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川崎市 京浜工業地帯のJFE高炉休止 影響や今後は?

  • 2023年9月19日

京浜工業地帯の川崎市臨海部で稼働していた鉄鋼大手の製鉄所の高炉が、国内市場の縮小などに伴って、今月16日、操業を休止。100年余り続いた高炉による鉄の生産が終了しました。大正時代から続く高炉の歴史や、影響をまとめました。

高炉の操業が休止になったのは、川崎市の臨海部にある「JFEスチール東日本製鉄所京浜地区」です。川崎市の臨海部では、100年余り前の大正時代にJFEの前身の日本鋼管が高炉を使った鉄の生産を始め、その後、日本の高度経済成長を支えた京浜工業地帯を象徴する産業になりました。
現在は1基の高炉が稼働していましたが、国内市場の縮小や、海外向けの輸出で競争が激化していることなどから会社は国内の生産能力を削減することを決め、先週16日午前3時半、高炉の操業を休止しました。
これで京浜工業地帯の川崎市臨海部で100年余り続いた高炉による鉄の生産は終了しました。

休止前の高炉を特別公開

操業が休止される前の今月(9月)7日、高炉があるエリアが報道各社に公開されました。このエリアは製鉄のために海を埋めたてて造られた人工の島、扇島地区にあり、島に入ると高さがおよそ100メートルある高炉がそびえ立っていました。

高炉は全体的に赤茶けた色をしていて、原料の鉄鉱石などを運び込むため線路やベルトコンベヤーが設置されています。高炉の中では運び込んだ鉄鉱石を1200度の熱風で8時間かけて溶かして銑鉄を取り出す作業が行われているため、高炉の上部からは絶え間なく水蒸気が吹き出していました。また、原料を運搬するための複数の線路が高炉につながるように敷かれていて、東京ドーム47個分に相当するこのエリアの広大さを物語っていました。

また、この日は鉄鉱石や石炭などを置く原料ヤードと呼ばれる場所の撮影も初めて許可されました。原料ヤードは大型の船が横づけできるように海に面していて、鉄鉱石や石炭などがあちこちに積まれていました。しかし、その量は従来の4分の1ほどに減っているということで、高炉の操業が終わりに近づいていることを感じさせる光景でした。

川崎臨海部と製鉄の歴史

川崎市の臨海部は京浜工業地帯の中心として昭和30年代から40年代にかけての日本の高度経済成長をけん引してきました。その一方で環境の急速な悪化を招いて大気汚染などの公害問題が一時深刻化し、行政や企業、市民によって、さまざまな環境対策が進められてきました。

川崎市臨海部で105年前の大正7年に高炉による鉄の生産を始めたのがJFEの前身の日本鋼管で、その後も高炉を新設して生産量を増やし、京浜工業地帯を象徴する産業へと成長しました。 
 「JFEスチール東日本製鉄所京浜地区」の生産量は、前身の会社時代も含めて▼ピーク時の昭和59年は年間およそ563万トン、▼これまでの累計は2点8億トンにのぼります。
今回操業を休止した高炉は44年前の昭和54年に稼働を始め、平成16年以降は川崎市臨海部で稼働する唯一の高炉となっていました。
しかし、国内市場の縮小や海外向けの輸出で中国が台頭し、競争が激化していることなどから、JFEが国内の生産能力を削減するため今月16日に操業を休止。川崎市の臨海部で100年余り続いた高炉による鉄の生産が終了しました。

生き残りかける中小企業

JFEの製鉄所に関連する仕事を手がけてきた中小企業も生き残りをかけた模索を始めています。製鉄所と同じく川崎市の臨海部にある創業65年の協和商会は、JFEの前身の日本鋼管の時代から鉄鋼資材の輸送や原料の販売など関連の仕事を手がけてきました。製鉄所の構内にも事業所を構え、関連の仕事の売り上げは会社全体のおよそ20%を占めていましたが、高炉の休止によっていま変革を迫られています。

3代目社長の小川信彦さんは、小学生の時の社会科見学も日本鋼管の工場だったといい、戦後、北海道から仕事を求めて川崎にやってきた祖父が創業した会社をなんとかして守っていきたいと考えています。

小川信彦社長
「高炉の休止はショックでした。製鉄所はこの地域にとって切っても切り離せない存在で、寂しいと同時にどうにかして事業を維持していかなければという気持ちがありました」

小川さんが売り上げの減少を見越して、まず取り組んだのが経営の効率化です。
トラックは大型化して1台あたりの輸送量を増やしたほか、車両の位置がひと目で分かるシステムも導入して急な注文や渋滞などに迅速に対応できるようにして輸送の効率性を高めました。

太陽光パネルのリサイクル設備

さらに小川さんは、鉄鋼だけに依存する今の業態を変える必要があると考え、太陽光パネルのリサイクル事業に乗り出しています。福島県いわき市に2億円余りをかけて専用のリサイクルの設備を置き、今後、大量廃棄の時期が訪れれば売り上げの増加につながると見込んで市場の分析を進めています。
小川さんは、高炉の休止による苦境を新たなチャンスと捉えて今後の京浜工業地帯の活性化につなげたいと考えています。

小川信彦社長
「企業自身が環境面などで社会貢献できる道を探していかなければ、京浜工業地帯全体が変わることはできない。高炉休止の今だからこそチャレンジしていきたい」

雇用影響は

JFEは、高炉の休止に伴って、現場で働く社員らおよそ1200人に影響が出るとしています。配置転換などで雇用を維持する対応をとっていますが、転勤に応じられず来月退職する社員らも180人いるということです。
さらに、小川さんの企業のように、製鉄所に関連する仕事を手がけてきた中小企業への影響もあります。具体的な数字は明確になっていないのが現状ですが、川崎市と横浜市がことし6月から7月にかけて行ったアンケートでは134の関連企業のうち、16パーセントが「雇用を減らす予定がある」と回答しています。
このため川崎市や労働局などは、企業面接会を継続的に開いて再就職を支援しています。

今後は「水素供給拠点」新産業整備へ

画像提供:川崎市

東京ドーム47個分に相当する広大な跡地については、川崎市はJFEと協定を結び、2050年までに次世代エネルギーとして注目される水素関連の拠点の整備を目指すことになっています。
まず、原料ヤードがあったエリアには水素の受け入れや供給を行う基地などに生まれ変わります。そして、高炉などがあったエリアについては、「空飛ぶ車」など、次世代モビリティの実証実験ができるようにするほか、商業施設なども整備するとしています。
整備にかかる費用はおよそ2兆600億円で、そのうち市の事業費は2050億円と見込んでいて、川崎市は計画どおりにいけば税収の上昇によって将来的に事業費の負担をカバーできるとしています。

取材後記

京浜工業地帯にとって100年余り続いた高炉の火が消えることは、1つの時代が終わるまさに転換点だと感じました。一方、次の時代に求められるクリーンエネルギーや次世代産業に官民一体となって注力していくということで、このエリアがどう変革していくのか、取材を続けたいと思います。

  • 佐藤美月

    横浜放送局 記者

    佐藤美月

    平成22年入局。川崎市政を担当。

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