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東大生が障害者のリアルに迫るゼミ すべての人が抱える生きづらさに

  • 2024年04月12日

東京大学で2013年から始まった、「障害者のリアルに迫る東大ゼミ」。
身体障害や知的障害など、障害のある人を中心に、難病・依存症の患者といった人たちと対話を重ねてきました。
10年がたち、記念のイベントを開くことになった学生たち。
障害の当事者と向き合うことで、自分自身を見つめ直すことになりました。
半年の記録です。

「東大生」「障害者」と語るゼミ

2023年12月、東京大学で「障害者のリアル×東大生のリアル」と題したイベントが開催されました。
ゲストとして迎えられたのは、難病ALSの患者です。

ALS=筋萎縮性側索硬化症
全身の筋肉が次第に動かなくなる難病。
多くの患者は、2年から5年で自発呼吸ができなくなるとされる。

会場からは、こんな質問が投げかけられました。
「周囲の友人から“死んだほうが楽、死にたい”という相談を受けることが少なくありません。そのような思いを抱いている人に対してどのような応答があり得るのでしょうか」。

岡部宏生さん

それに対し、岡部さんは代読で応えました。

私はこの8月に体調を大きく崩してあまりにもつらくて、周囲に“死なせてほしい”と言ってしまいました。
私は死に直面したときにそばにいてくれるだけで
どんなに救われるかと思いました。

「障害者のリアルに迫る」10年

イベントの準備をする学生たち

2013年に始まった学生が運営する自主ゼミ、『障害者のリアルに迫る東大ゼミ』。
障害のある人を中心に、難病や依存症患者など様々な生きづらさを抱える人と対話を重ねてきました。
東大生はなぜ、生きづらさに向き合うのでしょうか。

生きづらさに光あてたい

佐藤万由子さん

2年の佐藤万由子さんは高校まで、周りで不登校や貧困といった生きづらさを抱える人を多く見てきました。
誰もが抱える生きづらさに光を当てたいと考えています。

佐藤万由子さん
世の中には目に見えない形で悩んでいたり、すごく苦しい思いを抱えている人がいて。
語られていないような声、そういうことを見過ごしてしまったり聞かなかったことにするのは自分には出来ないしもったいないと思っています。

自分の中の生きづらさに向き合う

榎本春音さん

1年の榎本春音さんは、出生時の性別と性自認が異なるトランスジェンダー男性です。
周りとの違いや自分の中にある壁など、自らも生きづらさを感じてきました。

榎本春音さん
自分の中に障害に対する偏見があった。自分が周りから障害者と呼ばれること、性同一性障害の障害者だと呼ばれることが怖くて不安でした。
自分の中にある障害に対する意識やいろんなものをほどいて障害って結局なんなのか。再認識、再構築しないといけないなって思っています。

講師役をALS患者に

10年目の今回、一般にもゼミを公開しようとイベントを企画し、これまで講師役をしてきた人に依頼に行きました。

岡部宏生さん
佐藤裕美さん

ALS患者の岡部宏生さんと、同じくALS患者の佐藤裕美さんです。
ALSでは多くの患者は2年から5年で自発呼吸ができなくなるとされています。
気管を切開し、人工呼吸器をつけて生きるか、つけずに亡くなるか、自ら選ばなくてはならないのです。
何かを失いながら生きる2人に、学生たちは思いや質問を投げかけました。

お二人とどう出会うかということを考えたときに、生きていてその先の話というか、お二人の現実というか、どのような現実・世界を生きているのか伺いたいと思って。

岡部さんは文字盤を使い、目の動きで会話します。

岡部さん
私と裕美さんは死について話すことがとても多いです。死ぬことは誰にとっても前提だけど、それを身近に感じているのはかなり不自然だよね。

ALS患者の2人には、避けて通れないことがありました。
2020年、京都市のALS患者の女性に対する嘱託殺人の疑いで、医師が逮捕された事件です。

女性のSNS

“動かない体で生きる意味がない”という女性の訴えに同調し、ネット上には「安楽死を認めるべき」という意見も見られました。
岡部さんはこの事件を振り返り、語りました。

岡部さん
あんな姿なら死なせてあげた方がいいという典型でもあるけどね、ほっといてくれとも思うし、そんな発信ではだめだな、もっと社会に伝えたいと思うことと両方あるよ。

ゼミ生の佐藤さんは、かつて家族が意思疎通出来ない状態になった時の葛藤をぶつけました。

自分自身も脳梗塞のおじいちゃん、おばあちゃんが ずっと病院にいて毎日通うっていう生活をしていて。悩んで、すごくいろんなことを考えさせられました。

ALS患者の佐藤さんが受け止めました。

安楽死とか尊厳死とかが、何かあるとすぐ語られてしまう状況が耐えきれなくて。
なるべく見ないように、聴かないように触れないようにしてきて。でもこれじゃだめだ、逆にどんどん向き合って考えなくちゃ行けないと思って。でもそれはそれは自分にとってめちゃくちゃ怖いことなので。

榎本さん
自分も性別のことで悩んだからこそ経験したことってたくさんあったので。
ALSと一緒に生きている岡部さんと佐藤さんの話を聴きたいです。

「どうか私を殺さないで」

10周年の記念イベントには、学内外から130人あまりが参加しました。
「生死を二択で捉えられることに、違和感を感じたというお話が著書やブログにあったけれど、お二人の考え詳しくお聴きしたい」。
東大生たちからの質問に、2人が答えました。

佐藤裕美さん

“あした生きますか?それとも死にますか?”という質問をみなさんが受けたときにどう思いますか。
わたしは馬鹿なこと言わないでよって思っちゃう。 生きるつもりでいますがと思っちゃう。
けれど、それがいつか言えない時が来るのかなあという病気ではあります。

岡部宏生さん

ある時のリアルゼミでのことである。生死についての話が出た時のことであったが、生きることと死ぬことが、まるでてんびんが釣り合っているかのような話し方がされているように思えて、私は強烈な違和感を感じた。
生物はもともと生きることを前提として存在している。
もともとてんびんは生に大きく傾いている。そのてんびんをひっくり返して死を選ぶことがどんなに不自然かを考えるべきだと私は思う。
私が発信したいことは、生存の上に立ってこそ“どうやって生きるか”が存在していること。どうやって生きるかは無限に選択肢があるということ。生きていけないような環境を作り出しているのは私たち自身であると言うこと。
どうか私を殺さないで。

佐藤さんはこのゼミで学生たちと対話することへの思いを語りました。

佐藤裕美さん
私自身『私はこう思う』っていうこと、そういうことを発信することが何の意味があるんだろう。それは意味をな さないことだから、言うのをやめてしまおうとか、真剣に聴いてくれている人がいるのだろうかとか思っていました。
以前リアルゼミに参加した時『なぜ佐藤さんはこういうふうに言うのか』とか 『私は』って言うことでしっかりと質問、話をしている のを伺って衝撃を受けた。
『私が』ということにどれだけ意味があるのかということは私が考えることではなくて受け止める側が考えればいいことなんだと気づかせていただいた。

語られた思い かみしめて

語られた当事者の思い。学生たちはその意味を話し合いました。

生きるとか死ぬとかの話を人に聴いている、それをしゃべってくれるのって、普通のことじゃないんだなと思って。

佐藤万由子さん
わたしたちに力になりたいと思ってくれているのかもしれないし、感じ取って欲しい、すごく優しい気持ちでしゃべってくれているんだろうな。

榎本春音さん
自分はいま選択というのが人生の目の前にあるところが結構あって。それはもちろん性に関することもそうだし、そのほかの進路だったり、いろんなこともそう。
生きるかどうかの選択も、選ぶことの怖さや割り切れなさはお二人もずっと抱えてらっしゃったことだから、それを伝えてくれた。

なんにもない人の話も、ああいうふうに聴かれるべきだし。人とどう関わっていくべきかということを、すごく考えている。

いっしょに生きる

2月、ゼミ生たちは再び二人を訪ねました。

左:佐藤万由子さん/右:佐藤裕美さん

学生の佐藤さんは、佐藤裕美さんに語りかけました。

佐藤万由子さん
裕美さんは自分が語ること にすごく抵抗があるみたいなお話をされていて、自分は語れるような人でもないし、みたいなことをおっしゃっていたと思うけれど。
でもそういうふうに思いながら今回のゼミに来てくれて『何かを感じてもらえるかな』 みたいなことを思って話してくれたんだとしたらそれはすごく愛を感じる。
返したいというか、いただいたものは返したい。

佐藤裕美さん
受け止める人が確かにいて、なんて貴重な今の瞬間なんだろうと思っていて、それがたまっていくことが多分、生きていきたいなみたいなことにつながっている。

榎本春音さん

みんな違うっていうこと。みんな違う経験を持っているということ。それはなんか自分はすごくわくわくするんですよね。 こんなに違うのにみんな一緒に生きてんじゃんって思うんですよね。
悩むっていうことがそんなに悪いことじゃないかもしれないってすごく考えるようになって 、悩むっていうことが生きるこ とだってすごく思って。
もやもやしながら生きていくっていうこと。それがいいなって思っています。

岡部宏生さん

“生きる”か“死ぬ”かはたった2通り。
でもどうやって生きるかは70億通り。
しっかり生きようね。
一緒に生きようね。

取材を終えて

私はこの自主ゼミナールを7年前にも取材し、番組にしました。今回再び取材するにあたって、当時取材した卒業生に、リアルゼミで学んだことを聞いてみると、振り返って答えてくれました。
「ゼミは生きづらさを感じる人たちの集まりで、ここで活動することが、自分の生きづらさが何かを考えるきっかけになったと思います。『東大まで来たのだから、何かしなければ』・・・。結局、人からの評価の目が怖いというだけでした。自覚的になってからは、自分の幸せのために生きています。自分が幸せだから、他人の幸せも大事にできて、社会にも貢献できると考えています」。

ALS患者の佐藤さんと学生たち

このゼミを取材していると、最初は「東大生」と「障害者」という枠組みの中で対話していた学生たちが、続けて行くうちにいつしかその枠組みから解き放たれていくように感じました。肩書きや属性、思い込みなどから自由になって、人と接したり、自分のことを考えたりできるようになる場なんだと思います。
このゼミで多様な人の生きづらさに向き合い、自分とは何か、どう生きていくのか、共生とは・・・。さまざまなことを考え続けた学生たちが、これからの未来をどう作って行くのか。期待しています。

  • 田頭浩平

    横浜放送局 映像制作

    田頭浩平

    2003年4月から横浜放送局で勤務。映像制作担当として、神奈川発のニュース企画などの編集を行うとともに、障害がある子どもや、医療的ケア児、その親の支援などをテーマに自ら取材して企画や番組を制作している。

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