NHKスペシャル

そしてテレビは“戦争”を煽(あお)った  ~ロシアvsウクライナ 2年の記録~

ウクライナ東部での戦闘開始から2年。今もウクライナ政府軍と親ロシア派の散発的な戦闘は続き、市民を含む犠牲者はすでに9000人を超えている。民族的にも文化的にも近い兄弟国家がなぜいがみ合うことになったのか。その責任の一端を担ったのは、ほかでもないテレビだった。
15年にわたってプーチン政権の強い統制下に置かれたロシアのテレビ各局は、隣国の“内戦”に対して、政権の意向に沿った報道を一斉に展開。欧米からの“プロパガンダだ”との批判も意に介さず、連日ウクライナを非難する報道を繰り広げた。一方のウクライナでは、ロシアによる一方的なクリミア編入を機に、社会は反ロシア、愛国主義一色に染まっていく。“ロシア寄り”とされるメディアへの襲撃事件も相次ぐ中で、大手テレビ局の記者たちも率先して“愛国”報道を繰り広げてきた。軍と一体となり前線からリポートを送り続けたのだ。
双方の非難合戦にさらに拍車をかけたのは、インターネットだった。戦闘が始まると、ネット上には無数の残酷な映像が溢れかえった。その場に偶然居合わせた市民が撮影した映像がネット上に拡散。それをテレビ局が自国に都合良く使った。ネット上に市民が何気なく投稿した一枚の写真が、使われ方次第では、世論を大きく動かすほどの影響力を持つ時代となった。
国家が戦争状態になると、メディアはどう変質し、メディアにいったい何が起きるのか。情報はどのように国民に伝わり、どんな影響を及ぼすのか。ロシアとウクライナのテレビ局に密着し、現代の“戦争”におけるメディアの持つ危うさ、その課題に迫る。

放送を終えて

2012年9月、民主党・野田政権による尖閣諸島の国有化。中国の猛烈な反発を招き、尖閣諸島の周辺海域では海上保安庁の巡視船と中国の公船が連日にらみ合った。中国側が火器管制レーダーを日本の巡視船に照射するなど、緊張は極度に高まった。
 歴史に「もし」はないが、あのときひとりでも犠牲者が出ていたらNHKはどうなっていたのだろう。当時、地方から報道局にあがって2年目の私は連日ニュースセンターで勤務にあたっていた。怒号が飛び交い緊迫する職場の中で、右から左へ命じられるがままにニュースを作っていたことを記憶している。それが社会に何をもたらすのか考えるゆとりもなく…。
 得意とするロシア語を生かし制作した今回の番組。日本からは遠く離れたウクライナ紛争をテーマにしながらも、その問題意識はいつも日本にあった。いったん戦争状態となると社会やメディアはどう変わるのか。テレビは人々の憎しみを煽り、再び悲惨な戦争を繰り返すことに力を貸してしまうのか。それとも、何が問題かを冷静に分析し伝え、緊張の糸を解きほぐすことに寄与できるのか。
 地味で難しいテーマ。でも、世界が激動する今だからこそ、しっかりと考えたいと思い、取材、制作した。当然、メディアで働く自分自身への戒めでもある。

(報道局ディレクター 田中雄一)