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死者数十万人も。
ウイルス大感染時代、最悪のシナリオとは?

2017年2月20日

20世紀以降、人類の命を最も多く奪ってきたもの。それは戦争でも自然災害でもなく、ウイルスの感染爆発「パンデミック」だ。交通網の発展や地球規模の温暖化などが「大感染時代」に拍車をかける今、人類とウイルスとの果てしなき攻防に迫る。

鳥インフルエンザウイルス、ヒト感染に残された“壁”とは?

「パンデミック」と聞くと、映画や小説などフィクションの世界の話と考える人もいるかもしれない。しかし、これまでになかったウイルスが出現して新たな感染症のリスクが世界的に高まり、私たちはこれまで経験したことのない「大感染時代」を迎えている。なかでも、ヒトへの感染が恐れられているのが、全国各地で検出されている鳥インフルエンザウイルスだ。

感染拡大を引き起こしたのは、鳥インフルエンザの中でも最も毒性が強いと言われるH5型と呼ばれるウイルス。本来、鳥インフルエンザウイルスは鳥と鳥の間でしか感染しない。しかし、鳥からヒトに感染するケースが世界で相次いで報告されているのだ。鳥インフルエンザウイルスが人間にうつると、深刻な肺炎などが引き起こされ、最後には死に至る可能性が高い。そして最も恐れられているのが、このウイルスが変異し、ヒトからヒトへ感染を拡大させていく事態。最先端の研究現場では、その日が刻一刻と近づいているのではという危惧が広がっている。

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感染拡大を引き起こした鳥インフルエンザウイルス(H5型)

鳥インフルエンザがヒトの間で感染を広げるには、いくつかの壁がある。そのひとつがウイルスの増殖に適した温度。鳥インフルエンザウイルスは鳥の体温に近い42度で効率良く増殖するが、ヒトの体温は36度。そのため、仮にヒト1人に感染したとしても、感染は広がりにくい。ところが、この体温の壁を乗り越える場として注目を集めている動物がいる。豚だ。

鳥とヒトの中間、39度の体温を持つ豚が、鳥とヒト、同時に2つのインフルエンザに感染したとき、遺伝子が混ざり合い、ヒトの体温でも増殖しやすい性質を獲得する恐れがある。実は温度の壁がすでに突破されたと危惧されるケースも見つかっている。

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エジプトで流行したウイルスを分析し、ウイルスに深刻な変異を突き止めた河岡教授

東京大学の河岡義裕教授は、鳥インフルエンザによる死者が増加しているエジプトで流行したウイルスを分析。ウイルスの遺伝子の増殖温度に関わる部分が変異し、42度から33度の間の幅広い温度で、増殖しやすくなっていたことを発見した。すでにヒトからヒトへの感染が広がりやすい状況が生まれているのである。しかし、2015年に鳥インフルエンザによって39人の死者がでたエジプトでも、ヒトの間での感染爆発は起きていない。それを防いでいるとみられるのが、残されたもうひとつの壁だ。

ウイルスがヒトに感染するには、体内に入ったあとにヒトの細胞と結合する必要がある。ヒトの細胞と結合するウイルスの突起が、ヒトの受容体の形とあわなければ結合しにくい。反対にこの遺伝子が変異すると、ヒトからヒトへの感染能力が一気に高まり、感染爆発「パンデミック」が起きる恐れがある。感染拡大を防ぐ残された壁は受容体だけなのか、他にもあるのか? 今も研究は続いている。

温暖化と交通網の発達で高まる感染リスク

新たなウイルスのリスクもある。2012年に中東から始まり、韓国など27か国に拡大した致死率40%とも言われるMERS(マーズ)。2014年以降、アフリカからアメリカやヨーロッパなどに広がり、1万1,000人以上が死亡したエボラ出血熱。気温上昇が進むシベリアの永久凍土では、フランス国立科学研究所などのチームが3万年前の地層から新種のウイルス「モリウイルス」を発見。温暖化によって凍土が急速に溶け、むき出しになった地層から未知のウイルスが放出される危険性が高まっている。

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3万年前の地層から発見された「モリウイルス」

温暖化がウイルスの拡散を加速させる恐れがあることも分かってきている。そのひとつが、ここ数年で急速に世界に広がったジカウイルスだ。ジカウイルスの人への感染が最初に確認されたのは1952年、アフリカ・ウガンダ。だが、その後、世界中に感染が拡大。2015年にはブラジルで大流行した。

ウイルスを媒介したのは、熱帯地域に生息するネッタイシマカ。感染した人を蚊が刺すとウイルスが蚊の体内に取り込まれて増殖。その蚊がウイルスを運び、他の人に感染を広げる。これまで感染が拡大した地域は赤道付近に限られていたが、温暖化の影響でネッタイシマカが生息しない日本でも感染リスクが高まっていることが分かってきた。日本にも生息するヒトスジシマカの生息地域が広がり、個体数も増加すると考えられているためだ。さらに交通網の発達によって、これまで特定の地域に流行がとどまっていた感染症が、国境を越えて世界中に拡散するリスクも急速に高まっている。

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北へと拡大するヒトスジシマカの生息気温地域

ヒトVSウイルス。感染を最小限に防ぐ鍵は?

パンデミックと戦うための人類の武器はワクチンだ。しかし、パンデミックが始まってからワクチンを開発、製造していると数か月はかかってしまい、初期の段階には間に合わない。そこで対策のための人類の挑戦も始まっている。

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生物の体内に宿るウイルスを調べる澤教授の研究チーム

北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンターの澤洋文教授は「未知のウイルス」が数多く潜んでいるとみられるアフリカ・ザンビアで、これまでに蚊やネズミ、サルなどから新種のウイルス20種類を発見。見つかったウイルスの遺伝子などの解析を行い、解析したデータはジェンバンクと呼ばれるデータベースで世界の研究者と共有している。病原性を解明し、免疫力を付けるワクチン開発などにつなげるためだ。

感染爆発の脅威が迫る新型インフルエンザでも対策は進んでいる。2015年、東京大学の河岡義裕教授は、より効き目の高いワクチンの大量生産を可能にする技術を世界で初めて開発。現在のワクチンは主にニワトリの卵を使って製造されているが、ワクチンの質にばらつきが出て、効き目の弱いものができてしまうことが課題だった。これに対し、河岡教授はイヌやサルの腎臓の細胞を培養して、従来の細胞培養法と比べて200倍以上の速さで、品質が一定のワクチンを製造できることを突き止めた。

「いかに効率よくワクチンを作るか。つまり、パンデミックが起きてもいかに早くワクチンを用意できるか。いかに抑え込むことができるかどうかが重要になってくるかと思います。」と河岡教授は言う。

かつて人類が経験したことのないウイルス大感染時代。避けることの出来ない感染爆発にどう備えるのか。人類とウイルスの攻防は今も続いている。

この記事は、2017年1月14日に放送した 「NHKスペシャル シリーズ MEGA CRISIS 巨大危機 ~脅威と闘う者たち~ 第3集 ウイルス“大感染時代” ~忍び寄るパンデミック~」 を基に制作しています。
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