Director's Cut

第1集 百年の悲劇はここから始まった

シニア・ディレクター 貴志 謙介

化学兵器の父  フリッツ・ハーバー博士

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「新・映像の世紀」では、旧作のシリーズとくらべて、より重点的に人物にズームインしていくという方針をかかげました。第1集の場合、すぐに頭に浮かんだのがドイツのフリッツ・ハーバー博士。空気中の窒素を固定する画期的な実験を成功させ、世界中の貧しい人々を飢餓から救ったことでノーベル賞を受賞。
一方で毒ガス兵器を開発し、いまも戦場で使われている残酷きわまる化学兵器の父としても有名です。つまり人間の生命にかかわる、きわめて対照的な研究を発展させた、ある意味で怪物的な天才です。

しかも博士が開発にかかわった毒ガスはのちにユダヤ人の強制収容所で使われます。博士もユダヤ人ですから、自分の研究が同胞を殺戮する道具になってしまうのですね。奥さんも優秀な化学者でしたが毒ガスの研究をめぐって意見が合わず自殺してしまいます。

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これだけ数奇な人生を歩んだ科学者も珍しい。それなのにドイツでもなかなか映像がみつかりません。やはり百年前の人物ということで動く映像は残されていないのかなと思い、いったんはあきらめました。

さいわい編集の土壇場で、スタッフの集中的なリサーチのおかげでノーベル賞授賞式のハーバー博士の映像がみつかりました。これは第1集のストーリー作りにとっては、幸運な発見でした。

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科学技術の光と影
人類初の化学兵器戦
天才ハーバー博士の悲劇

地下壕の地雷合戦

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第一次世界大戦の時代、ドイツ軍とフランス軍が向かいあう主戦場は「西部戦線」として知られていますが、ベルギーからスイスに至る700キロの戦場の跡には戦争の傷跡が残っています。毒ガスをはじめとする不発弾も大量に埋もれており、いまもなお撤去作業が続いています。これまで放置されたままであまり知られていなかったのですが、それこそ東京ドームくらいの広さの巨大な地下壕があちこちに残されていて、それが2014年、第一次大戦百年をきっかけに調査され、脚光を浴びるようになりました。

ではこの地下壕でどんな戦いが繰り広げられていたのでしょうか。実は相手の陣地まで延々トンネルを掘って、地雷を仕掛けて爆破させようというのです。「とすればその映像が残っているのでは?」と思いリサーチをはじめました。

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これも苦戦しましたが、結局、北フランスの小さな戦争博物館(西部戦線沿いには驚くほど小さな街にも戦争博物館が作られています)で見つけた映像、フランス軍の映像アーカイブに残された映像などを入手する事が出来ました。「科学技術を駆使した巨大な爆発物の力で敵を一挙にせん滅する」という軍人の発想は、西部戦線の地下壕から誕生し、やがて原子爆弾や大規模な空爆へと受け継がれていきます。

地下壕 兵士の叫び

ユダヤ人のポグロム

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ユダヤ人の大量虐殺と言えば、第二次世界大戦の「ホロコースト」をただちに連想しますが、それ以前の時代で、もっとも大量にユダヤ人を虐殺したのはロシア人です。ロシアではユダヤ人の大量虐殺のことを「ポグロム」といいます。第一次世界大戦前後、そしてロシア革命の激動の中でユダヤ人への迫害は非常に激しくなり、そこからパレスチナやアメリカへの移住が盛んになります。その後の歴史を想起するなら、このときのユダヤ人の運命が20世紀のかたちを作っていく上でいかに大きな出来事を導いたかがわかります。

余談ですが、日露戦争でウォール街のユダヤ資本は日本に多額の戦費を提供して日本を助けました。それはユダヤ人にとってロシアが不倶戴天の敵だったからです。第一次世界大戦でもユダヤの財閥は、はじめイギリスを支援しませんでした。それはイギリスとロシアが同盟を結んでいたからです。イギリスはその構図を劇的に変えるために「パレスチナにユダヤ人の故郷を」という申し出をおこなうわけで、これがロレンスの秘密工作にもからんできます。

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というわけで、この第1集ではユダヤ人が大きな題材になりましたし、もちろんシリーズを通じて、重要なプレーヤーとなることはいうまでもありません。ところがやはり百年前のことですから「ポグロム」といっても本にはいろいろ書いてあるけれど、映像では見たことがない。スタッフがロシアのリサーチャーと綿密に(しつこく)連絡をとってくれたおかげでようやく番組のカギとなる貴重な映像を入手する事が出来ました。

ロシア革命の混乱とユダヤ人大虐殺“ポグロム”

「アラビアのロレンス」

私にとっては子供のころ、デビッド・リーンの大作映画をシネラマ劇場で見て以来、心に刻まれている人物ですが、陰影の深い、戦争の時代に翻弄された人物というだけでなく、21世紀のいまも中東を舞台に続く悲劇のきっかけを作ったことは知りませんでした。ただ第1集に登場する人物はみなそうなのですが、たとえ有名人であっても、百年前ということで動画が乏しいため、映像探しは難しい。ロレンスの場合、ローウェル・トーマスというアメリカの映画プロデューサーが、連合軍のプロパガンダとして撮影した映像が残っていたので、量は少ないながら映像を見つけることが出来ました。

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ちなみに「砂漠の英雄」のイメージを大胆に創造したこの仕掛け人、ローウェル・トーマスは、アメリカでは大衆的な人気のある多芸多才なプロデューサーで、「映像の歴史を映像にする」試みも半世紀前に実現させています。「映像の世紀」の先駆けかもしれません。世界最初のシネラマ映画もプロデュースしています。こういう野心的な映像の仕掛け人がいなければロレンスの伝説もこれほどポピュラーにはならなかったかもしれません。

裏切りのロレンス

ウィルヘルム2世

第一次世界大戦の映像を探す上で非常にありがたかったのは、取材をはじめた2014年がちょうど大戦勃発百年にあたっていたということです。ヨーロッパでもアメリカでも各国元首の参加する大きなイベントが行われましたし、映像の面ではヨーロッパの21のアーカイブが協力して「第一次世界大戦」をテーマに映像を発掘・修復・研究するというプロジェクトが始まりました。その蓄積から今後いろいろな発見がうまれることが今後も期待されます。

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ドイツ皇帝ウィルヘルム2世が大戦終了後、退位を余儀なくされ、「亡命先のオランダで呆然としながらひたすら薪を集めている」という映像もその流れで目に付いた映像ですが、世界中を未曽有の大戦争にまきこんだ主犯の一人と目されている強大な権力者の寂寥感につつまれた姿をみていると、なんともいえない脱力感を感じてしまいました。それにしてもこの尊大で妄想癖で知られる皇帝は何を思って自分の姿を撮影させたのでしょうか。残念ながらそこまではわかりませんでした。

亡命したドイツ皇帝

戦場の廃墟を訪れる裕仁親王

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  2015年に「昭和天皇実録」という本が刊行されて話題になりました。ふと思いついて 大戦が終わったころの欧州歴訪の日録を参照すると、当時皇太子だった裕仁親王は、ずいぶん広範囲に西部戦線の廃墟を視察しているのですね。ヴェルダンやソンム、人類史に残る悲惨な大量殺戮が行われた西部戦線の廃墟は、戦争が終わってまだ日も浅い頃ですから、若い皇太子の心に深い印象を刻んだようです。

さっそくこの時期の映像を探しましたらリサーチ担当者のサジェスチョンで、British Patheに当時のニュース映画の映像があることがわかりました。ただし曇りガラスを通して何かがうごめいているのが辛うじて判る程度の映像で、「このクオリティではあまりにも見づらいかな…、でも貴重な映像だからもったいない」と迷います。でも迷う必要はなかったのです。

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デジタルリマスタリングのテクノロジーを駆使する技術スタッフの超絶技術によって難問はいっぺんに解決しました。「きれいになるもんだねえ」。あらためて喫驚。この映像に限らず、実に多くの映像を救っていただきました。

廃墟となったヨーロッパ

戦争ごっこをする子供たち

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  映像探しの取材で英独仏をまわりましたが、試写の段階で一番心に残ったのは、「戦争ごっこに興じる子供たち」の映像です。塹壕の将校、野戦病院の看護婦、敵を処刑する、銃で撃ち合う、悲惨な戦争でも遊びの材料にしてしまう子供たち。そしてドイツでも、フランスでも、そんな子供たちの姿をカメラにおさめようと考えた人がいた、そのことにも想像力を刺激されました。

撮影したカメラマンも、史上空前の世界大戦ののち、わずか21年で再び世界大戦が起きることになるとは思っていなかったのでは?映像の中の子供たちは、3歳から10歳くらいでしょうか。とすれば第二次世界大戦では兵士として激戦地へ送られたかもしれません。

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戦場で若くして倒れた者も多かったでしょう。そんな思いをめぐらしつつ映像を見ているとなんだか切ない気分になります。いまの時代はどうなのでしょうか。この子供たちの映像を見れば、多くの人が私と同じような思いを抱くのではないでしょうか。

あらゆる戦争を生み出した戦争