NHKスペシャル

イナサがまた吹く ~風 寄せる集落に生きる~

東日本大震災で津波にのまれ、暮らしのすべてを奪われた仙台市荒浜地区。
かつてここは、海の幸と田畑の恵みが人々を潤した、半農半漁の集落だった。春、豊漁を呼ぶ南東の風をイナサと呼び、実りの秋、干し柿など冬の保存食作りに欠かせない西風をナライと呼んで、四季折々に吹く風と対話しながら生活を営んできた。こうした伝統の暮らしを復活させたいと、荒浜の人々は動き出す。
漁船を取り戻して再び海に出る漁師、先祖伝来の畑が被災しても、土への愛着を忘れられない農家、互いに、収穫した海や田畑の恵みを「お裾分け」する姿がそこにあった。そしてそのつながりは、海沿いから町なかの仮設住宅に移っても変わることがなかった。
番組では、被災直後からイナサの風が再び豊漁を告げる春までの一年間を取材。環境が変わっても変わることのない人々の絆、自然ともにある営み、海と向き合って生きる人々の姿を描く。

放送を終えて

今回、番組の随所に出てきた過去の映像。これは7年前、仙台局の制作技術グループが荒浜集落の自然や暮らしの営みを一年に渡り取材したものです。私は当時、その映像を地域情報番組で随時放送し、ハイビジョン特集『イナサ~風と向き合う集落の四季~』に仕上げる担当ディレクターでした。
この度の震災が起きた際、奇遇にも仙台局には7年前と同じメンバーが揃いました。震災後の荒浜と人々の暮らしを記録すること、それだけを念頭に、他の震災取材の合間を縫って記録し始めました。
その後の『イナサ』の人々に会うと、彼らは被災してもなお心の持ちようは以前と変わっていませんでした。取材する私達も何度も励まされました。環境が激変した被災地ではとかく一変したことに目を奪われがちですが、日々の営みを送る人々の「変わらないことの強さ」「伝え継がれてきたことを守ることの大切さ」など、人々を地域を見つめ続けることで、見えてくるものがありました。今回の番組で使う過去の映像は、ありし日の地域を単に説明するためのものでなく、荒浜の人々の誇り高い生き方が震災の前と後で何ら変わっていないことを伝えるものとして織り込もうと、思うようになりました。過去は現在と断絶したものではなく、現在を生きるためにあるもの、それを荒浜の人々に教えられました。

ディレクター 小笠原勤