Event Report Vol.2

「映像」の記憶は20世紀から21世紀へ

「映像の世紀」が描いた20世紀。そして「新・映像の世紀」では、最終回の第6集で21世紀の記憶を刻んでいきます。
シリーズを通じて、ゲストのみなさんは何を読み解いたのでしょうか。

水道橋さん : 第6集ですと、どんどん新しい時代というか、今の時代に近いところに来ていますから、膨大な映像を整理しながら編集しているんだなと思いつつ、第1集からいろいろなことがリンクしていって、第6集で謎解きができる。「ここが発端なんだ」「こういうところから間違えが始まっているんだ」いろいろなことが分かります。

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春香さん :  「新・映像の世紀」は初回から、何回も見返して。やはり知らないことが多いので、第5集まで、すべて自分が生まれていない時代の話なんですね。だから見たことのない光景や景色ばかり。実際には、歴史の授業で習ったことのある部分や聞いたとのあることがほとんどなんですけれど、実際に映像でここまで細かく、「こんなところまで映像に残っているんだ!」という瞬間。戦争の凄惨な映像とか「こんなところまで見えてしまうんだ、こういうところまで捉えていたんだ」と言うことに衝撃を受けました。

映像を通してまとめたものだから、世界同時にいろんなことが同じ流れで起きていたんだな、すべてが今につながっているんだな、ということを、あらためて感じました。ショッキングな場面もいっぱいありましたけれど、映像だからこそというか、一つ一つの映像にすごく力があるので、一回見始めたら「こんなことが」というのが入ってきやすい。若い人にとっても、文字だとなかなか追えない部分でも、映像だからこそ追える部分があったと思います。

宮沢さん : 20年前の「映像の世紀」も見ていました。こういう歴史モノが好きなんです。ただあらためて今回見て、系譜というのがすごく大事なんだと思いました。ここに至ったのは偶然ではないんだ、それには前史みたいなものがあって、そこからやってくるという系譜。歴史を、今から昔を見るんじゃなくて、昔の方から今を見ると、ずいぶん違って見えるんだということを映像の力だからこそ、またあらためて認識させられたように感じます。

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伊東 : 新シリーズには歴史という見方だけでなく、それを取り巻くカルチャー、文化・音楽という面もあります。

宮沢さん : そうですよね。それが歴史のとある場面に音楽が意味を持つということだと。音楽が持っている力強さも感じられたと思います。

寺園 : 20年前の番組はNHKでも本当に人気のあるシリーズだったんですが、やってみて初めて、誰かが撮ったもので作っていくことの難しさを、あらためて感じました。「20年前とだいぶ違う、こんなものは望んでいない」という意見もいただきましたが、試行錯誤しながらここまで来たという感じです。それでも水道橋さんも宮沢さんもおっしゃっていましたが、「今の歴史や世界が、これまでの歴史とどういう風につながっていて、私たちはどこで間違ってしまったんだろうか?」、「ここがこうだったら、今の世界は違った姿になっていただろう」という歴史のターニングポイントを見付けていきたいなと思って

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第6集の紹介動画

宮沢さん : ISがなぜ出現したのか。第6集までの回を全部見てきて、最近突然に生まれたのではなく、歴史が続いた結果だったことに驚かされました。なのでさきほど、アラビアのロレンスの映像を歴史の一例として選ばせていただきましたが、その理由は、今の混乱した中東情勢は、第1次世界大戦のイギリスの命を受けたロレンスにあったとも言えると実感したからです。

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番組シリーズ全体を見たときに、私たちが今ここにいるということ、それが特別な偶然というか、今に至る時代の背後には様々な系譜があった。だから私はここにいる。でもこれがいつかどこかで崩れるかもしれない。この「新・映像の世紀」を見ているとそう感じます。突然ヒトラーみたいな人が出てくるのかもしれない。
番組への感想にもありましたが、日本では学校で「戦後史を勉強しない」ということを、この番組がかなり補足していますよね。1945年以降のことって、知らないことが多かったりするんじゃないかと思います。そして、YouTubeって大発明だと思うんです。

NHKに言いたいのは、4Kや8Kも良いのですが、画質のクオリティーではなくて、スマートフォンみたいなもので撮影する映像の“強度”みたいなものも大事ではないかということ。第6集に登場する、ある兄弟がゲイであることを父親に電話で告白する映像は、映像的なクオリティーは高くないけれど、それ自体が持っている“強度”が圧倒的だと思いました。

春香さん : 現代までの流れがわかるなと感じました。歴史は「流れ」だということ。第6集まで来て、ようやく私が生まれて知っている、実際に体感もしている時代に突入しました。番組を見ると、自分が体感したのとはちょっと違う見方ができるというか、改めて見直すことができますね。 あと、やっぱり、ネットの出現ですね。映像というものが簡単に撮れるようになって、さらにインターネットが出てきたことによって、色々なことが可能になった。さらに、ネットによって映像に、よい意味でも悪い意味でも力がついたと思います。だから「アラブの春」も実現したし、その結果として大量の難民も生まれました。

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私は年末、シリア難民の取材に行ってきました。実際に現場で起きていることを、その場にいない人に瞬時に伝えられるというのは、すごく力があることだと思うんです。その一方で、インターネットに上がることによって、映像がいつまでも消えないものになる怖さもある。ネットと映像はテロリストに使われることもありますし、リベンジポルノということもありますし、そんな使われ方をする危険性もある。そういう時代、映像がパワフルになる時代に突入したんだなと感じましたし、その力を改めて見るのを楽しみにしています。

水道橋さん : 「映像の世紀」というのは、20世紀のことを言っていますね。2001年に9.11が21世紀の始まりとともに起きたわけですが、まさに「新・映像の世紀」だなと。旧シリーズで描いていない部分が、新シリーズではこれまでの映像資料の何百倍、何千倍もあるんでしょう。YouTubeに上がっていく映像だけでも、ものすごい量があるというのを日常的に実感しますから。第6集では本当にインパクトのある映像が続いていくんですよね。これはもう20年後じゃなくて、毎年毎年Nスペ「映像の世紀」やってもらわないと(笑)。

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日本人でいうと「映像の世紀」シリーズには「戦争の世紀」「難民の世紀」というテーマがあるんですが、実は日本という国が、他の国に比べてこうしたテーマとあまり深く関わっていないんですよね。そういう意味では、日本人は、実体験として世界を知らないんじゃないか。そういう事実が迫ってくる番組だと感じました。「新・映像の世紀」を見ると、この日本がいつか、戦後じゃなくて戦前になってしまうんじゃないかという不安な気持ちにかられてしまいます。

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寺園 : 第5集では、若者たちの心を繋いだ大事な役割の一つに、テレビがありました。衛星中継が可能になってきて、世界をひとつに繋ぐ。それが今、21世紀に入って、インターネットに取って代わられた。これからの世界を動かしていくものは、テレビよりもインターネットであることは間違いないんだと思います。今まではプロのカメラマンの前で起こった出来事しかニュースにならなかったんですよね。しかし今は誰もが動画を撮影できる、そしてそれを発信できる機器を持っている。プロのカメラマン、記者がいなくてもあらゆることがニュースになる。本当の意味での「映像の世紀」が到来したんじゃないかと思います。

第6集では「アメリカ同時多発テロ事件」から始まる21世紀を描いていますが、これからこの「映像の世紀」がどこへ向かっていくのかということを、みなさんがそれぞれ、この番組をきっかけに考えてもらえたらと思います。
映像というのは、人々の心を引き裂くこともあるけれど、一方で繋ぐというエネルギーもあります。それを人間の幸福や豊かさにつなげていくために、映像をどう使うか、それは私たちの選択次第なのだと思います。