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増える乳がんステージ0 「切らない治療」の模索始まる

  • 2023年12月1日

女性の9人に1人がかかるとされる、乳がん。近年のマンモグラフィー検査の普及などに伴い、がんの進行度が最も低い「ステージ0」で見つかるケースが増えています。
乳がんの治療ではどんなに早く見つかっても、手術で乳房を切除するのが標準的な治療法です。
こうした中、医療現場では早期に見つかった患者の負担を少しでも減らしていこうと、乳房を切らない新たな治療法を模索する研究が始まっています。

ステージ0でも乳房切除が必要

川崎市に住む綾乃さん(35)です。
4年前、マンモグラフィー検査で、右胸に乳がんが見つかりました。

綾乃さん
ショックというか、そういう気持ちも湧き出てこないくらい、何も考えられないような状態でした。

がんの進行度は5段階中、最も低い「ステージ0」でした。
乳がんの多くは乳管という母乳の通り道にできます。がんが乳管の中にとどまっている状態がステージ0です。この段階ではしこりを感じるといった自覚症状はほとんどなく、ほかの臓器や器官に転移することもありません。
しかし、乳がんではステージ0でも乳房の切除(部分切除も含む)が標準的な治療法になっています。

綾乃さんの乳房のMRI画像
白く濃く映っているのが乳がん

綾乃さんの場合は、乳管のなかでがんが広まりつつあったことなどから、右の乳房をすべて切除しました。

乳がんと診断される数ヶ月前の結婚写真

おしゃれが好きだという綾乃さん。
体形が変わったことでお気に入りだった服が着られなくなり、多くを処分しました。

綾乃さん
深めのVネックの服は、前にかがんだ時にちょっと胸元が見えたりするんですけど、もうVネックの服は選べなくなりました。お気に入りの服も処分してしまいました。失ってしまった喪失感みたいなものは、これは全摘した人にしか分からないと思います。

長女の明紗ちゃんと長男の紫道くん

喪失感は大きかったものの、早く見つかって治療を受けられたことはよかったといいます。手術後2人の子どもに恵まれたためです。
乳がん治療では、手術のあとに再発予防のため抗がん剤やホルモン療法を行いますが、治療中は妊娠はできません。ホルモン療法は5年から10年続くほか、抗がん剤のなかには卵巣の機能に悪影響を与えるものもあります。

ただ、ステージ0の段階で乳房をすべて切除した場合は、手術後の治療は受けずにすぐに妊娠ができます。

片側の乳房での授乳の記録を発信

綾乃さんは育児の記録などをブログで発信しています。ステージ0の乳がんに関する情報が少ないと感じたからです。同じステージ0の患者の相談に乗れるようにと、ピンクリボンアドバイザーの資格を取りました。

綾乃さん
今こうやって何より子どもを2人授かったということがあるので、ステージ0で見つかったことはすごく大きかったなと思います。

増える乳がんステージ0

日本乳癌学会全国乳がん患者登録調査

2000年にマンモグラフィー検査による乳がん検診が始まって以降、ステージ0でみつかるケースが増え続けています。日本乳癌学会によりますと、2004年には全体の7%だったのが、2020年には14.7%に増えました。

悪性度の低いステージ0も

ステージ0で見つかるケースが増えるなかで、医療現場では早期に見つかった患者の負担を少しでも減らしていこうと、乳房を切らない新たな治療法を模索する研究が始まっています。

山田美智子さん

山田美智子さんです。
名古屋市で仏具などを扱う会社を経営しています。3年前、乳がんと診断されました。

乳がんが見つかった当時のMRI画像
濃い白い部分が乳がん

1センチに満たないほどの大きさで、進行度はステージ0でしたが、乳房の切除が必要だと言われました。

山田美智子さん
ショックですね。これが間違いだったらいいのに。入院して手術となれば私の仕事は誰がするのだろうと不安に思いました。

愛知県がんセンター

セカンドオピニオンを求めて訪ねた愛知県がんセンターで切らない治療法の臨床試験への参加を提案されました。

愛知県がんセンター乳腺科 岩田広治部長

愛知県がんセンターの岩田広治医師は乳がんのステージ0を対象に、切らずに治療する研究をしています。
早期に見つかる「ステージ0」のがんの中には悪性度が低く進行が遅いものがあります。この病院では去年診察したうちおよそ4割が悪性度の低いものでした。

愛知県がんセンター乳腺科 岩田広治部長
ステージ0の非常に悪性度の低いがん細胞を見ると、細胞1つ1つの形が割と整っています。

低悪性度と高悪性度のステージ0の乳がん顕微鏡画像

「ステージ0」の乳がん患者のがん細胞を比較した画像です。右側は悪性度が高いものです。細胞の形や大きさがバラバラで、盛んに増殖を繰り返しています。一方、悪性度が低い左側は細胞の形や大きさが均一に並んでいます。見た目は正常の細胞とほとんど変わりません。

「切らずに治療」模索始まる

現在は悪性度にかかわらず乳房を切除していますが、低いものについては手術をしなくても命に関わらないのではないか。岩田医師らの研究グループは悪性度が低く、年齢や腫瘍の大きさなどの条件を満たした一部の患者について乳がんの進行を抑える薬を使った臨床試験を進めています。

臨床試験で使う薬

乳房の切除後の再発予防のために使われている女性ホルモンの働きを抑える「タモキシフェン」という薬を1日1錠飲みます。

愛知県がんセンター乳腺科 岩田広治部長
がんを治す方法として、できたものを切り取るというのは、やっぱり最善の方法だと思います。私達がやろうとしているのは、切らない治療法を1つのオプションとして確立しようということです。

山田さんの治療開始前と約2年後の超音波検査画像

山田さんは臨床試験に参加し手術をせず薬を3年余り飲み続けています。超音波検査ではがんの影は確認できなくなりました。

山田さん

本当にうれしいです。安心ですし、よかったです。

臨床試験には現在、全国50か所の医療機関からおよそ330人の患者が参加しています。(2023年10月現在)
岩田医師は臨床試験を進め、効果を慎重に検証して、安全性と有効性が確認されれば、乳がんの標準的な治療の一つとして学会の診療ガイドラインに反映させたいとしています。

愛知県がんセンター乳腺科 岩田広治部長
ゆっくりゆっくりにしか進行しないがんに対して、本当に切除が必要なんですかっていうのを問うているのが、今回の試験です。誤解してほしくないのは、その他多くのがんはやはり切ることが大前提であるということです。がんと言われても切らなくてもいいよという風潮だけは広がって欲しくない。

切らずに済むがん見極める

ステージ0で見つかる乳がんはアメリカやイギリスでも増えていて、同様の臨床試験が進められています。臨床試験の目的は、切らずに済むがんを正確に見極める方法を確立することです。
悪性度はがん細胞を病理医が顕微鏡で観察して判断していますが、判断を誤るとがんが進行してしまうおそれがあります。そのため臨床試験では、がん細胞の見た目だけでなく、患者の年齢や腫瘍の大きさ、薬の効きやすさなど多くの指標を設けて見極めの精度を上げようとしています。さらに半年ごとにがんが進行していないか確認し、必要になれば手術を行います。
がんの生存率が上がっていること、そして患者のライフスタイルが多様化していることを考えると、今回の臨床試験のように、がん患者が希望に添った治療を受けられるように選択肢を増やす取り組みはますます求められると思います。

  • 古市悠

    横浜放送局 記者

    古市悠

    2010年入局。大阪局、科学・文化部などを経て 横浜局。医療や科学に関心を持って取材。

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