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川崎市役所新庁舎が完成 空襲耐えた時計塔も復元

  • 2023年9月11日

川崎市役所の新たな本庁舎が完成し、報道各社や市民に公開されました。
高層棟の最上階には市内を一望できる展望デッキ。別の棟には、戦時中の空襲も耐え抜き、市民に親しまれてきた時計塔も復元されました。
内覧会には大勢の市民が詰めかけ、市は、新たな街のシンボルになると期待しています。

新庁舎内覧会の応募は約5800人!

川崎市ホームページより

これが、川崎市役所の新たな本庁舎です。7年前に旧本庁舎が老朽化のため取り壊されたあと、同じ場所で建て替え工事が進められ、ことし6月に完成しました。地下2階、地上25階建ての高層棟など、総事業費はおよそ470億円と見込まれています。7月初旬には市民を対象に内覧会が2日間にわたって開かれ、応募には予想の5倍以上の人数が殺到。その総数は5776人にのぼり、市の担当者は驚きを隠せない様子でした。このため市は急きょ、8月26日と27日にも追加で内覧会を行いました。

最上階の展望デッキは無料開放予定

市民の注目を集める新たな本庁舎には、大きな見どころが2つあります。その1つが、最上階の展望デッキです。360度ガラス張りで、川崎市内はもちろんのこと、東京や横浜の風景も見渡すことができます。取材に訪れた日は、東京スカイツリーがよく見えました。天候しだいでは富士山の景色を楽しむこともできるということです。この展望デッキは新庁舎の稼働後、午前9時から午後9時まで無料で開放される予定になっています。

懐かしの旧本庁舎 戦火乗り越えた時計塔も

もう1つの見どころが、高層棟の手前に設けられた復元棟です。昭和13年に建築された旧本庁舎の一部を、文字どおり“復元”しています。時計塔の高さは、当時と同じく36メートルとなっています。

旧本庁舎の写真:昭和13年ごろ

実はこの時計塔、太平洋戦争中は空襲の監視塔として使われていました。昭和20年の川崎大空襲では、街の中心部が焼け野原になり、10万人以上が被害を受けましたが、時計塔は戦火を乗り越え、その姿のまま残ることになりました。

空襲後の時計塔 当時は迷彩色に塗られていた
(昭和20年代撮影 川崎市平和館所蔵) 

その後は、旧本庁舎のシンボルとして、戦後の街の復興を見守り続けてきた時計塔。7年前、旧本庁舎を解体する際に一緒に取り壊されましたが、パブリックコメントで市民から「残してほしい」という意見が寄せられたことなどから復元されることになったのです。

災害時の防災拠点の役割も

制震オイルダンパー 1階から3階に使用されている

一方、大規模災害が起きた時には防災拠点として業務を継続できるよう機能の充実も図られています。まず、地震と河川氾濫などによる水害が同時に起きても耐えられるよう、3階と4階の間の空間に免震構造のための装置が設置されました。

執務室は天井に装飾のない作り

 また執務室は、天井が打ちっぱなしのコンクリートで、装飾のない構造になっています。東日本大震災の際に天井が落下する被害が相次いだことを教訓にしました。
 さらに停電時の電源確保策として、都市ガスと軽油の2種類の燃料で発電が可能な非常用発電機を設置。万一、都市ガスの供給が途絶えた場合も、地下に埋設したオイルタンクに備蓄した19万リットルの軽油で市役所の機能を7日間維持できるということです。

半屋外のアトリウムは緊急車両の乗り入れも可能

川崎市の福田紀彦市長は「防災機能が充実し、いざという時に中枢の拠点になるうえ、にぎわいを生み出すエリアもできました。来年は市政100周年なので、新たな本庁舎が次の100年のシンボルとして市民から親しまれる空間になってほしい」と話しています。

市は、新たな本庁舎でことし10月ごろから順次業務を始めることにしています。

  • 佐藤美月

    横浜放送局 記者

    佐藤美月

    2021年から川崎市政担当。

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