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発達障害 解明される未知の世界

2017年7月7日

小中学生の15人に1人に発達障害の可能性があるといわれている今。解明されていなかった当事者たちの世界が、最先端の科学研究で明らかになりつつある。誰もがより良く生きられる社会の実現には何が必要なのか、模索が始まっている。

子どものみならず、大人も苦しむ発達障害

そもそも発達障害とは生まれつきの脳の特性で、症状により主に3つに分類される。コミュニケーションが苦手・こだわりが強いという特性の「ASD(自閉スペクトラム症)」、不注意・落ち着きがないなどの「ADHD(注意欠如・多動症)」、読み書きや計算のような特定の学習分野が極端に苦手などの「LD(学習障害)」だ。

こうした特性のある発達障害の人たちの行動は、社会から理解されにくいことが多い。しかし最新の脳科学により、発達障害の人は脳の神経のつながりに弱い部分があり、情報処理の方法が多くの人とは異なっていることが明らかになってきた。さらに、発達障害の人の世界の見え方、聞こえ方は、多くの人とは異なり、それが当事者たちを苦しめていることも分かってきている。

発達障害の人には世界がどう見えているのか? 大阪大学などの研究グループが、これまで分からなかった世界を可視化する試みを始めている。当事者22人を対象に、さまざまな場面での明るさやコントラストなど、一人一人から細かく聞き取り、映像に落とし込んでいったところ、例えば明るいところでは、世界がよりまぶしく見え、光を痛いと感じる人もいた。また、動くものを見ると色が失われたように感じられたり、中には光の粒が見えたりする人もいた。

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こうした症状は「感覚過敏」と言われ、ASDの人の多くに見られるという。長年、発達障害は子どもを中心に研究が進められてきたが、感覚の違いは自覚しにくいため、ほとんど知られてこなかった。しかし数年前から発達障害と診断される大人が増加したことで、自分自身が感じてきた違和感を表現できる当事者が増えてきたのだ。

それでは、「感覚過敏」とはいったいどういうものなのだろうか。

ASDの診断を受けている河髙素子さん(18)。感覚過敏の症状があるが、一番強いのは音だという。外を少し歩いただけでさまざまな音を敏感に聞き取ってしまい、疲れ果てる。中でも辛いのが、スーパーマーケットなど、店内の多くの人には分からないような音が絶えず聞こえる場所。冷蔵庫や蛍光灯の音など、常に音の洪水にさらされているようだという河髙さんが店内にいられるのは15分が限界だ。

国立精神・神経医療研究センターでASDの人とそうでない人が、実際にどのくらいの大きさの音で驚くのか実験を行ったところ、ASDの人は小さな音でも強く反応していることが分かった。ASDの人にとってスーパーマーケットの店内の音は、多くの人がパチンコ店の店内で耳にする音よりも、うるさく感じている可能性があることが示唆された。

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国立精神・神経医療研究センターの高橋秀俊室長は、こうした特性が当事者に与える影響を次のように指摘する。
「普通に学校の先生が話していても、感覚過敏のあるお子さんにとっては、ものすごく大きな声で言われているように聞こえているかもしれません。ですから、ちょっとした注意をしただけでもものすごく怒られているというふうに、社会生活を営むうえでかなり支障を来している可能性が大きいと思います。」

感覚過敏が引き起こすさまざまな困難

感覚過敏が特に困難をもたらすのが、人とのコミュニケーションだ。とりわけ難しいのは、喫茶店などのさまざまな音が聞こえる場所での会話。雑多な音を区別するのが難しく、混ざったように聞こえてしまうのだという。

さまざまな音が混ざりあって聞こえてしまうのは、一体なぜなのか。自閉スペクトラム症の人の認知を研究している第一人者、ロンドン大学で認知神経科学を研究しているフランチェスカ・ハッペ教授は、脳が出す指令が関係していると考えている。

ハッペ教授の仮説によると、多くの人は、周囲からの音を聞き続けるうちに、次第に気にならなくなる。脳の司令塔が指示を出すことで、聞こえるレベルを下げることができるからだ。これが「慣れ」と呼ばれる機能で、不要な音のレベルを下げることができるためだという。しかし、自閉スペクトラム症の人の中には、司令塔による「慣れ」の機能がうまく働かない人がいて、その場合、不要な音のレベルを下げることが難しく、高いレベルで受け取ってしまうというのだ。

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「台所で食器を洗う音が聞こえても、多くの人は気にとめなくなります。『慣れ』の機能が働き、脳が『あれは背景の音だから、聞く必要がない』と指令を出すからです。しかし自閉スペクトラム症の人には様々な音が常に新しい音として聞こえ続け、話し相手に注意を向けられないのです。彼らにとって、世界はあまりにも情報が多すぎて脳が混乱状態に陥っているのです。」(ハッペ教授)

しかし、このような感覚過敏がすべての発達障害の人にあるというわけではない。信州大学病院 部長の本田秀夫医師によると、どの感覚が特に過敏なのかというのは、かなり個人差がある一方で、特に感覚の異常のない人や、また逆に感覚が鈍いという人もいて、かなりばらつきがあるという。

クラスにいた“こんな子”も、実は発達障害だった?

さらに、ASD(自閉スペクトラム症)だけではなく、ADHD、LDの人の世界のとらえ方も最新の研究で明らかになりつつある。

小学生のとき、毎日忘れ物をしたり、授業中はよそ見ばかりして落ち着きがなく、ほとんど先生の話を聞いていないと思われていたような子があなたのクラスにもいたかもしれない。このような人の脳は、「順序だてて行動する」機能と、「喜びや満足を得るために待つ」機能が弱いことが、最新の研究で分かってきた。発達障害の1つ、ADHD(注意欠如・多動症)に見られる特徴だ。このような人は、大人になっても部屋の片づけが苦手だったり、1つのことを集中して行ったりするのが苦手ということもある。

また、簡単な文章でも、つっかえながらしか読めず、音読が極端に苦手な子。実はこれも、「学習障害(LD)」と呼ばれる発達障害の1つ。文字の情報が目から脳に送られると、まず文字の形が識別され、次に人間の脳が持っている辞書と照らし合わせる作業が行われる。最初に綴りが照合できると、次に読み方と意味を照らし合わせる。こうして人間は、文字を声に出して読むことができる。しかし、この障害がある場合、綴りの照合に時間がかかるため、文字を見てもなかなか声に出して読むことができない。

こうした発達障害の人の特性は、個人の性格や個性といったように受け取られることもある。実際、片づけが苦手な人や、何かを読むときに区切る場所が分からなかったりした経験を持つ人は多いだろう。

問題はその程度がどれくらい大きいか、またそれによって自分や周りの人がどれくらい生活に支障があるかだ。そのため、本人にこういった特徴が強くあっても、周りがそういう人を全面的に受け入れるような生活環境であれば、さほど苦痛にならない場合もあるという。

本人と環境との関係が大きく影響する発達障害について、今、専門家らが最も危惧しているのが、いわゆる「二次障害」だ。これは発達障害であるうえに、その後さまざまなストレスで精神疾患を発症したり、不登校、ひきこもりなどで社会に参加できなくなったりすることを言う。イギリスの研究者の調査では、自閉スペクトラム症の最大70%の人がうつになっているという結果もある。

「普通」でなくてもいい。より生きやすい社会に向けて考えるべきこと

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イギリスでは、店内の照明や音楽を消す取り組みも

そうした中、発達障害の人がより生活しやすい環境になるための取り組みが国内外で始まっている。イギリスでは、あるショッピングモールで毎週土曜日「クワイエット・アワー」と呼ばれる時間帯が設けられ、店内の照明や音楽を消して、感覚過敏の人でも過ごしやすい環境をつくっている。この結果、買い物客が約1割増加し、経済的にも効果があることが分かった。

アメリカでは、ここ数年、発達障害の人の特性に注目し人材を登用する動きが加速している。ある世界的IT企業は、2年間で発達障害の人を29人採用。緻密さが求められるプログラムの最終チェックの仕事では、細部へのこだわりが強い人が欠かせない人材となっている。また、発達障害の人に特化した就労支援企業まで登場し、世界15ヵ国で事業を展開。IT企業やコンサルティング会社などに、これまでおよそ1000人を斡旋している。この会社と提携しているのは、およそ100社。イノベーションをもたらす人材を確保しようと、世界中の企業が動き始めている。

そして日本では、発達障害の人とどのように働いていけばいいのか、一部の企業で取り組みが始まっている。

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事務職として障害者枠で採用された伊藤さん

ASDの診断を受けている伊藤直さんは、大学卒業後IT関連企業の事務職として障害者枠で採用された。現在、就職して5年になる。伊藤さんが新入社員のころ、上司から鉢植えに「適当に水やっといて」と頼まれた際、床まで水浸しになるまで延々と水をやっていたということがあった。そこで会社側は、「適当に」や「そこらへん」といった曖昧な言葉ではなく、数字で説明するのが伊藤さんには一番伝わる方法だと気づき、それ以降は「コップで何杯」と伝えるルールを編み出した。

数字へのこだわりが強い伊藤さんの得意分野は経理だが、その緻密さで小さなミスも見逃さず、社内で高い評価を得ている。しかし、実は1年前、その高い評価ゆえに会社が伊藤さんの業務の幅を広げようとしたところ、伊藤さんに異変が生じる。今までしなかったミスをしたり、自分を執拗に責めたりするようになったのだ。会社側が臨床心理士に相談したところ、発達障害の人の苦手は努力ではカバーできないため、幅を広げることは大きなストレスになると教えられた。得意なことに集中できる環境をつくると、伊藤さんはもとの調子を取り戻していった。

身体的な障害とは違い、外見ではわかりづらい発達障害。そう診断されても、そのことを周りの人に言えなかったり、言っても理解してもらえなかったりして悩む人も多い。また「普通」でいようと努力するも、周囲になじめず社会的・経済的に不安定になってしまう人もいる。より良く互いを知り、さまざまな人を受け入れる社会にしていくために、私たちができることは何か。障害のある人も、そうでない人も、考え続けなくてはならない。

この記事は、2017年5月21日に放送した 「発達障害 ~解明される未知の世界~」 を基に制作しています。
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