Director's Cut

第2集 グレートファミリー  新たな支配者

チーフ・ディレクター 春日真人

世界一有名なクリスマス・ツリー

「グレートファミリー」の冒頭シーンは、2014年に取材班が撮影したロックフェラーセンターの巨大クリスマス・ツリー点灯式です。世界中から観光客が集まるこの国民的セレモニーのために、毎年、全米一大きなモミの木を探す特別チームが組まれます。この年はペンシルバニア州から26メートルの巨木が選ばれました。そしてレディー・ガガやイディーナ・メンゼル、シンディー・ローパーといった華やかなゲストとともにツリーを提供したご夫妻も舞台に登場し、「選ばれて夢のようです」と喜びを語りました。集まった観客にロックフェラー家の印象をたずねると、口を揃えて「アメリカを作ったのはロックフェラー家だ」という賛辞。

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「彼らが強欲だとは思いませんか」と意地悪な質問を投げかけても「グレートファミリーが強欲でなかったら、世界一の資本主義国は生まれてもいないよ」と切り返されました。聞けば、石油王となった初代ジョン・ロックフェラーが「七面鳥のヒナを育てて売り、その金を年利5%で貸して利息で儲けた」という子供時代のエピソードも、知らぬ人のいない伝説だとか。1931年に建設労働者たちが最初にクリスマス・ツリーを飾った時からずっと、ロックフェラーセンターと一族はアメリカ人に愛されていた。グレートファミリーは、アメリカ資本主義とともにある―。それを実感できたことから、番組づくりは動き出しました。

アメリカを作った男

ユダヤ移民の底力  映画からマフィアまで

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1920年代、現代アメリカ資本主義の基礎となる「エネルギー」「金融」「製造業」を築いたのがグレートファミリーだとすれば、この新しい大国に多様性をもたらしたのは、紛れもなく20世紀初頭に流れ込んだ多様な移民たちでした。なかでも、ウクライナや東欧の大量虐殺(ポグロム)を逃れ、帰る土地を失ったユダヤ移民は次々と新ビジネスを生みました。番組でご紹介したハリウッド映画産業や化粧品のマックス・ファクターは、その一例に過ぎません。

アメリカ最大のデパート、メイシーズを育てたのも、アメリカンファッションの象徴、ジーンズのリーバイス社を生んだのも、皆ユダヤ移民です。最後まで映像を探したものの、晩年の姿しか見つからず涙をのんだのが、ユダヤ人マフィア、マイヤー・ランスキー。ニューヨークの移民街で共に育ったイタリア人の幼馴染みラッキー・ルチアーノと密造酒・麻薬を扱う犯罪ネットワークを作り上げた大ボスです。

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1930年代にはキューバに巨大カジノ、ネバダの砂漠の真ん中にカジノの街・ラスベガスを建設したランスキーは、最後まで自分をユダヤの一ビジネスマンと考えていました。「我々はフォード自動車のような巨大組織だ。車のディーラー同士が殺しあわないように、我々もビジネスだけでのし上がっていける」(ランスキー)

新天地を求めてエリス島へ
映画の都 ハリウッドの誕生
メイクアップ術、一般女性を虜にする

資本主義伝道と慈善財団

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  1920年代、慈善団体「ロックフェラー財団」撮影のフィルムは、アジア各地で医療施設を視察するジュニアやアフリカでの公衆衛生研究を捉えています。最初は、当時の途上国の生活や労働を伝える「お宝映像」として考えていましたが、財団の性格を理解するにつれ見方が変わっていきました。当時、社会主義国家ソビエトの誕生などで世界的に労働運動が盛り上がり、巨大資本ロックフェラーの評判は地に落ちました。現在でいう「ブラック企業」だと批判されたのです。ロックフェラー財団はそのころ設立され、“利潤追求はしない”という前提のもと、積極的に途上国の風土病治療などに取り組みます。

しかし財団は「風土病は怠け病→病が治れば勤勉に働ける」、つまり途上国の生産性の悪さを、衛生環境の改善で向上させようという狙いを持っていました。財団にとっては公衆衛生活動さえ「資本主義伝道」の第一歩だったとも言えます。こうした方針のもと、アフリカで伝染性の黄熱病撲滅に取り組んだ研究者が日本の野口英世でした。残念ながら生前の野口の映像は見つかりませんでしたが、死後に製作されたハリウッド映画では「研究のさ中で病に倒れたスター研究者」として描かれています。

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野口には財団から潤沢な研究資金が与えられた半面、短期間で華々しい成果を求められることへの辛さをも抱えていました。以下は近しい友人に吐露した言葉です。「自分ではまだ出してはいかんと思うている事でもロックフェラー研究所ではその発表を急いで出してしまうと云う風で、現に黄熱病の病原菌などの発表でも自分では不滿足でまだこれと云う確定をしておらぬのであるが、世間では確定したものとして賞賛をしてくれておる。私の心中に於てはまことに忸怩たるところがあるのである。」

1920年代どころか、まるで現代の先端医療研究者の嘆きを聴くようではありませんか。こんな事情を知った上で財団のフィルムを見ると、全く違った意味を帯びてくるのです。

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資本主義伝道の手段とは

経済学者ケインズ  知られざる素顔

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1920年代、芸術の都パリには新世代の芸術を模索する若者が世界から集まりました。番組でご紹介した作家ヘミングウェイやフィッツジェラルド、画家のピカソやダリ、藤田嗣治、写真家マン・レイなど、きら星のごとき面々がモンパルナスの狭い路地裏に集まっていたのです。彼らを夢中にしたのが異国ロシアのバレエ団「バレエ・リュス」でした。

ピカソが舞台美術、ココ・シャネルが衣装、ストラビンスキーが音楽を担当することもあり、「これはバレエではない」と世間を騒がせたバレエ・リュス。その前衛的な舞台映像は残念ながら見つかっていません。しかし番組では幸運にも彼らのごく短い公演、そしてバレエ・リュスの踊り子二人の練習を撮影した映像と出会うことが出来ました。さらに、その踊り子の一人リディア・ロポコバがあの世界的な経済学者ジョン・メイナード・ケインズをとりこにし、結婚したと知って、ストーリーはがぜん豊かになりました。

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ロンドンが拠点のケインズとパリのリディアは長年熱烈なラブレターを交わし合い、1929年の株価大暴落の当日にも、ケインズはその沈鬱な心境を妻に書き送ったのでした。

「今我々がそのただ中にいる、グローバルでかつ個人主義的な資本主義は成功ではなかった…。だが、それ以外に何があるのかと思うとき非常に困惑する。」
ケインズがこう嘆いたとき、果たして現在のような資本主義の未来を予見していたのでしょうか。

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パリのアメリカ人たち
「暗黒の木曜日」

人災だった?砂嵐と放浪の歌手ウディ・ガスリー

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1930年代の世界恐慌の映像を探していてぶつかったのが、米国中南部の大平野を襲った真っ黒な砂嵐「ダストボウル」。その迫力に、ただただ圧倒されました。畑は砂に埋もれ、農作物は大量発生したイナゴやウサギに食い荒らされ、砂嵐が密閉性の低い家に入りこみます。農民は肺を冒され、子どもを中心に多数が命を落としたそうです。
当時は史上最大の「人災」と言われました。原因は狂騒の1920年代、農地の拡大を求めて広大な緑地が全て畑にされたこと。大恐慌のあおりで破産した農民が農地を捨てたことが拍車をかけたというのです。

好景気で生産が拡大し、農家は緑を削って限界まで農地を広げていました。大恐慌後、放置され、乾ききった農地から巻き起こった土ぼこりが砂嵐の発生源でした。

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砂嵐の場面で挿入されるフォークソング「グレート・ダスト・ストーム」は、フォークソングの元祖ともいわれるウディ・ガスリー最大のヒット曲。14歳のときに家族が離散し、大恐慌の時代に放浪生活を送ったウディはその放浪のなかで、貧困や差別などに翻弄される労働者らの感情や、資本主義社会の矛盾を歌い続けました。フォークの神様ともいわれるボブ・ディランに多大な影響を与えた人物です。

砂嵐に襲われる!

一族の理想をめぐる不思議な因縁

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石油を独占した”泥棒男爵”から”世界最大の慈善家”へとファミリーのイメージチェンジを成功させたロックフェラー・ジュニア。実はジュニアは、生涯を通じて精神性の頭痛やうつ病に苦しめられました。側近が心中を察した言葉を残しています。
「父親の財産から解き放たれ、一般の人々のように自分の力だけで生きたいと思ったことだろう。だが一人息子の彼は莫大な富の後継者で、生まれた時から圧倒されるほどの重荷を背負う運命にあり、そこから逃れることはできなかった。」

そのジュニアが人生を賭けた最大のプロジェクトが、番組冒頭から登場したロックフェラーセンターの建設でした。大恐慌のさなか、思うようにテナントが集まらない中でも採算を度外視して建設を続けたのは、世界恐慌の中でも資本主義の健在ぶりを世界に示すため。そして、ロックフェラー一族の理想「World Peace Through Trade」(貿易を通じての世界平和」を、巨大ビルとして形にするためでした。ロックフェラーセンターの中庭には、今もたくさんの万国旗がはためいています。

番組でもご紹介したとおり、この話には後日談があります。初代ロックフェラーの孫たちが遊ぶ映像の中で、もっとも幼かった末っ子のデイビッド。彼はのちにロックフェラーファミリーの3代目当主となり、一家が設立したチェースマンハッタン銀行の頭取を務めます。彼は兄のネルソン(後のアメリカ副大統領)と力を合わせ、一族の理想「World Peace Through Trade」を形にしようとします。そしてウォール街に二つの棟を持つ世界最大のビルの建設を計画しました。21世紀最初の年に無残に破壊されることになる、あのワールド・トレード・センター(WTC)です。

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番組では時間の都合上、ご紹介していませんが、WTCの模型が映る場面で、模型を指さしている人物がネルソン・ロックフェラー。当時はまだ副大統領ではなくニューヨーク州の知事を務めており、デイビッドが計画したWTC建設を後押しする立場でした。WTCの二つの棟は、兄弟二人になぞらえ「デイビッドとネルソン」とも呼ばれていたのです。

労働者たちのクリスマス・ツリー
リメンバーWTC