが移動している現象がみえた。さらにそれが繰り返し発生していることが見つかった時は、とても驚きました。」(高木さん)

高木さんは、新たに発見されたこの「スロースリップの移動現象」が、巨大地震の発生を切迫させる要因になりうると警告する。

高木さんが考えるメカニズムは、こうだ。スロースリップが起きると、陸側のプレートの一部がゆっくりとずれ動く。この動きによって、くっついたまま動いていない周辺の岩盤が変形し、そこに「ひずみ」が生じる。すると、そのひずみの影響で、すぐ隣の領域でもスロースリップが引き起こされ、さらにその周辺に新たなひずみを生じる。これを繰り返し、最後に固着域のすぐ近くでスロースリップが起きると、「固着域」の縁に新たなひずみが加えられる。この移動現象が繰り返されるたびに、固着域の縁にはますますひずみが加えられ、大きなひずみをため込んだ固着域を圧迫していく。そしてある時、スロースリップの発生が最後の一押しとなって、固着域のひずみが限界に達すると、巨大地震が引き起こされるというのだ。

photo

「スロースリップが起こることで巨大地震発生領域の力をためている。その日(Xデー)に近づいていると思います。」(高木さん)

photo

東京大学地震研究所所長の小原一成さんは、最近の研究によって、南海トラフの固着域を取り囲むように、広い範囲でスロースリップが起きていることが分かってきたと話す。

「スロースリップは、もともと豊後水道の海底下で発生していることが知られていたが、それ以外にも日向灘から四国中部にかけての領域でも発生が確認されている。また、これらのスロースリップの発生場所が時間とともに移動していく様子も明らかになった。同じようなタイプのスロースリップは、紀伊水道や浜名湖の周辺の地下深くでも起きているので、こちらでも同様な“移動を伴う現象”が起きているかどうか、いま観測しているところです。」(小原さん)

1回1回のスロースリップの発生が地震に与える影響は微弱だが、それが「最後の一押し」となって巨大地震を引き起こす可能性がある。だからこそ、スロースリップの起こり方に十分注意する必要があると小原さんは言う。

迫り来る巨大地震の“Xデー” 新たに導入された「臨時情報」とは?

切迫する南海トラフ巨大地震。国は被害を少しでも減らそうと、去年11月、新たな制度を導入した。南海トラフの震源域周辺で何らかの異常な現象が発生し、「今後大規模な地震の発生可能性がふだんより高まっている」と判断された場合、それをいち早く「臨時情報」として伝えるというものだ。

「臨時情報」を発表するのは、南海トラフ周辺の地震活動などを監視する気象庁だ。たとえば、南海トラフに横たわる大きな想定震源域の片側半分がずれ動き、マグニチュード8クラスの地震が発生した場合、まだずれ動いていない残りの震源域でも大規模な地震が発生する可能性がふだんより高まっていると伝える。また想定震源域の一部でマグニチュード7クラスの一回り小さな地震が発生した場合にも、それに引き続いて巨大地震が発生する可能性が高まっていると伝える。巨大地震発生の可能性が高まっていることを事前にいち早く伝えることで、自治体や住民、企業などに備えを促し、その後実際に巨大地震が起きた際の被害を減らすことが目的だ。

photo

ただし、巨大地震の前兆とみられるような現象は、必ずしも起きるわけではない。異常な現象が何も観測されないまま、突然巨大地震が起きることも多い。しかし、先に挙げた「臨時情報が出されうる2つのケース」は、過去に南海トラフなどで実際に起きたことがあるものだという。

まず1つ目の、「震源域の片側半分で大地震が起き、その後、残りの領域でも大地震が起きる」ケース。実は南海トラフでは、これまでに何度も巨大地震が発生しており、その多くが「2つの大地震が時間差を置いて発生」している。たとえば70年前に起きた巨大地震では、まず震源域の東半分でマグニチュード8クラスの地震が起き、その2年後に、震源域の西半分でもマグニチュード8クラスの大地震が発生。160年前に起きたときには、これら2つの巨大地震が発生した時間差は、およそ32時間だった。

photo

2つ目のケースは、「巨大地震の前に、震源域の一部で一回り小さな地震が起き、その後、大規模な地震が起きる」場合だ。本震の前に起きる一回り小さい地震のことを「前震」という。南海トラフで「前震」のあとに巨大地震が発生した事例は過去に確認されていないが、たとえば東日本大震災の時は、マグニチュード9の巨大地震が発生する2日前に、震源のすぐ近くでマグニチュード7.3の地震が発生していた。
これら2つのケース以外にも、南海トラフ周辺で何らかの異常な現象が観測されたことを受けて、臨時情報が出される可能性がある。

photo

photo

また、「臨時情報が出されたからといって、必ずしも実際に巨大地震が起きるとは限らない」ことも重要なポイントだ。起きるかどうかが不確実な中で出される、臨時情報。私たちは、それをどのように捉えればいいのだろうか。名古屋大学減災連携研究センターのセンター長・福和伸夫さんは、「臨時情報が発表された時にどう対応するか、それぞれの立場で考えておくことが大切だ」と強調する。

「万が一起きれば、本当に“国難”ともいえるような甚大な被害になる。ですから、空振りを覚悟、でも見逃しだけはしないという態度で、その時にできる対策をしておく。今日にも臨時情報が発表されるかもしれません。発表された時に、どういう対応をしておけば被害をより減らすことができるか。それをあらかじめ、それぞれの方の立場で考えておくことが大事だと思います。」(名古屋大学減災連携研究センター センター長 福和伸夫さん)

命を救う「事前避難」 課題は“避難の長期化”

今回NHKでは、被害が想定される沿岸の自治体や住民を対象に、臨時情報が出されたらどう行動するかについて大規模なアンケートを行い、専門家とともに分析した。その結果、巨大地震が起きる前に「事前避難」の勧告等を出すことを「すでに検討している」という自治体が23%、「今後検討する必要がある」 という自治体が66%だった。

photo

さらに、臨時情報が出た段階で、まだ巨大地震が起きる前から避難するかという問いに対して、「避難する」は46%、「避難しない」が52%と、住民の判断は分かれた。その一方で、「事前避難勧告が出た場合には避難する」と答えた人は8割に上った。

photo

「もしも東日本大震災の時、2日前に発生した前震の段階で臨時情報が出され、事前の避難が行われていれば、津波などによる被害者の数は圧倒的に減らせていたに違いない」と、福和さんは言う。

「津波がすぐに来てしまうような沿岸の地域では、お年寄りや体の不自由な人、子どもを持つ家庭の方々など、避難に時間がかかり、いざ津波が発生してから逃げるのでは間に合わないような方は、できれば事前避難が望ましい。」(福和さん)

事前避難で難を逃れる人が増える可能性がある一方、考えておかなければならない問題もあることが浮かび上がった。それは、「事前避難の長期化」だ。臨時情報は、何かしら異常な現象の発生を受けて出されるが、その後の状況の変化は非常にゆっくりとしており、危険性の高さがどう変わっているのかを的確に判断することは難しい。そのため、「どういう状況になったら事前避難を解除するかといった判断基準は、非常に難しい問題」だと東京大学地震研究所の小原さんは言う。

住民アンケートでも、事前避難を続けられるのは「最長3日」と答えた人が最も多かった。現実的には、臨時情報の発表から3日とか1週間といった時間がたっても、とくに危険性の高まりを伝える情報などが出されない場合、いつでもまた避難できる態勢を整えながら、一旦自宅に戻るという判断もあり得るという。

photo

「地震の危険性が下がったわけではありませんから、十分な警戒をしながらふだんの生活を続けるということ以外ないと思います。たとえば、どこが安全な避難路かをきちんと確認しておく。それ以外にも、いざという時に向けてさまざまな心の準備をしておくだけでも、適切な対応がとれると思います。」(福和さん)

では、実際に臨時情報が出された場合、仕事や学校、幼稚園や保育園、さらに交通機関などは、どうなるのだろうか。

「極めて津波の危険度が高く、地震発生後すぐに津波が来るような場所にある学校などは、やはり休校にせざるを得ないとは思います。しかし、そうではない地域にある保育園、学校、病院、福祉施設などは、万全の注意をしつつ、続けておくことが必要だと思います。できるかぎり交通機関も止めないでおくことによって社会の影響を小さくしたい。しかし、沿岸部を通る路線は、やむを得ず対応を考えていく必要もあると思います。」(福和さん)

「臨時情報」を防災・減災にどう活かすか

長期に及ぶ可能性もある「事前避難」にどう備えるのか。住民自ら対策に乗り出した地域がある。

最悪の場合、全国で最も高い34メートルの津波が想定される、高知県黒潮町。高齢化率は4割を超える。町はこれまで巨大地震に備えて、津波避難タワーの整備などを進めて来た。しかし、津波避難タワーでは、長期間の事前避難は困難だ。また、避難所に指定された学校は、臨時情報が出された場合でも、通常通り授業が行われている可能性があり、その場合には事前の避難場所には使えない。

photo

そこで住民たちが始めたのが、「高齢者などが事前避難できる場所」を探すことだ。黒潮町芝地区の区長、篠田博さんが訪れたのは、山あいにある研修施設だ。

photo

風呂や炊事場など、事前避難が長期に及んだ場合でも生活できる設備が整っていた。今後は、高台の住民にも、高齢者や体の不自由な人の事前避難を受け入れてもらえないか、交渉していく予定だ。

「地震が来てからではなかなか逃げられない部分がありまして、事前(臨時)情報を十分に活用して逃げていきたい。」(篠田さん)

臨時情報をどう活かすかは、沿岸部の地域以外にとっても重要な課題だ。南海トラフ巨大地震では、最悪の場合、震度7の激震に襲われる地域が、東日本大震災の時よりもはるかに広いエリアに及ぶとも予想される。そこで、臨時情報が出された際の対応として考えられるのが、家具の転倒防止対策や消火器の準備などを今一度しっかり確認することだ。さらに、外出先でも常に避難経路を確認。地震が発生した場合に備えて、1週間程度生活できるような備蓄があるかどうかの確認も必要だ。

迫りくる未曾有の国難、南海トラフ巨大地震。“Xデー”が訪れる前に、いま何ができるのか。問い続けることが、私たちの未来を変える「鍵」になる。

この記事は、2018年9月1日に放送した 「NHKスペシャル MEGAQUAKE 南海トラフ巨大地震 迫りくる“Xデー”に備えろ」 を基に制作しています。
この番組はで配信中です

あわせて読みたい

“河川津波”知られざる脅威

“河川津波”知られざる脅威

2018年3月4日
おはよう日本
“火種”を見つけ地震を予測

“火種”を見つけ地震を予測

2016年9月1日
おはよう日本

新着記事