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  • 2024年4月4日

東京・世田谷区 保育施設で失われた命「安心して子どもを預けられない」現実

~シリーズ「第二報」~
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「私たちには、ほかに選択肢がなかった」 
東京・世田谷区にある認可外の保育施設で最愛の息子を亡くした両親が会見で語ったことばだ。事故は認可保育園への受け入れがかなわず、ようやく見つかった施設で去年(2023)12月に起きた。両親は不適切な保育で息子が亡くなったと訴えている。全国の待機児童が調査開始以来、最少になる中で起きた今回の事故。なぜ、安全なはずの保育施設で事故が起きたのか、両親、そして施設の園長への取材を重ねた。当事者の証言から見えてきたのは、子どもを預ける側と預かる側がともに不安を抱える中で事故が起きた現実、そして見過ごされてきた構造的な問題だった。 
(首都圏局/記者 鵜澤正貴)

あふれる思い出 悔やんでも悔やみきれない…

両親に話を聞くため都内にある自宅を訪ねると、ベビーベッドの上には生後4か月で亡くなった 
真渚己(まさき)ちゃんの遺骨とたくさんの写真が置かれていた。思い出があふれるその部屋で、両親は「真渚己ちゃんは自分たちにとって希望の存在だった」と話してくれた。

母親 
「1日1日、できることが本当にどんどん増えていくし、見せる表情も変わっていくので、本当に見ていて幸せでした」

父親 
「きょうはこういうことができるようになった。あしたは何ができるようになるんだろうという感じで、もうたまらなく、いとおしい存在でした」

不安に感じたけど、その場で決めないと…

医療関係の仕事で共働きの両親。去年秋、仕事に復帰するため、真渚己ちゃんを預かってくれる保育園を探し始めた。希望したのは、職員全員が原則、保育士の資格を持っている認可保育園。ところが、どこも空きがなく、10か所近くに入園希望を出したが、すべて断られてしまったのだ。そんなとき、受け入れてもいいと言ってくれたのが、今回事故が起きた認可外の保育施設だった。しかし、見学に訪れると、ある不安を感じたという。

母親 
「全体的に忙しい、慌ただしい印象がとてもあって、そういう状況の中で、うつぶせで寝ている子がいたのも目にしました。でもその場で決めないと、次の人に枠が取られてしまうという、それくらいの状況だったので…。入園を決めたという形です」

すでに職場復帰を予定より1か月遅らせていた母親。不安を感じながらも、うつぶせで寝かせないよう強く要望したうえで、わが子を託すことにしたのだ。真渚己ちゃんの死因の特定は警視庁が進めているが、両親は施設側の話などから、うつぶせが原因で窒息死したのではないかと訴えている。

「まさかこういう結果になるとは思っていなかったです。本当に人生を返してあげたいというのをすごく思います。でも、それがかなわないから、むなしいです。本当に申し訳ないと思っています」

父親 
「『認可』『認可外』というのは関係なく、安心できるような適切な保育をしっかり行ってもらえるようになってほしいなと思います」

事故は保育士不在の時間に起きた

事故はなぜ起き、背景に何があるのか知りたい。事故が起きた保育施設に取材を申し込むことにした。

事故のあと休園している施設で、野崎悦生園長が取材に応じ、事故は保育士が不在の時間帯に起きたことを明かした。施設には当時、真渚己ちゃんを含め0歳から2歳までの9人の子どもがいた。施設側は園長と2人のパート職員がいたが、保育士の資格を持っていたのは園長だけ。その園長が午後2時50分ごろ、別の仕事で外出し、戻るまでの25分間に起きた事故だと説明した。

保育施設 野崎悦生園長 
「職員1人が抱っこして、真渚己ちゃんをあやしていたんですけれども、ほかの赤ちゃんが泣き出したので、その時にたぶんうつぶせで置いてしまった。私が帰って来てから職員に真渚己ちゃんの顔色が悪いというのを聞かされて、その時、一瞬でまずいと思って抱き上げました。意識がない状態だったので、すぐに119番をかけました。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」

保育士不足も相次ぐ入園希望 認可保育園の受け皿に

保育の経験が少ない、パートしかいない時間帯に起きた事故。施設の職員名簿を見せてもらうと、慢性的な保育士不足に悩まされていたことがわかった。

8人いる職員のうち園長以外の7人は学生や主婦などのパート職員。3人が保育士の資格を持っているが、このうちフルタイムで働いているのは園長1人だけだった。

野崎悦生園長 
「どこの保育園も保育士は人手不足ですから、求人も思うようにはできなかったというのはあります。ギリギリのところでやっていたという感じです」

保育士不足の一方で、なぜ子どもたちを受け入れ続けてきたのか。

施設の入園記録を見せてもらうと、去年4月時点で0歳児は1人だったが、10月には5人、12月には7人と増えていた。年度途中に認可保育園に預けることが出来なかった保護者から入園希望が相次ぎ、受け皿になってきたと園長は説明している。

「9月や10月に仕事に復帰したいとなると、認可保育園には入れないので、うちの施設に来られる方は増えていました。預かってくれて助かるって言ってくださる保護者がいたので続けてきましたけど、今回の事故が起きてしまったことを思えば、そんなことは考えずに、もっと早くこの施設をやめておくべきだったと思います」

待機児童最少も 認可保育園の途中入園に高い壁

世田谷区内の認可保育園を訪ねると、年度途中の入園には高い壁があることも見えてきた。

この保育園の0歳児クラスの定員は10人。今年度は空きはなく、新年度の枠もすでに埋まっている。受け入れ可能な子どもの人数は、保育士の数や施設の広さで決められているため、定員を増やすのは難しいのが現状だという。

池尻かもめ保育園 吉澤隆幸園長 
「どうしても年度初めの4月に体制が決まってしまうというのはあります。本当はいつでも入れるという状況が一番いいと思ってはいますが、そういう状況を作るには、やはり保育士もすごく必要ですし、スペースを十分に確保した、しっかりした施設も必要なのかなというふうには思います」

世田谷区内の全体状況は、どうなっているのか?区が公表している資料によると、去年4月時点の認可保育園の0歳児の定員は区全体で1678人。しかし、11月に受け入れ可能な人数はわずか9人で、真渚己ちゃんが住んでいた地域の空きはなかった。世田谷区は今回の事故のあと検証委員会を立ち上げ、事故が起きた背景を調べている。さらに認可保育園に年度途中に入るのが難しい現状についても議論を進めることにしている。

世田谷区 保育認定・調整課 松岡敏幸課長 
「年度途中でも仕事への復帰を必要とされる保護者はいらっしゃいます。しかし、年度後半には空きが埋まってしまう。こういった問題をどのような工夫をすれば改善できるのか、検証していきたいと思います」

“悲劇を繰り返さないで”両親の思い

不安を感じながらも「ほかに選択肢がなかった」と子どもを預けた両親。認可保育園に入れない保護者からの声に応えようと、慢性的な保育士不足に悩まされながらもギリギリの状態で受け入れを続けてきた施設。当事者の証言から、子どもを預ける側と預かる側がともに不安を抱える中で事故が起きた現実が見えてきました。 
両親は「真渚己が命をもって示してくれた問題点を絶対にむだにしたくない。安心して子どもを預けられる場所を作ってほしい。二度とこのような悲劇が起きないようにすることがせめてもの弔いになる」と訴えています。 
「いつ、どこで生まれても十分な保育が受けられる」「誰もが安心して子どもを預けられる」。そんな当たり前の社会が実現されるよう、今回の事故で示された課題を引き続き取材していきたいと思います。

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