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HPVウイルスで急増 「のど」のがん 世界頭頸部がんの日

  • 2023年08月09日

毎年7月27日は「世界頭頸部がんの日」です。
頭けい部がんは、鼻や口やのどなど、生きる上で欠かせない場所にできるがんです。
中でも近年増加が問題となっているのがのどのがん「中咽頭がん」です。
年間5000人ほどが発症しており、これまで主な原因となってきたのは飲酒や喫煙でした。
ところが近年、これまでとは異なる原因での発症が急増しています。

30代で「中咽頭がん」に

神奈川県に住む30代の男性。
3年前、首にしこりがあることに気づきました。

舌の根元、赤く囲った部分が腫瘍
画像提供:横浜市立大学医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科

病院で検査を受けると、舌の根元に腫瘍が見つかりました。
腫瘍にはがん化した細胞が確認され「中咽頭がん」と診断されたのです。
首のしこりは、がん細胞が舌の根元から首のリンパ節に転移してできたものでした。
このがんはこれまで飲酒や喫煙が主な原因とされてきました。
男性は喫煙も飲酒もしていましたが、告げられた原因は思いもよらぬものでした。

男性
たばこも吸っていたし、酒も飲んでいました。辛い食べ物も好きだったので、それらが原因なのかなと思いました。まさかウイルスによるものだとは思わなかったです。

原因はウイルスだった

写真提供:グラクソ・スミスクライン

原因はHPV=ヒトパピローマウイルスの感染でした。
HPVは主に性交渉でヒトの粘膜や性器に感染するウイルスです。
性交渉の経験がある人の大半が、生涯に一度は感染するとされていますが、感染しても自覚症状はなく、多くが1年から2年で体の外に排除されます。
しかし、200種類以上タイプがあるHPVのうち、一部のタイプについては、持続的に感染すると細胞のがん化を引き起こすとされています。

HPVによるがんで、国内で一番多いのは子宮けいがんです。
また、のどの他、性器や肛門などでがんの原因となっています。

がんはなくなったが、後遺症に苦しむ

共働きで子育て中の男性。
2か月間の放射線治療でがんはなくなり、元の生活に戻る事ができました。

しかし、治療の影響で、味を感じ取ったり物を飲み込んだりする事が難しくなる後遺症が残りました。男性が料理を作ると、家族から「味が濃い」を指摘されるようになりました。

男性「どう味は?」
長男「肉がちょっとしょっぱすぎ」
男性「あんまりわからないです。僕はおいしいと思う」

HPV原因の中咽頭がんは急増傾向

男性の治療にあたった横浜市立大学の折舘伸彦教授は、附属病院で治療を受けた中咽頭がん患者のうち、HPVが原因だった割合の推移をまとめました。
その結果、2010年には3割未満だったのが、近年は5割を超え増加傾向にあることがわかりました。

横浜市立大学医学部 折舘伸彦教授

横浜市立大学医学部 折舘伸彦教授
医療の世界ではかなり急激に増えていると言っていい状況です。急増の明らかな原因は分かりませんが、性交渉の多様化が一因ではないかということが報告されています。

比較的若い世代での発症が問題に

 

放射線治療の様子

このがんは放射線治療が特に効果的である事が分かっています。
喫煙やたばこが原因の中咽頭がんと比べて、治療後の予後が良いとされています。
しかし、比較的若い世代で発症する割合が高いという問題も見えてきました。

 

患者を年齢別に分析すると、60代以上では飲酒や喫煙が原因の割合が高く、50代以下ではHPVが原因の割合が高くなっていたのです。
患者の大半が男性だということです。

折舘教授

若い人が発症した場合、まだバリバリお仕事をされている方が、治療後も長い間苦しまれることになります。医療者として避けることができるのであれば、その方法があるのであれば、是非そうしていただきたい。

海外でも急増

HPVが原因の中咽頭がんの増加は、海外でも報告されています。
アメリカでは中咽頭がんの発症者数が子宮けいがんを逆転しています。
CDC=疾病対策センターのまとめではHPVが原因となるがんの中で、中咽頭がんが最も多くなりました。
イギリスでも中咽頭がんの発症率が、子宮けいがんを上回ったと報告されています。

ワクチンで予防の動きも

4価HPVワクチン

HPVウイルスには、感染を防ぐためのワクチンがあります。
日本では子宮けいがんの予防のため、小学1年生から高校1年生相当の女性については、公費による定期接種が行われています。

HPVワクチンをめぐるこれまでの経緯
厚生労働省は、10年前にHPVワクチンの接種後に体の痛みなどを訴える女性が相次ぎ、接種の積極的な呼びかけを中止しました。
その後、国内外で有効性や安全性のデータが報告され、厚生労働省はHPVワクチンの安全性について特段の懸念は認められず、接種のメリットが副反応のデメリットを上回るとして、去年から女性への接種の呼びかけを再開しています。

男性は自費で接種

男性については自費による任意接種で、接種している人はほとんどいないといいます。

そうした中、都内にある小児科クリニックでは、ことし、9歳から18歳の男性を対象にHPVワクチンの無料接種を企画しました。
60人の募集枠に対し、140人の応募がありました。

男子への接種の様子

マーガレットこどもクリニック 田中純子院長
HPVワクチンが男の子も接種できること、そして有効であるということをそもそも知ってる人がほとんどいません。情報を充実させて、まずは多くの方が知ることから始めることが大事だと思います。

13歳の息子が無料接種を受けたという男性
ワクチン自体は打つメリットが非常に大きいと考えていました。大きな副反応もなく、この先の子供の人生を考えると接種してよかったなと考えています。

HPVワクチンの中咽頭がんの予防効果は?

海外ではHPVワクチンの接種により、口やのどでのHPVの感染を減らすというデータが報告されていますが、中咽頭がんの発症を防ぐというデータはまだありません。
HPVに感染してから中咽頭がんを発症するまで10年から30年かかるとされ、ワクチンの効果をみるのには時間が必要です。
こうした状況のなかで、アメリカ、カナダ、台湾は中咽頭がんの予防のための接種を認めていて、このうちアメリカとカナダでは男性への定期接種が行われています。
一方日本では、口やのどでの感染に対するワクチンの有効性を示すデータや、男性の接種の安全性を大規模に調べた研究はまだなく、有効性や安全性についての議論はまとまっていません。
厚生労働省は、最新の知見をまとめる作業を行っていて、それを元に必要性を議論していくとしています。

  • 古市悠

    横浜放送局 記者

    古市悠

    2010年入局。大阪局、科学・文化部などを経て
    横浜局。医療や科学に関心を持って取材。

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