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警察庁長官狙撃事件
犯人は、果たして誰なのか?【前編】

2018年10月26日

日本の犯罪史に残る凶悪事件を次々に引き起こしたオウム真理教。そのオウムが関与を否定し続けた、警察庁長官狙撃事件。標的は、日本警察のトップだった國松孝次。警察はオウム真理教によるテロとみて捜査したが、事件は未解決に終わった。長官を狙撃した犯人は、果たして誰なのか。シリーズ未解決事件、今回は「警察庁長官狙撃事件」を追う。

警察トップを襲った前代未聞のテロ

近代警察が誕生して150年。その長い歴史の中でただ一度、トップの命が狙われた前代未聞のテロ。凶悪事件を起こした受刑者が収監されている岐阜刑務所の獄中にいる男が、長官狙撃事件の真犯人を名乗り、NHKに手紙を送ってきた。差出人の名は、中村泰。銃を使った別の事件で、無期懲役になった男だ。

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「私が計画し実行した警察庁長官暗殺作戦を改めて説明します。秘めておいた2、3の新事実を用意しています。」(中村からの手紙より)

警察庁長官狙撃事件が起きたのは、1995年3月30日。現場は、隅田川のほとりに立つ高級マンション群「アクロシティ」。自宅から出て来た國松孝次警察庁長官は、20メートル離れた地点で待ち伏せしていた犯人に、背後を狙われた。犯人は、崩れ落ちる國松長官に正確に狙いを定め、2発、3発と続けざまに、銃弾を撃ち込んだ。背中には直径1センチを超える銃痕。心臓が6回も停止、出血性ショックで瀕死の状態に陥ったが、奇跡的に一命を取り留めた。

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今回、NHKは長官狙撃事件に関する2000ページにのぼる警察の捜査資料を入手。その中に、犯人につながる重要な手がかりがあった。

弾丸や銃の分析を行った、警察庁科学警察研究所の元技官、内山常雄が取材に応じた。犯人の強い殺意を感じたという。

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「珍しい弾が使われた。よほど計画的に銃を選び、弾丸を選び、それで実行したんじゃないかと思いました。」(内山元技官)

犯行に使われたけん銃は、珍しいアメリカ製のコルトパイソン。使用された弾も、極めて特殊な先端にくぼみのある、ホローポイント弾。命中すると、先端がマッシュルーム状に広がり、体の組織に食い込む。体内をえぐるように傷つけ、大量の出血を引き起こす。

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「殺傷能力を高めるための残酷な弾丸です。本来、人間に対しては使えない。戦争で使ってはいけないとハーグの国際条約で決まっている。そんな弾を実際に使っている例はほとんどなかったですね。相当なガンマニアが実行犯だろうと。」(内山元技官)

日本警察のトップを狙撃したのは何者なのか?真っ先に疑いの目を向けられたのが、オウム真理教だった。長官が狙撃される10日前、オウムは地下鉄サリン事件を引き起こしていた。教団への強制捜査に乗り出した警察。両者は、激しく対立していた。

当時、警視庁は異例の捜査体制をとった。本来、こうした凶悪事件は刑事部が担当する。しかし、この事件は、過激派や思想犯の情報収集などにあたる公安部が担った。初動捜査を指揮した元警視総監の井上幸彦が、今回NHKの取材に応じた。地下鉄サリン事件などで手一杯だった刑事部に代わり、公安部にオウムの組織を解明させようと考えたという。

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「地下鉄サリンというのは警視庁が(オウムから)挑戦されてしまった。警視庁を動かせなくするためにあの事件を引き起こしたことは間違いない。長官事件は、彼らが対抗的にやってきたのかなというふうに思うのが普通だと。これは組織的に対応できる公安部がやったほうがいいじゃないかと。」(井上元警視総監)

公安部の捜査から、オウムの信者だった現職警察官が浮かび上がった。事件当時、地下鉄サリン事件の捜査本部にいたK巡査長は、教団に捜査情報を漏らしていた。半年近く軟禁状態に置いて、取り調べたところ、「長官を撃った」「けん銃は神田川に落とした」と供述した。

しかし、こうした捜査で得た供述を疑問視する声もあった。公安部の元捜査員が初めて取材に応じた。

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「『私が撃ったって言っちゃったから、弱いところがあるんですよね』というようなことをポロッと言った。だから、私そのときに、こいつ、やってないのに自分がやっちゃったって言ったから、付き合いで、捜査に付き合ってるのかなと。上のほうが、オウムだ、オウムだと言っている以上、オウムに向ける捜査、オウムの中でどういったやつが該当するのかという方向にいった。」(公安部の元捜査員)

公安部は、神田川で大規模な捜索を行ったが、けん銃は見つからず、K巡査長の供述を裏付けることもできなかった。オウムの犯行とみて、初動捜査を指揮した井上。当初の見立てを修正することは難しかったという。

「本来、捜査というのは、本人がこういうことを言ってるのであれば、それを裏付けるものが出てくるんだけど、何も出てこない。だから、これは違うんじゃないの、ということで、もっと地道な捜査をやらなきゃいかんなというけども、もうそちらのほうにずっといっちゃってる感じはしましたね。それは、みんながね。一生懸命やってるわけだから、途中でブレーキをかけるなんてできませんよね。」(井上元警視総監)

刑事部の捜査線上に浮かぶ男 犯人を疑わせる証拠の数々

本当にオウムの犯行なのか。

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まったく別の男が、刑事部の捜査線上に浮上していた。真犯人を名乗り、手紙を送ってきた中村泰。公安部の捜査がオウムに向かうなか、刑事部は別の事件の捜査から偶然、中村に行きついていた。名古屋で現金輸送車を襲撃し、逮捕された男だった。その捜査の過程で、警察が押収した4000点を超える証拠品をNHKは独自に入手した。

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60を超える偽名を使った大量の免許証やパスポート。盗難車のものとみられる127もの鍵。軍事用の防弾チョッキとガスマスク。自らの身長を10センチ近く、高く見せるためのシークレットブーツもあった。

刑事部を驚かせたのは、長官狙撃事件とのかかわりを疑わせる数々のものだった。最寄りの駅から國松長官の自宅までのルートに印を付けた地図。そして、フロッピーディスクの中には、長官を狙撃したときの状況を詳細に描写したかのような詩が記録されていた。

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墨田の河畔 春浅く
そぼ降る雨に濡れし朝
満を持したるときぞ今
轟然火を吐く銃口に
抗争久し積年の 敵の首領倒れたり

三重県にあった中村のアジトで4000点におよぶ証拠品を発見した警視庁刑事部捜査1課元管理官の横内昭光は、思わぬ捜査の展開に色めき立ったという。横内は、このアジトで発見したメモから、中村の貸金庫を突き止め、14丁のけん銃やライフル銃、1000発以上の実弾も押収した。

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犯行に使われたコルトパイソンは見つからなかったものの、刑事部は、中村が真犯人ではないかという心証を強く持った。

「(長官事件の犯人は)疑いなくオウムでいい、そういうふうに思ってました。われわれも。だから、ここに来てこういう物を発見したときは、やっぱり、衝撃が大きかった。中村のほうがより犯人性があるんじゃないの、犯人になるんじゃないか、そのぐらいの気持ちで捜査をずっと継続していった。」(横内元管理官)

中村自身も、事件に使った銃について、詳しく述べていた。

「長官狙撃に使用したのは、TASCOⅡ(タスコ)を装着したPython Hunter(パイソン・ハンター)だったのです。」(中村からの手紙より)

銃の専門知識をひけらかし、真犯人を自称する中村。中村は、1930年に生まれ、旧満州で幼年期を過ごした。少年時代は貧困に苦しみ、戦争に突き進む国家を嫌悪していたという。東京大学に入学したが、学生運動にのめり込み、革命を志して退学する。

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中村は26歳のとき、銃による殺人事件を起こしていた。革命資金獲得のためとして、金庫破りを繰り返すなかで、職務質問してきた警察官を射殺したのだ。

殺人の罪で、19年間、千葉刑務所に服役していた中村。獄中で、キューバ革命を指揮したチェ・ゲバラに憧れ、武装組織の結成を目論んでいたという。そこで出会ったのが、右翼の大物、野村秋介。現職大臣の自宅に放火し、服役していた。野村と親交があり、中村も知る人物にたどり着いた。

中村は、野村の知名度を利用し組織を作ろうとしていたという。

「この話(武装組織)聞いていたからね。冗談じゃないよと、野村は言っていたからね、それは覚えている。金は、中村は持っていたよ。ただ人間が集まらなかった。」(野村と親交があった人物)

強い暴力志向を持っていた中村。犯人だとすれば、事件の動機は何だったのか。中村は、警察に対するテロをこう正当化していた。

「オウム教団を早急に制圧するため、オウムの仕業と見せかけて、警察トップを殺害し、警察を奮起させる。」(中村からの手紙より)

中村が、警察への敵がい心を若い頃から口にしていたという証言も得られた。初めてインタビューに応じた中村の実の弟は、兄についてこう話している。

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「前から警察長官を射殺しようと思ってることを言っていたんです。会う度に。釈放されてからの十何年間か会ってました。その度に、私は止めたんですよ、『そんなことはしないほうがいいよ』とね。」(中村の実弟)

刑事部の捜査員が、長官事件への中村の関与を強く疑っていた。しかし、警察内で、ほとんど重要視されなかった。公安部がマークしていたのはあくまでオウム。オウムの元幹部らは数多くの凶悪犯罪について次々と自供したにもかかわらず、長官狙撃事件の関与だけは、強く否定していた。それでも公安の捜査は、オウム犯行説で進められていた。

警察庁長官狙撃事件 犯人は、果たして誰なのか?【後編】

この記事は、2018年9月2日に放送した 「NHKスペシャル 未解決事件 File.07 警察庁長官狙撃事件」 を基に制作しています。
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