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神奈川 鎌倉 増えるクリハラリス~生態系への影響が心配

  • 2024年04月22日

東南アジア原産のクリハラリス。タイワンリスとも呼ばれている。
神奈川県の三浦半島では、このリスが野生化して増加し、農作物への被害が出ている。特に鎌倉市ではここ10年あまり被害が増え続けていて、このままだと神奈川県全域に広がり生態系へ影響が出ることが懸念されている。
鎌倉市の現状と専門家の調査活動を取材した。

横浜放送局 報道カメラマン 渡部泰山

鎌倉市の現状

特定外来生物のクリハラリス(タイワンリス)

春の鎌倉。
桜や椿など花々の間を素早く動く小さな影。特定外来生物のクリハラリスだ。本来の生息地は、タイ、マレーシア、ベトナム、インドシナ半島、中国大陸南部、台湾などの東南アジアの国々で、熱帯から亜熱帯にかけて広く生息するリスだ。タイワンリスとも呼ばれ、元々日本にいたリスではない外来リスだ。
人を恐れず、適応力が高く、花の蜜や果物、樹液や昆虫、小鳥の雛など何でも食べる。
鎌倉市では長年このクリハラリスの被害に悩まされている。

満開の桜を食べるクリハラリス(鎌倉市)

10年ほど前に私がこのリスを取材した時、すでに鎌倉市環境保全課にはリスの被害を訴える市民からの苦情の電話が相次いでいた。市は依頼があった個人宅に捕獲器を設置して回収するのに追われていた。
2013年2月に鎌倉市環境保全課が市内の山に入り生息状況の調査を行ったところ、高い木の上に小枝や木の皮で作った直径50センチほどのクリハラリスの巣が確認された。寒い冬に対応するため、木の皮を薄く剥がして集めて防寒性のある巣を作り越冬していたのだ。
花の蜜や新芽などのクリハラリスが求めるエサが少ない時期になると、住宅街に下りてきては、家庭菜園にある果物や、庭の花の蜜、寺院のイチョウの樹液など、糖分のあるものを食べ寒さを乗り越え活発に動いていた。
それから10年間、鎌倉市では対策を続けてきたが、リスによる被害は右肩上がりだ。

鎌倉市では年間1000匹以上が捕獲されている

鎌倉市が捕獲作戦をはじめたのは2009年。当初年間300匹台だった捕獲数は年々増加し、ここ数年は年間1000匹以上が捕獲されている。
今年4月、鎌倉市環境保全課に委託された回収業者の作業に同行して被害を受けている市民を取材した。
定年後にはじめた家庭菜園がリスによって全滅したという70代の男性。畑では夏みかんやキウイフルーツ、ビワなどを栽培し、収穫を楽しみにしていたが、収穫前に作物はすべてリスに食べられてしまい、何も食べる事ができなかったという。

クリハラリスに食べられたみかん(鎌倉市)

さらに、住宅の裏山の木の皮がリスに剥がされ、枯れて倒木する被害も起きているという。
回収業者によると捕獲器を置いてから1時間程度で再びリスが捕獲される事もあり、1日に22匹を回収した事もあったという。この日も家の裏山には複数のリスの声が響いていた。
 

樹液を舐めるために樹皮を剥がす(鎌倉市)

専門家に聞く!

 

森林総合研究所 多摩森林科学園  林典子 研究専門員(理学博士)

「国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 多摩森林科学園 研究専門員」という長い肩書きを持つ理学博士の林典子さん。森林の生態系やリスの生息状況などを長年にわたり研究してきたリスの専門家だ。クリハラリスの生態について、原産地の東南アジアでも調査をしている。

なぜ増える?

林さんによると、そもそもなぜクリハラリスが神奈川県にいるのかについては様々な説があるという。
外来生物の規制が無い時代はペットや動物園等での展示目的で多くの個体が海外から持ち込まれていたという。その当時、江ノ島にあった植物園で展示されていた個体が逃げ出して鎌倉に流入したという説もあるが確証はないという。1950年代にはすでに鎌倉で生息が確認されていたという。
林さんは、クリハラリスが増えた要因は3つあるという。                 

①丈夫な生き物
動物園での飼育や、ペットとして飼いやすさから持ち込まれた。飼育が楽という事は、どんな環境でも融通がきき適応できる生き物。持ち込まれた当時は、野生化してこんなに増えるとは誰も想像していなかった。

②繁殖力が強い 
繁殖期のピークは春から夏にかけてだが、基本的に亜熱帯の動物は明確な繁殖期が無く、エサさえあれば1年中繁殖が可能。1回の出産でだいたい2匹の子供を産み、年に2回から3回出産する。1回2匹の出産を年に3回すると、1年間に6匹が生まれ、ねずみ算式の増加率になる。 

③天敵がいない
本来の生息地である亜熱帯では、天敵の木に登る大型のヘビや、猛禽類が多く、捕食されて増加しない生態系になっている。しかし、日本には大型のヘビもいない、神奈川の市街地には猛禽類も少なく、生まれた子供の生存率が原産地よりかなり高い。

警戒することなく、桜の枝をかじるクリハラリス(鎌倉市)

県内全域で取り組む 

三浦半島から出て、いまでは神奈川県全域に広がりつつあるクリハラリス。
林さんはこの危機感を共有する人たちと情報交換を進め、互いに調査研究を行うためのグループを2年前に結成した。グループのメンバーは、大学や博物館、行政機関、地元の高校など。
グループ名は「クリハラリス情報ネット」。
ホームページでクリハラリスの目撃情報を集め、研究者だけではなく一般の人の力も借りて集めた生息情報を基に捕獲や研究の参考にしている。さらに、グループの研究結果や調査結果は博物館で展示して、クリハラリス対策の必要性を知らせる取り組みを行っている。

「クリハラリス情報ネット」HPでは目撃情報を募集中

現在、相模原市立博物館では「STOP!クリハラリス!」のミニ企画展を行っている。
この中では、三浦半島から神奈川県全域にクリハラリスの生息域が拡大する予測を地図で表したものや、ニホンリスとの見分け方など、市民が知って学ぶ場をつくっている。

相模原市立博物館 ミニ企画展 「STOP!クリハラリス」

相模原市立博物館の生物担当の学芸員で、「クリハラリス情報ネット」の副代表、秋山幸也さんは、「相模原市緑区には在来のニホンリスの生息地があるため、そこにクリハラリスが入いってしまうと、どんな事態になるか予想もできない」と心配そうに語る。
相模原市立博物館のミニ企画展は5月6日(祝日)まで行っているので、興味のある方は是非足をはこんでほしい。入場は無料だ。

相模原市立博物館 学芸員(生物担当)
クリハラリス情報ネット副代表
秋山幸也さん

根絶するのは大変  

4月はじめ、林さんが神奈川県の大和市で行った生息調査に同行した。
神奈川県の内陸部にある大和市は、クリハラリスの姿が確認されていた場所で、これまで捕獲作戦を行ってきたところだ。ここで食い止めないとさらに隣接する相模原市に流入して、相模原市緑区にあるニホンリスの生息域が侵される可能性もある。
この日はこれまでの捕獲作戦によってリスの根絶に成功したかどうかを確認する調査を行った。調査の方法は「音声再生法」というものだ。

クリハラリスの鳴き声をスピーカーで流す

スピーカーでクリハラリスの声を再生してリスが集まってくるかを見る。
林さんによると、クリハラリスは鳴き声を使い仲間同士で会話をしながら生活しているという。
「コキコキ・コキコキ」は繁殖の時にオスがメスを誘い出す声。「ウオン・ウオン」は猫などの危険な捕食者がいるとき仲間に危険を知らせる声。「チーチー・チーチー」は天敵のヘビを見つけ集団で闘うため仲間を呼ぶ声だという。
今回は、繁殖の時の声で呼び出す。この声を聞くと、メスだけでなく他のオスも繁殖行動に加わろうと集まってくるという。
鳴き声をだして5分ほど経過したところ、木の上にクリハラリスが姿を現した。林さんは「本当は出てきて欲しくなかった」と残念そうだった。根絶はできていなかったのだ。あらためて根絶の大変さを知った。

これからどうなる

林さんは神奈川県内には10万匹のクリハラリスが生息すると推定している。
このままのペースで増えていくと、在来種との競合が想像されるという。今はまだ県内のニホンリスやムササビの生息域に入っていないので、その前になんとか食い止めないと大変な事になるという。

森林総合研究所 多摩森林科学園 研究専門員
クリハラリス情報ネット代表
林典子さん(理学博士)

最後に、リスが大好きで研究をしている林さんに、思いを聞いてみた。

「クリハラリスが大好きです。クリハラリスは生き物としてすごく面白い動物で、だからこそ私もクリハラリスの原産地でいろいろ生態を調査したりしていて、すばらしい生き物だと思っています。
だけどそれは本来いるところだからすばらしい生き様ができているのであって、日本には日本のすばらしい生き物がいるのでそれを少しでも守っていきたいと思っています」  

 

👆 画像をクリックすると取材したリポートが見られます。(動画は一定期間が過ぎると削除されます)

取材後記

クリハラリスに罪はない。人の手で持ち込まれて、放たれてしまったのが悲劇のはじまりだ。元々ペットや動物園で人気の生き物で、見た目はとてもかわいい。でも増えていくと日本の生態系が壊されてしまう。
これから暖かくなり街角でクリハラリスの姿を見かける事も多くなると思うが、かわいい姿に負けてエサなど与えてしまわないようにしてもらいたいと思う。

  • 横浜局 報道カメラマン

    渡部泰山

    報道カメラマン歴25年以上
    10年前にもクリハラリスを取材


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