Event Report

映像は物語る 2

司会 伊東敏恵アナウンサー

トークショーでは、ゲストのみんなさんに、このサイトの中から印象に残る動画をピックアップしていただきました。
映像は何を物語ったのでしょうか。

第1集 百年の悲劇はここから始まった 裏切りの英雄

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宮沢さん : 現在のアラブを中心とした世界的な矛盾点というか、問題点が何なのかを、アラビアのロレンスの映像は、すごく明晰に教えてくれると思ったんです。例えば「イスラエルを建国する」となった戦後、1945年以降、その背景にはイギリスの二枚舌、三枚舌とも言える政治の動きがあって、その中でロレンスがどんな動きをして、アラブ人の人生にどう関わってきたのか、この映像であらためて知ることができました。

水道橋さん : 『アラビアのロレンス』は1962年の映画なので、僕ら50歳以上の年代にとってはヒーローですよね。しかしこんな矛盾した存在だとは思っていなくて、イギリスにしても授業では確かに“三枚舌外交”と習ったけれど、映像で事実を知ることで「ここまで欧米とアラブがもつれた原因って、そもそもイギリスが発端じゃん!」て、すごく感じるんです。ロレンスってルックスもいいし、惹きつける何かがあるけれど、客観的な立場で見たとき、「アラブの人やユダヤの人にとっては卑怯な存在」だと思いますよね。

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宮沢さん : その矛盾のようなものがビンラディンの出現にも通じていった。こうした歴史というのは「過去から見る」というのが極めて重要で、しかも映像を伴うと立体的に知ることができると感じましたね。

寺園 : 新シリーズでは、今とどういう風に歴史が結びついているかというのを大切にしてきたので、みなさんのお話を聞いて「きちんと伝わっていてよかった」という気持ちです。番組の冒頭で「私たちはなぜ、こんな世界に住んでいるのか、その答えを映像の中に探しに行く」とお伝えしていますが、「今っていったい何だろう?」と考え、その答えを探しに行くって、すごく楽しい作業だと思いますし、それこそ歴史を知る楽しみなんじゃないかと。ただ、ビンラディンの映像にしても、本当に似ている人って存在するんですよね。

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だから「危ない橋は渡らない」ことも大事なんです。ともすると制作側である私たちが、映像に込められたプロパガンダにのせられてしまう危険性もありますし、そうしたときは、たとえば「ビンラディンと思われる人物であり、はっきりしません」と明示します。第4集に出てきたビンラディンは本物ですが…。しかし映像は危うさを抱えながらも、人と人を結びつけます。世界を豊かにするための道具として、やはり大切にしていくべきものだと思いますね。

裏切りの英雄

第3集 時代は独裁者を求めた あなたは知っていた

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春香さん : 放送を見た日からしばらく頭から離れなかった場面があります。なかなか重く直視しづらい映像ではあるんですけれども、やはりこれを見て自分自身も、あらためて知らないといけない映像、事実だと感じました。当時のドイツ人が強制収容所の現実を果たしてどこまで知っていたのか、知らなかったのか分かりません。テレビがある時代じゃないですから。でもこういう映像を見ることができていたら、「歴史の何かが違ったかも知れない」と考えたりもしました。この映像が残っていることがすごいです。いくら文字で読んだり学校で習っても、実際に映像を目の当たりにすると、本当に心で考えさせられます。

宮沢さん : これはかなり強烈でした。人は「知っているはずなんだけれど、そうではない」という意識になれるんだろうと思うんです。いつの間にか隠ぺいしているというか。もしかしたら僕らも、今、起こっていることについて本当は知っているんだけど、後で追求されたら「その時は知らなかったんだ」と言っちゃうかもしれない。現在の問題でもあると感じましたね。

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水道橋さん : ホロコーストの問題になると「それをやったのはナチだ」となるけれども、そうじゃなくて、ドイツ国民に対して「目を背けたじゃないか」という問いかけでもあると思うんですよ。逆に言えば、今後、物凄く悲惨な出来事があり、未来に自分も問われるとしたら、当時ユダヤ人の発した「あなたたちは知っていた」というフレーズの強さはドイツだけの問題に留まらないと思います。歴史というのは連なりだから、例えば日本で言えば「軍部のせいだという言い方は通用しませんよ」という問いかけに聞こえますよね。

伊東 : 視聴者のみなさんからの反響も大きかった回ですね。

寺園 : ナチスの経済政策がすごく成功して、当時はヒトラーにみんな心酔していたんですね。世界恐慌からいち早く脱出した国はドイツでしたから。だからユダヤ人の迫害に当初は眉をひそめても、それよりも自分たちの生活が豊かになることが大切だったんだと思います。

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水道橋さん : 第3集は、ヒトラーの政策がいかに正しかったかというか、経済を立て直してドイツ国民に対しては福祉も手厚く行い、民主主義的なルールを使って政権を取っていく過程を描きつつ、最後にこの結果になっていったという流れです。ヒトラーって最悪のイメージを持たれているけれど、番組の前半は当時のドイツの人たちがいかに彼を頼りにしていたかがよく描かれていますよね。

寺園 : ドイツだけでなく、世界中から頼られていました。アメリカもすごく支援していましたし。

春香さん : ヒトラーに対して民衆が湧いている様子を見ていると、その中にいたら恐らく感覚が麻痺してしまうんじゃないかと思う部分もあります。

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宮沢さん : 今ちょっと考えると、全権委任法なんて普通考えられないですけど、それがいつの間にかスッと国会を通ってしまったという。そこから私たちはどれだけ学んだのかということを問いかけてもらっています。

「全権委任法」成立
ヒトラーが図った生活向上
あなたたちは知っていた

インターネット時代の「新・映像の世紀」

春香さん : そもそもヒトラーを暗殺しようとした軍人たちの裁判映像が残っているということ、当時の裁判がのぞけることにビックリしました。被告は「どうしてヒトラーを裏切ったのか、なぜ今裏切ったのか」ということを強く、そして裏切りとか正義感さえ感じないほど淡々と話していた。さらに、その淡々と語る言葉をさえぎる裁判官。「こういう裁判が行われていたんだ」ということそのものが、すごく訴えるものがありました。

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私にとってはドイツ語も母国語なので、テロップなしでも聞き取ることができます。ヒトラーの演説シーンもダイレクトに聞くことができますが、命令口調だったり盛り上げる中にも、すごく“強いドイツ語”だと感じます。オリジナルの言語で聞ける、誰かの“言い伝え”ではない言葉で聞けるということは、意義深い体験かも知れません。

ヒトラー暗殺計画

第4集 世界は秘密と嘘に覆われた 大地にばらまかれた憎しみの種

水道橋さん : このシリーズを通して見ていくと、ニューヨークの同時多発テロは絶対に行き着く事件になるんですけれども、その張本人というかリーダーになる人が実は反ソ連側にいて、CIAに養成されていた、そしてお金や武器を調達していた。これは事実としてはよく知られているのですが、実際の映像をどう見付けたんだろうと驚きましたね。

寺園 : コツコツ見付けるしかないんです。もちろん「ビンラディン」で検索するんですが、なかなかなくて、このワンカットしかなかったんです。お宝映像だと言えると思います。

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宮沢さん : すごく衝撃的です。アフガニスタンを舞台に米ソが対立しているという構図は、知識としては知っていましたけれど、映像で見ると「あっ」と思いました。

寺園 : ビンラディンがCIAで訓練していたという活字情報は、割と有名ですよね。でも実際にCIAで訓練されているビンラディンが出てくるとものすごくリアリティが出て、戦慄が走ります。

水道橋さん : 第4集は前半からCIAの諜報活動というのを取り上げていましたが、最終的にアメリカが自国を初めて攻撃されるまでのつながりを象徴しています。

宮沢さん : 大きな権力が対立する中で、別の矛盾点が沸騰していて、それが9.11につながっていくと言うことがこの回でよく分かりました。

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大地にばらまかれた憎しみの種

世紀のウエディング モナコ大公妃

伊東 : 番組ホームページの中には放送されなかった映像もあります。例えば第4集の場合はこちら。

水道橋さん : 新シリーズは毎回50分で全6回ということで、前作に比べてサブカル的な映像は、あまり使っていないですよね。それだけにホームページで未公開映像を見ると楽しめます。

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寺園 : ホームページが「重くて動かない」というお叱りも頂いていますが、たくさん集めた映像から、実際にはそのほんの一滴しか使えないので、いろいろと見てもらえればと。様々なところから集めてきたので、日の目を見せてあげたかったんです。

水道橋さん : タブレットなどで、授業で使ってほしいですよね。検索してすぐに映像にたどり着けますから。文字情報だけじゃなく、「こういう人だったんだ」というのを映像ではより確実に知ることができます。

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春香さん : 教科書で、文字で学ぶのももちろん大事だと思いますけれど、こうやってキーワードでさくさくっと調べられる時代ですから、それに関連する映像一つ見るだけで全然違うと思います。

世紀のウェディング モナコ大公妃

第5集 若者の反乱が世界に連鎖した 革命は世界に伝わった

宮沢さん : 考えてみるとゲバラの動いている映像って、あまり見たことがなくて。当時の彼らの“若い”というエネルギーにはある種の祝祭性があるんですよね。それが革命を生んだんだろうと。ただ革命のあとにどうするんだというのが、どの国にもある。ヒトラーもそうかも知れないですね。大人になると、社会をあるまとまりにしなくちゃいけないと考えて、例えばレーニンも同じように粛正したことにつながると思うんですけれど、ただ、この映像は若いときのゲバラとカストロを描いていて、非常に興味深く見ましたね。

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春香さん : ゲバラの写真はよく見ますけど、実際に若者と等身大で議論している映像を見ると震えるものがありますね。

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水道橋さん : 僕もこの番組で初めて見ましたが、ゲバラの肖像画、アイコンというのは、世界で最もコピーされた画像と言われるんです。「革命的ゲリラ」という画像ですよね。アイコンそのものがポップな形で残っている。Tシャツにも残っているし、レコードにも引用されるし、象徴的に残っているのは、当時の若者に与えた影響がすごくあるんだなと。僕らは体験できていないから…。特にゲバラは来日した当時も知名度がなかったらしいんですね。フランスのデモのときも、ゲバラと毛沢東は革命の二大スターだったというのは、この映像でよく分かりますよね。

宮沢さん : ただゲバラの持っている革命への志向というか、それが面白かったと言うと語弊がありますけど、改革していくことには祝祭性が伴う。それが彼をまたボリビアに向かわせたんだと思うんです。

水道橋さん : キューバ革命を成功したあとに政権に残らず、アフリカでも南米でも、もっと革命をやろうとするし。坂本龍馬みたいなものですよね。

宮沢さん : 常にモノを壊して新しいこと、次へ、次へという思考なんですね。

水道橋さん : 最終的に権力者についていないところがかっこいい。この後、文化大革命で描かれる毛沢東がすごくかっこ悪い。がっかりさせますよね。けれど坂本龍馬も司馬遼太郎があんな風に描かなかったら、実はあれほどの革命を成し遂げた人という認識にはなっていないのでは。

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宮沢さん : そう、ある世代の人たちは坂本龍馬に対する評価が低いですからね。

水道橋さん : だから『竜馬が行く』以降なんですよね。ただ、映像はすべて証拠になる。私たち日本人はゲバラをまったく知らなかったはずなのに肖像が広まっている。「当時あの映像はどうやって共有されていたのかな?」って思いますよね。

寺園 : ゲバラたちは、十数人が山にこもることから始まって、巨大な独裁政権を農民ゲリラが加わって倒す。冒険談としては最高にエンターテイメントですよね。だから外国のメディアも取材に来て、みんな興味があったんです。その頃はゲバラもカストロもそれほど社会主義色を打ち出していなかったから、アメリカ人もけっこう応援していました。そこで若者たちのヒーローになっていく。

宮沢さん : “十数人で革命”というと、日本では連合赤軍を思い浮かべますけれど、彼らは支持を受けなかったじゃないですか。でも彼らは農民たちの支持を受けていくところが魅力的。それがすごく大きな意味を持つ。

寺園 : 番組では最終的には使えなかったんですが、ゲバラとカストロはすごく学歴というか知性がありまして。山の中に入って、農民たちに文字を教えるんですよ。そして、食べ物をもらうときも必ず対価を払う。こういうことですごく人気があったらしいです。

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キューバ革命 若き革命家たち
革命は世界に伝わった

デビッド・ボウイの奇跡

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水道橋さん : これは「よくこの映像があったな」と。ボウイが亡くなったのが1月10日で、放送が2月21日です。よくこんな映像を見つけて編集したな、と驚きました。

寺園 : ボウイが亡くなった直後にドイツの外務省が「グッド・バイ、デビッド・ボウイ。壁の崩壊に力を貸してくれてありがとう」とツイートしましたよね。内実を言うと、私たちはこのツイートを知り、ドイツ外務省の言っていることは一体何のことなのかを実証したかったんです。ボウイと壁の崩壊のどんな関係があるのか?残された期間で、必死になって1980年代のアーカイブスから探し出しました。ライブ映像は恐らく主催者側とみられる人が撮っていて、東ベルリン側の映像は市民のひとりが撮っています。しかしここまで映像が残っていたのは、ボウイが事前にラジオで「コンサートがあるから見に来て」と、東側に向けてメッセージを送っていたからでしょう。すごく注目されていたイベントだったんですね。だからあれほど多くの若者が集まり、炸裂したんですね。

水道橋さん : 第5集はボブ・ディランの「風に吹かれて」も取り上げられていて、ミュージシャンが政治に対して影響力を持っていたのを改めて感じさせられますよね。当時のカウンターカルチャーを実感します。

宮沢さん : カウンターカルチャーが出現した60年代、どうして世界同時に起こったのか。それは1968年に顕著なんですけれど、壁崩壊の背景にはこうした動きがあるんですよね。20年経って、「これが東と西を分けた壁崩壊の布石だった」と気づかされるんです。

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デビッド・ボウイの奇跡

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