Special Interview

秘話も裏話もいらない!誰もが知っている歴史を映像で伝える

ジャーナリスト 津田大介

誰もが撮影者になり、誰もが発信者になる時代。
津田大介さんに「映像」、そして「映像の世紀」に何を見たのか、聞きました。

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衝撃だったのは、市民が市民を拷問するというところですよね。あのような魔女狩りのようなことが起きるし、それがまた映像で残っているというのも含めて衝撃的だった。ヒットラー関連の映像もそうです。ナチスドイツ関連の映像はいろいろなところで引用されていて見てはいるですが、「新・映像の世紀」ではその有名な映像とも違う、いろいろな周辺の映像がたくさん出てきていて、それを見ることでその時代がどうだったのかを、想像することができる。

そしてカメラがとらえている映像の中にある、人々の生活ですよね。歴史に残る映像というと、どちらかというと政治家とかすごく偉い人の映像というのが多いと思うんです。でもこの番組では、全編通して生活者がどうなのかということも丁寧に挿入されているので、自分たちの今の生活と対比させて考えさせるという、そういう演出になっていることが印象的です。

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人って、とても多面的な生き物ですよね。世間の評判は最悪な人が近しい人からはとても好かれていたりするし。「新・映像の世紀」が見せてくれるものも、もちろん人のある面でしかないわけですし、ある時代の国の姿の一部でしかない。でも、歴史には教科書ではわからない部分があって、そんな余談のような部分を知ることが大事なんじゃないかと。映像はそういう余白を埋めてくれる存在ですよね。その意味でこの番組は、映像の力を最大限に使ったジャーナリズムの形でもある。見方を変えると、ものすごく効果的な現代の歴史の副読本というか、教科書を見て「新・映像の世紀」を見るともっとよくわかるというような教育的なコンテンツでもあるのかなと思います。

番組だけで見るよりも、ほかのものと一緒に組み合わせるといいかもしれない。何かひっかかりがあったときに、そのテーマにひっかかった本や現代史の本を読んでみるとか、あるいは気になったキーワードで検索して、その情報を見てみるだけで、もっと理解が深まるんじゃないかなと思います。もちろん単体で見てもおもしろいけど、何かと組み合わせて見ると、もっと楽しめるはずです。

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    「映像の世紀」シリーズをシンプルに言えば、「報道」だと思います。報道というのもいろいろな形がありますが、もともとジャーナリズムというのは、取材があって、文字がある。最初は貴族の「政論」から始まっているわけですよね。フランスとかそういう絶対王政の中で貴族が、政治はどうあるべきかと言っていたことが、印刷物が出てきたことによって、それが紙になっていろいろな人に伝わって…という形でジャーナリズムというのは始まった。

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    そこからラジオが出てきて、テレビが出てきて、新しいメディアの出現ともにそれを使ったジャーナリズムの形が多様になってきた。そこに「映像」があるわけで。ここで、こんなときに、こんなことがあったということを、文字で何かを伝えるよりも、1枚の写真とか、1個の映像が、すごく説得力を持って示すということがたくさんあると思う。「映像の世紀」がなしえた一番のことは、それを切り出して、映し出して、提示した、ということだと思います。何かストーリーを提示して、映像というデータを集めて、1つの形にまとめあげて、伝える。そして何かを人々に気づかせるという意味では、間違いなく報道であり、ジャーナリズムだろうと僕は思います。

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    冷戦下の東西のスパイ戦を描いた第4集を見て、特定秘密保護法案を考えてみると、多分番組から全然違った印象を受けると思うんですよね。CIAやFBIがひそかに行ったことが、なんで結局明らかになっているのかというと、アメリカ政府は自分たちに対して都合の悪いことも含めて、50年とかたてば、公文書も含めて全部公開するという前提があるから。それで番組が成立している。ただ日本の場合、もちろん国家の重要機密を守るのは重要だけれども、しかし、その何年たったら絶対公開するというようなことを今回は設けなかった。そのことの意味って何なんだろうとか考えてしまう。

    日本にも、いろいろな事件とか事故とか歴史的な出来事があるけれども、大体、資料が残されず、焼却されちゃうんですよね。「なかったことにする」という考え方、文化的慣習が、この国には綿々と受け継がれているし、ほかの国だとできることが、今後日本でほんとにできるのかな、みたいなことを考えました。「映像の世紀」が、アーカイブを使ったジャーナリズムであると捉えれば、アーカイブをきちんと残しておくことの重要性を一番のメッセージとして発信しているようにも思いました。映像が残っていれば、あとの時代の人たちに検証されて、それを教訓とすることもできるわけですから。日本人は特に過去の否定的なことに関しては残すことを忌避する傾向があるので、それに対するカウンターメッセージでもあるなと。

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    国家の力や価値、民度というのは、過去に犯した過ちに対して、どれだけ真剣に向き合えるかということなんだと思います。そう考えると、日本はいま大分怪しいですよね。

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    このインターフェースはとてもよくできていると思います。あとは最近だとNHKでは東日本大震災の数日間の震災特番を時系列で見るサイトもすごくよくできていますよね。映像を、きちんとインタラクティブに見せる取り組みができたのは、僕はすごくいいことだと思っています。これからは、これが当たり前のような世の中になっていくんだろうなと。

    重要なことは、やはりアーカイブ。サイトはやっぱりずっと残して欲しいと思うんですよね。すごく教育的コンテンツにもなるだろうし、授業で見せて、「これ自分で調べてみて」という使い方ができる。例えば先生が、「えーと、これこれこういうことがあるんだけど、これを調べてみなさい」といって、このサイトで見ることができて、よくよく調べてみて、完結する、というようなことに使ってもいいかもしれない。すごくNHKらしく、まじめに力を入れてつくったものなんだなっていう。まあ、お金も結構かかっただろうな、みたいな(笑)

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    なるほど、じゃあ意外と安く上がったんですね。大きく開発したのは見せ方――フロントエンドのところでしょうから。海外のアーカイブスの権利のクリアの仕方が、放送だけか、ネットやオンデマンドかというところが鍵になっているんですね。

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      でもそうですよね。これは結構示唆的ですよね、そういういろんな資産みたいなものをどうしていくのかということで。だからオンデマンドやオンラインで見られる機会がどんどんふえて、それが公共的な役割がちゃんと認められるのだったら、これからの時代は、放送とオンライン両方ということがデフォルトになっていくということでしょうね。

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        このあいだのパリ同時テロもそうですが、その場にいた人がみんな撮影して、動画投稿サイトに配信する時代になってきた。それも良い悪いではなくて、単にそういうテクノロジーが出てきたという事実があるわけです。問題はそういう時代になってきたときに、重要になってくるのは、じゃあその情報っていうものが、もしかしたら、すごく意図を持ってつくられているかもしれないということ。例えば、湾岸戦争のときに人々の印象に強く残った油まみれの鳥が仕込みだったことがあとからわかったりとかね。 映像は、人の心を大きく動かすものでもあるし、

        だからこそ危険なものでもある。だからこそ、今後のテレビ局の役割は映像の持つ本来的な強さと怖さを再認識したうえで視聴者に信頼できる出し方をしていくことでしょうね。放送局が、どのようにいろいろなネット上に上がっている映像を組み合わせて、それをどう提示するのかっていうことについて、改めてその編集力とか、裏づけ力、調査力みたいなものが問われる時代になると思います。単に撮るだけということと、撮ったものをどう構成するのかというのは全く違う話ですから。それには「制作できる」ということが前提ですよね。ただ単に右から左に来たものを流すというだけのところは厳しくなって、どういうコンテンツをつくるのか。それをどう届けていくかということが問われていくようになってきていますよね。

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        うーん。何かひとつ、テーマとしてあげるのは難しいかもしれないですね。僕自身が強烈に覚えているのが、東日本大震災の前日に、「クローズアップ現代」でネット放送をテーマにして、NHKがネットメディアとコラボレーションをして、「あ、こういうことをNHKができるんだな」みたいなことをやったんです。その後も個人で動画を配信できるサービスが世界中でいろいろで出てきている。そうした個人のネット動画だけの「映像の世紀」をやってもおもしろいかなと思いますね。個人の動画を配信したことで生まれたカルチャーって、たくさんあると思うんですよ。そういうカルチャーの側面に目を向けたりとか。

        それから第6集にも入っている「アラブの春」とか、すごい規模の社会運動ですよね。日本でも去年のSEALDsや脱原発デモとかもあるだろうし、世界中でそういう現象が起きている。これまではその現場にいる人しか見られなかったものが生中継されたり、撮影された映像をあとから見ることができたり。いろいろな人が、世の中に主張を訴えていく。映像が社会運動のあり方自体も変えていると思います。

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        映像そのものが、事実というか、うそをつかないというか。もちろんつくられたものがあったのかもしれないけれども、その時代につくられた映像がここにあるということは偽れないので。だからそれをどう見て、自分が調べるきっかけにするかということだと思いますけどね。映像はその力が強いですよね。映像を見て、それが衝撃だったからもっと調べようと思った人って多いと思います。事実、「映像の世紀」を見て、NHK志望したというテレビマンだってたくさんいるわけでしょうから。NHKはそういう期待に今後も応えていかなきゃいけないわけですから大変ですよ(笑)。