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西東京市で医療的ケア児の預かり施設 親支えたい NHK横浜

  • 2023年01月11日

難病や障害で人工呼吸器やたんの吸引などの医療的な処置が必要な「医療的ケア児」は、全国に2万人以上いるとされています。 2021年9月に、医療的ケア児と家族を支援する法律が施行されましたが、地域の中に、医療的ケア児を預かる施設や保育所はまだ数が少ないなど、支援の取り組みは始まったばかりです。
こうしたなか、子どものケアに24時間向き合い、孤立しがちな医療的ケア児の親たちを支えようと奮闘する女性がいます。

「うさぎのみみ」で過ごす子どもたち

去年2月に西東京市に開設された通所施設「うさぎのみみ」。 

笑顔を見せる、施設を訪れた子ども

ここは、医療的ケアが必要な子どもなどが、親からひととき離れ、遊んだり療育を受けたりして楽しい時間を過ごせる場所です。看護師が常駐し医療的ケアも行われ安心して過ごすことができます。年齢に応じて1日に最長で6時間半利用できます。

子どもをみる本間さん

施設をつくった横浜市出身の本間りえさんです。医療的ケア児を育てた経験を踏まえ、親の支援を続けています。

本間さん

医療的ケア児支援の法律ができて、お母さんが働けるような世の中が実現できているかっていうと、今はまだできていなくて。ここが孤立をさせない、「孤立しないで」って引き止める居場所ですよね。

本間さんの長男・光太郎さん

本間さんの長男の光太郎さん(33)は、ALD=副腎白質(ふくじんはくしつ)ジストロフィーという難病で、ほとんど体が動かせません。たんの吸引や胃ろうなど24時間のケアが必要です。ことばで伝えることも難しいため、本間さんは表情の変化などを見逃さないよう片ときも目を離せません。

診断を受ける前の光太郎さんと本間さん

元気に幼稚園に通っていた光太郎さんが、ALDと診断されたのは6歳のときでした。症状の進行に伴って、医療的ケアが必要になりました。 

診断後間もない頃の光太郎さん

入院生活が続く中、光太郎さんに当たり前の暮らしをさせてあげたいと、本間さんは在宅でのケアを決意しました。しかし、当時は難病と診断された医療的ケア児は病院でみるのが一般的で、行政からの支援もほとんどなかったと言います。

本間さんは、ひとりで介護を担い、次第に孤立していったと言います。 

本間さん

私が外に行くのが、すごく申し訳ない気持ちでいっぱいで。
私が頑張らなきゃ、私が見なくちゃって、がんじがらめでしたね。

大好きだった外出や、おしゃれもしなくなり、追い詰められていきました。そんな本間さんを変えたのは、ある日、ふと思い出した幼稚園のころの光太郎さんのことばでした。 

幼いころの光太郎さん
本間さん

「参観日にお母さん来る?」と聞かれて「いくよ」っていうとニコッて笑って「じゃあ口紅つけてスカートはいてきね」って言ってたんですよね、ああその言葉、忘れてたって思って。 

出かける本間さんと光太郎さん

ー光太郎さんのためにも自分らしくありたい。

地域の人に、光太郎さんの見守りを短時間お願いして外出するなど、少しずつ自分の時間を持つように心がけました。おしゃれをして出かける時、光太郎さんが笑ってくれているように感じると言います。 

笑顔の光太郎さん
本間さん

お母さんが元気だったら、子どもっていうのは元気なんですよね。楽しいね。生き生きして楽しいってみんなそうですよね。

アンケートを見る本間さん

難病の子どもを育てるほかの親たちともつながり、相談に乗る活動を始めた本間さんは、これまでに1,000件以上の相談を受けてきました。 

アンケートに書かれた

ー「介護者が休める時間がない」
ー「できることなら働きに出たい」 
子どもに向き合いながらも、自分らしい時間を過ごしたいと思っている親が多いと感じました。 

オンライン交流会の様子

本間さんは、コロナ禍でなかなか人と話す機会がない親たちのために、オンラインも使った交流会も始めました。子育ての悩み、きょうだい児のことなど、同じ境遇の親たちが気兼ねなく思いを共有する場になっています。 

本間さんが開設した通所型施設(外観)

ー子どものケアに追われる親たちを支えたい。

本間さんはクラウドファンディングなどで資金を募り去年2月、通所型の施設を開設しました。

ほのかちゃんとあやのさん

施設を訪れた1歳のほのかちゃんと、母親のあやのさんです。

ほのかちゃん

ほのかちゃんは、278グラムで生まれました。あやのさんは育児の不安を抱えながら、医療的ケアや行政とのやりとりなども行い、張り詰めた生活を続けていると言います。

あやのさん

病院で1年近く入院して家に帰ってきて不安でした。自分自身に余裕がなくて孤独な気持ちになっていました。 

あやのさんは、出産前の職場に戻ることを希望しています。しかし、医療的ケア児を預かる施設や保育所は数が少ない上に、どこもいっぱいで、復職のメドはたっていません。

あやのさん

出産する前は、子どもができても仕事を続けるぞというやる気でいっぱいだったんですけども、やっぱりそういった自分が思い描いたことが実現できるか分からなくなっている状態で。夜泣きをなだめながら、この先自分はどうなるんだろうとか自分も涙してしまったり。

ようやく出会えた預かりの施設。あやのさんは初めて、ほのかちゃんを託すことにしました。
本間さんは、あやのさんに寄り添い語りかけました。

本間さんとあやのさん
本間さん

幸せになるために生まれてきたんだもん。ママが幸せだとほのちゃんも幸せだから。

あやのさん
「お母さんが輝くことも応援したいっていうふうに言われてすごくうれしかったです。1人で子育てしてるんじゃないんだなって」

ほのかちゃんの手を握るあやのさん

あやのさんは、施設を利用することで、よりほのかちゃんに向き合えるといいます。 

イベントの様子

昨年10月、本間さんは施設を開放して、誰もが参加できるイベントを開きました。 地域の中に、医療的ケア児やその親を支える仲間がいることを知ってもらうためです。  

イベントに参加した人たち

多くの医療的ケア児と家族、そして地域の人たちが、一緒にゲームをしたり、笑いあったりする時間を過ごしました。 本間さんは、今後も施設を拠点に、親たちに寄り添い続けたいと言います。 

あやのさん家族と本間さん

本間さん
「一人じゃないんだな、つながってるんだなっていうのは、本当に実感できました。子どもたちを支えるのは家族なので、壁にぶち当たったときに伴走していける場所になったらいいと思います。」

取材を終えて

取材を通して、医療的ケア児とその家族を支えるための法律は施行されたものの、こうした人たちを支える施設はまだ数が少なく、支援はまだ緒に就いたばかりだということを、改めて実感しました。本間さんが開設した施設も、施設を開設するのにかかかったおよそ1700万円のうち、クラウドファンディングで集まった資金は500万円あまりで、あとは資金の借り入れなどを行い、なんとかオープンにこぎつけたということです。また、施設では、医療的ケアができる看護師も常に募集をしていますがなかなか人は集まらず、人材の確保も大きな課題になっているとのことでした。医療的ケア児の家族を支える場所が全国に整備され、誰もがこうした場所にアクセスできるようになることを願いながら取材を続けたいと思いました。
 

  • 田頭浩平

    横浜放送局 映像制作

    田頭浩平

    2003年4月から横浜放送局で勤務。映像制作担当として、神奈川発のニュース企画などの編集を行うとともに、障害がある子どもや、医療的ケア児、その親の支援などをテーマに自ら取材して企画や番組を制作している。

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