vol.6 制作の舞台裏 その2:工程の不可逆性について

インタビュー 柴田周平(NHKプロデューサー)

文 上條桂子

最新の研究成果に基づき、3回に渡り人類進化700万年の謎を解き明かす『人類誕生』。誰も見たことがない人類が生きていた世界を映像化するために、スクウェア・エニックス/Luminous Productions(以下、スクエニ)とタッグを組み最新のCG技術を用いて制作が行われました。約2年もの歳月をかけて行われた制作は、どうやらひと筋縄ではいかなかったよう。今回は、地獄のリサーチの後に待ち受けていた、さらなる苦労について。

一度決定をしたら後には戻れない

 『人類誕生』でご覧いただいた高精細なCGはスクウェア・エニックスにより、途方もない工程を経て作られています。僕も、これまでの番組づくりでCGを扱うことはありましたが、ここまで大規模で高精細で時間も長いCGを、しかもゲーム会社とともに作るのは初めてです。3本合わせて30分弱くらいの映像だったのですが、スクエニからは「すごく量が多い」と言われていたんです。最初はそれが、どれくらい大変なのか、実はあまり分かっていませんでした。

 後からわかったことですが、彼らのCG制作では、1フレームをレンダリング(コンピュータで描画)するのに24時間かかるというんです。1フレームというのは動画を構成する1枚の絵のことです。その1枚の絵は、背景、キャラクター、照明、視覚エフェクトなど、何層ものレイヤーが重なって出来ています。それをコンピュータで計算して1枚の絵として出力するのに膨大な時間がかかるのです。1秒の映像を作るのには30フレーム必要ですから、全部で30分あったら、どれくらい時間がかかるかというと…、単純計算でも30分=1800秒ということは54000フレーム、かける24時間必要だということです。計算を同時進行で進めたとしても、途方もない時間ですよね。

テレビとゲームは、どちらも映像を制作する仕事なので、一見似たようなものづくりをしているのかと思っていました。しかし実際は制作フローや慣習が全然違いました。工程が進むにつれ、誤解や認識の違いがボディブロウのように効いてきました。

CGコンテ案。絵コンテを作るための資料をまとめたシート。

 CG制作のための膨大なリサーチ作業が始まったのは2016年の夏でした。まず、資料を集めてシーンのリストを作ります。シーンで見せるポイントと、登場キャラクターの動き、絵づくりに必要な要素を書き出して詰めていき、絵コンテを作っていきます。前回も書きましたが、すべての要素は想像で書くことはできません。リサーチを行い、研究者の方に確認をし、資料を揃えてCGチームに渡していきます。

絵コンテ。コンテライターと呼ばれる方がシーンの詳細を絵コンテにする。

そうしてできあがった絵コンテです。この段階になると、カメラ割りやカットの長さも出ますので、不必要なカットはどこか、足した方がいいカットはどこかという具体的な相談をし始めます。同時に、シーンリストに出した時よりも実際に絵の中に入ってくる情報が細かく決まってきますので、どんな種類の木を生やすのか、それは当時アフリカに生えていたものなのかといった情報を加えていきます。

キャラクターの設定資料。

絵コンテを進めるのと同時進行で、キャラクターの設定を決めていきます。絵コンテとは別にキャラクターを設定するデザイナーがいて、今回はカナダ出身の女性アーティストが担当しました。絵をご覧いただくとわかると思いますが、体形や顔つき、髪形、持っている道具、服などが細く描かれています。こちらも専門家の指導を仰ぎながら、適宜修正を加えて仕上げていきます。

ざっとCGを作るまでの流れを書きましたが、この段階で苦労をしたのがプロセスの不可逆性です。要は元に戻れないということ。CGチームは、ことあるごとに「不可逆だ」というんです。この作業がオッケーになったら、次のパートに渡すから後戻りはできない。それを「ロック(カギをかける)」と言っており、一度ロックした作業は修正ができないのだというんです。当初はそれもよく分からずに、進めていくなかで何度も修正を重ねて、最後にフィニッシュするものだと勝手に想像していました。でも、絶対に無理だということがだんだんとわかってきました。実は今回はCGの分量が多かったため、制作工程が細かく細分化され、日本国内だけで無く、海外のパートナーにも作業を分担してもらい、制作が進められていたのです。ある作業が一度仕上げられ、納品されたら別の担当者の手に移るため、後戻りは極めて難しい、というわけだったんです。イメージは、自動車を組み立てるベルトコンベアーが逆戻り出来ないのに近いです。

時間に追われることが多いテレビ番組制作の現場では、放映のギリギリになって撮り直そうっていうことも起きます。しかし、彼らにとってそれは完全にアウトであり、作業は常に不可逆だったのです。しかも、その齟齬が発覚したのは、2017年の夏にCG合成用の実写ロケをオーストラリアで敢行した時のことでした。

実写撮影のためのモデルのオーディションや特殊メイクはスクエニさんが手配していたのですが、ここで問題が発生しました。現場に行ってみたら、ネアンデルタール人の顔つきが想像していたものと随分違ったのです。急きょスケジュールを調整し、特殊メイクをやり直してもらうことに。東京にいる監修の先生とテレビ電話で結んでやりとりをしながら、顔や骨格を見てもらいつつ修正を加え、ギリギリで本番にこぎつけました。

この問題が発生したところで、それまで感じていた違和感などをお互いにきちんと腹を割って話をしようということになったのです。それまでよりも頻繁に会って、毎週のように担当者と対面で打合せをするようにしました。それで、スクエニのオフィスに行ってびっくりしたのが、スタッフの多さですね。一回の打ち合わせで、担当が20人くらい代わる代わるやってきますし、海外も含めて総勢何百人という単位で人が動いていたということも、恥ずかしながらその時点で初めて知ったのです。そこで、彼らがずーっと口にしていた「不可逆だ」ということの本当の意味がわかったのです。