NHKスペシャル

“がん治療革命”が始まった ~プレシジョン・メディシンの衝撃~

この放送回の内容をNHKオンデマンドでご覧いただけます。NHKオンデマンド

日本人の2人に1人がかかる病、がん。その治療が根底から変わろうとしている。――
進行した大腸がんを患う48歳の男性。4度にわたる再発を繰り返し、手術不能とされていた。しかし、ある薬の投与によって腫瘍が43%も縮小。職場への復帰を遂げた。投与された薬とは、なんと皮膚がんの一種、メラノーマの治療薬。今、こうした従来では考えられなかった投薬により劇的な効果をあげるケースが次々と報告されている。背景にあるのは、がん細胞の遺伝子を解析し速やかに適切な薬を投与する「プレシジョン・メディシン(精密医療)」だ。日本では去年、国立がん研究センター東病院など全国200以上の病院と10数社の製薬会社によって「SCRUM-Japan(スクラム・ジャパン)」と呼ばれるプレシジョン・メディシンのプロジェクトが始動した。進行した肺がんと大腸がんを中心に、がん細胞がもつ遺伝子変異を詳細に解析。効果が期待できる薬を選び出して投与する。これまでに7000人近くの患者が参加し、肺がんでは1/8の人に薬が効く可能性のある遺伝子変異が見つかった。100人ほどが実際に臨床試験に入っている。このプロジェクトに参加する患者に密着しながら、プレシジョン・メディシンはがん治療をどう変えようとしているのか、がん患者とその家族に何をもたらすのか、先進地のアメリカの最新事情とともに、その可能性と課題を見つめる。

放送を終えて

まさに今、がん治療は大きな変革期にある― 今回の取材でお話を伺った医師や研究者の先生方は、みな共通の実感をお持ちでした。変革の両輪が、これまでの抗がん剤とは違うメカニズムで高い効果をもたらす分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤と、それを効率よく生かすために「効く患者を選び出す」プレシジョン・メディシンです。
プレシジョン・メディシンは始まったばかりで、どんながんにも効く夢の治療とは言えません。遺伝子解析をしても、合う薬がみつからない患者さんもいらっしゃいます。しかし、がん治療の分野でプレシジョン・メディシンが進むことによって、効くかもしれない薬があるのに巡り会えなかったり、つらい副作用に耐えながら効かない薬を使っていたり、という悲しい事態を今後減らせるのは間違いないのです。
患者さんや家族にとって、「まだ使える薬がある」という言葉がどれだけ救いになるか。自分も親をがんで亡くした経験があり、今後のプレシジョン・メディシンの進展に期待しています。
【ディレクター 吉川美恵子】


最先端の科学技術で、がん患者さんの余命を延ばすことができる――画期的な素晴らしい技術です。ただ一方で、まだまだ研究途上であり、実際は恩恵を受けることができない患者さんの方が多いですし、せっかく効果を期待できる薬が見つかっても、保険適用の壁という更なる課題が立ちはだかる…そのような限界も目の当たりにし、番組では、決して最新技術賛美だけに終わることなく、等身大の現実をお伝えしたいという思いで制作しました。そして、医学の発展・新薬の開発に、切実に期待を寄せながら毎日を生きる患者さんや、その期待に応えたいと一心に励む医療チームの方々と出会うことができました。この技術が、一人でも多くのがん患者さんやご家族のためのものになるべく、制度作りや研究がますます進んでいくことを願っています。
【ディレクター 田村圭香】


「限界を描いてくれてよかった」放送後に、取材先や視聴者の方から頂いた感想です。技術を推進する医療関係者からも、同様の感想を頂いたことは、正直自分の中で驚きでした。自分は、番組制作において、「一つの事柄をどのように魅力的に見せていけるのか」に重きを置いてやってきました。ところが反応は、限界を描いたことへの評価。制作側の自分よりも、視聴者の方がよりリアルに、冷静に番組を見ていたことに気づかされ、自分の中につきまとっていた「作り手の理想」に反省しました。
今回は、先輩ディレクター、プロデューサー、事務局の皆さまにご指導頂き、「医療の革新と可能性」とともに、「その限界」をドキュメントを通して伝えることができました。改めて「あるがまま」を伝えることの難しさと、その大切さを勉強させて頂きました。次に活かせるよう精進していけたらと思います。
【ディレクター 奥翔太郎】