NHKスペシャル

小笠原の海にはばたけ ~アホウドリ移住計画~

国の特別天然記念物のアホウドリ。北半球最大の海鳥で翼を広げれば3メートル。大空を舞う姿は華麗だが、陸に降りるとヨチヨチ歩きで愛嬌たっぷりの鳥だ。子育て時期以外は海上を広く旅して過ごすため、飛ぶ力は優れているが、陸上では素早く動くことができず、人に乱獲され一時は十数羽にまで激減した。
そんな絶滅の危機に瀕したアホウドリを人の手で復活させようという計画が、8年の歳月を経て、今年、ついに成功のゴールにたどり着いた。「アホウドリ移住プロジェクト」。主な繁殖地、伊豆諸島の鳥島が噴火の危険があるため、350キロも離れた小笠原諸島の無人島に、安全な繁殖地を新たに作ろうという壮大な計画だ。まずは生まれたばかりのヒナを小笠原に移し、人の手で育てて巣立たせる。ヒナは成長後、育った場所に帰って繁殖する習性があるので、新天地で結婚と二世誕生までこぎつければ、あとはアホウドリ自らの力で継続的に繁殖できるようになるはず、という計画だ。前例のない試みのため、ヒナのエサやりひとつにも苦労の連続。研究者たちは様々な困難にぶつかりながら手さぐりで試行錯誤を続け、今年ようやく、人工飼育したアホウドリが2世を誕生させたことが確認された。絶滅危惧種の海鳥を移住させ、繁殖に成功したのは史上初の快挙。小笠原の大自然を舞台に、愛くるしい姿で必死に生きるアホウドリと、それをなんとか支えていこうと苦闘する人々の波瀾万丈のドラマ。夏休み、家族で楽しめる人と動物の感動の記録である。

放送を終えて

アホウドリを最大の繁殖地、伊豆諸島の鳥島から小笠原諸島に引っ越しさせて、新たな繁殖地を作るという移住計画のすべてが世界初の試みです。研究チームは、実際に作戦を実行する10年も前から、引っ越しさせる場所の選定や体制づくり、飼育技術の勉強など、試行錯誤を繰り返した上で、本番に臨みました。しかし、入念な準備を重ねても、なにせ、初めてづくしです。ヒナに餌を与えようとしても、思いどおりに動いてくれません。極度に人間を怖がって崖の縁まで逃げて危うく落下しそうになるというハプニングが起こることもあれば、予想以上に早く成長して新天地の小笠原に戻るという嬉しい誤算もありました。育てたアホウドリの生きようとするたくましさは、研究チームの予想をはるかに超えるものばかりでした。中でも、最も研究チームを驚かせたのは、移住計画を進めてきた聟島(むこじま)ではなく、そのお隣の媒島(なこうどじま)で育てたアホウドリが繁殖したことです。
年に1万キロ以上も地球を旅するアホウドリの行動の中で、わかっていることは、ほんのわずかです。未知の部分が多いため、移住計画には相当なリスクもありました。それでも、絶滅から救うにはこの方法しかないと信じて、研究チームは、手探りで取り組みました。アホウドリと向き合う人たちの悪戦苦闘を通して、一度絶滅の縁へと追い込まれた自然を復活させるのがどれほど大変なことか、というメッセージが皆さんに届き、自然とのつき合い方を考えるきっかけになれば素敵だなと思っています。
(ディレクター 香川史郎)