NHKスペシャル

"世界最強"伝説 ラスベガス 世紀の一戦

ボクシングの本場アメリカで6階級制覇(体重差20kg)という前人未踏の偉業を成し遂げたマニー・パッキャオ。身長169センチの小柄なフィリピン人は、目に見えない高速の左ストレートを武器に、自らよりも上の階級の黒人や白人選手を次々に倒し、アジア人として初めてアメリカでスーパースターの座に上り詰めた。1試合で2千万ドル(約20億円)を手にし、世界で最も稼ぐスポーツ選手の一人でもある。
そんなパッキャオに転機が訪れている。フィリピンのミンダナオ島のジャングルで極貧から身を起こしたパッキャオ。自らを“出稼ぎ国家”フィリピンの一員と位置づけ、様々な形でファイトマネーを祖国に還元してきた。金銭的支援にとどまらず国会議員にも立候補、政治家として貧困と立ち向かう。しかし、その二足のわらじが、ボクサーとしてのパッキャオを追い詰めている。ここ3試合、かつてないほどキレを失ったパッキャオ。引退もささやかれる中で、12月に行われた、宿命のライバル、ヒスパニックの英雄マルケスとの世紀の対戦。試合はボクシング史に残る死闘となり、衝撃の結末を迎えた。「近代ボクシング200年の最高傑作」と言われるボクサーに密着。自らの拳で貧困と闘い続ける男の姿を描く。

放送を終えて

去年12月8日。目の前で起きたことが信じられませんでした。ラスベガスのリングで、パッキャオがマルケスの強烈なカウンターパンチを受け、頭から沈んだのです。数秒前まで、マルケスを追い詰めていたパッキャオが、リングに横たわったまま動かないという事実を目の当たりにし、ボクシングの恐ろしさを改めて知ると同時に、体が震えました。
試合後の会見に現れたプロモーターのアラムの第一声も忘れられません。「これこそが闘いだ。」ボクシングはスポーツである前に“闘い”です。人を殴り倒すことを目標に練習をし、死と隣り合わせのリングに上がるパッキャオ。その背中には、国民の大きな期待がかかっています。その生きざまは、漫画に出てくるヒーローそのものでした。
試合後、パッキャオは「今後も戦い続ける」と明言しました。「なぜ闘うのか?」と聞いてみたところ意外な答えが返ってきました。
「まだ闘えるから。」
スーパースターに上り詰めたパッキャオの人生は、すでに自分だけのものでは無くなっています。貧困から抜け出すためボクシングを始めた男が、今、ヒーローとして生きる苦しみと喜びを味わっている。ボクシングの持つ深い世界に、放送が終わった今もまだ魅了され続けています。

ディレクター 葛城豪