私たちは先週、東京・中央区晴海地区にある選手村マンションが最高倍率266倍という異例の人気を集めていること、そして、背景に投資家たちによる「転売目的」の購入があることを記事にしました。
すると、皆さんからは「なぜ転売は禁止されなかったのか」という声が多く寄せられました。
そこで、早速その理由を探るべく、取材を始めました。
(首都圏局/不動産のリアル取材班 記者 牧野慎太朗)
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まずは、選手村マンションの「転売目的の購入」について、私たちに寄せていただいた投稿をいくつかご紹介します。どうもありがとうございました。
(70代男性)
「何故申込は1件に限定しないのか、又転売を禁止しないのか分かりません。映画などのチケットのようなものの転売は取り締まっているのに、行政の怠慢としか思えません」
(年代不明の男性)
「HARUMI FLAGの売り出し価格が市場実勢に比べて安すぎるのであって、今後出てくるであろう転売価格が適正な市場実勢価格なのではないですか。市場実勢価格に合わせて値付けをしない供給者側が混乱を引き起こしているのであって、たとえ転売目的であっても購入者を批判するのは筋違いではないかと考えています」
(年代・性別不明)
「対面登録でモデルルームに行きましたが、近くには旅行で日本滞在中の中国人もいました。カナダでは投資目的の住宅購入禁止法案が年始くらいに始まっています。日本でも検討段階ではなく今すぐに手を打っていかなければならない状態だと感じています」
投稿を読むと、多くの人が「転売目的の購入」について違和感をもっていました。取材した私もそれによって、実際に住みたいと思って申し込んだ世帯が購入できていない実態も目の当たりにしました。「どうしてこんなことが??」これは取材するしかありません。
まず、周辺の公有地で過去に分譲マンションが建てられたケースを調べてみました。すると、転売を防ぐ対策を講じている自治体があることに気づきました。
それは、選手村マンションから東京湾を挟んで反対側にある千葉県です。そこで、県の公営企業「千葉県企業局」に早速足を運び、話を聞いてみました。
千葉県企業局では、臨海部の埋め立てによって造成した県有地を、住宅用地などとして売却する事業を行っているそうです。すると、ここでは、分譲マンションを建てるために県有地を購入する民間事業者との間で“ある契約”を交わすことで、転売を防いでいることがわかりました。
それは「買戻しの特約」と呼ばれる契約です。
実際に、民間事業者と交わした土地の売買契約書を見せてもらうと、「事業者は住宅等を分譲するときは、転売目的等の購入を防止するため、住宅等の入居開始可能日から5年間に限り、買戻しができる旨の特約を設定する」とはっきりと書かれていました。
これは、転売などが確認された場合は、民間事業者が住宅を買い戻して売買契約を解除するという内容です。不動産の売主の権利として民法でも認められている特約だそうで、仮に物件が第3者の手に渡っていても契約は有効なので、転売を抑止する効果があるといいます。
千葉県企業局 齊藤英明 副課長
「過去の経緯を調べてみると、昭和40年代後半から『買戻しの特約』を契約書に盛り込んでいるようです。なかでも住宅価格が高騰したバブル期は、投機目的のマンション購入が強く懸念されていました。対策が始まった理由は明確にはわかりませんが、長く住宅用地を供給してきた経験や実績によるものだと思います。現在でも、良好な住環境を形成するため、長期的に住むことを目的にした住民の手に渡るように対策を続けています」
実際に、現在販売されている幕張や浦安など臨海部の分譲マンションのホームページを見てみると、転売防止のために「買戻しの特約」が設定された物件であることが記されていました。
これは、千葉県独自の対策なのでしょうか。
総務省に聞いてみると、「国レベルで、一律にそうした対策はないです」という答えでした。
それでは、東京都はどうなのか?
都有地に分譲マンションが建設された事例を調べてみました。すると、都内でも同様の転売防止の対策がとられている事例があることがわかりました。
それは、2008年に東京・港区にあった都営住宅の跡地にタワーマンションが建てられたケースです。都の資料をみると、このマンションは、中堅所得層のファミリー世帯向けで、都心部に広くて質が良い住宅を安く提供することを目的に作られたと書かれています。販売価格は、80平米程度で3200万円程度と周辺相場より割安に設定されました。それにあわせて、転売目的の購入を防ぐ目的で、「買戻しの特約」が設定されていたのです。
こうやって調べてみると、今回の選手村マンションは“どうしてこうした特約がつけられなかったのか”と感じます。そこで、東京都の担当者に直接話を聞いてみました。
Q.選手村マンションの販売価格が市場価格より安く設定されていることはどう認識されていますか?
東京都都市整備局 田中佐世子 公共再開発担当課長
「選手村のまちづくりは、マンション整備も含めて民間事業者が担っています。販売価格も民間事業者が設定していて、都は価格に対して上限を設けることなどはしていません。最寄り駅から徒歩20分という立地特性や数千戸という規模、それに東京大会を挟んで長期間の販売になったことなど、いくつかの背景要因があって設定された選手村マンションの価格に対して、周辺の相場が上昇した結果として、割安感が生まれたと捉えています。特に問題はないと認識しています」
Q.ただし、割安感を背景にした転売目的の購入で、一般層の手に渡りづらい状況になっていますが。
「販売方法は民間事業者が考えること、決めることなので申し込みや抽選の状況の詳細は把握していません。選手村マンションより周辺相場が上がった結果として申し込みが増加したと捉えております。東京都としては、この地区に住みたいと居住を希望される方に1人でも多く購入していただきたいと考えています」
Q.なぜ今回転売防止策を講じなかったのでしょう?
「確かに過去には転売防止のために『買戻しの特約』を設定したケースはありました。ただ、これは政策上の目的で東京都が安く価格を設定するよう事業者に要請していました。そのため、転売を防止する必要もありました。一方で、今回、市場価格より割安ではあっても、都が価格設定を要請したわけではないので、『買戻しの特約』を設定するケースには該当しないと考えています。そもそも周辺相場が上がってしまうこと、相場より選手村マンションが低価格で販売されることは当初想定しておらず、転売のリスクについても議論はされてこなかったと聞いています。
都の見解としては、あくまで選手村マンションが周辺相場より割安になったのは市場の成り行きであり、それを予見することはできなかった、というものでした。ただ、選手村マンションが売りに出された2019年からすでに東京の不動産市場は右肩上がりでしたから、そこは釈然としません。
専門家にも意見を求めました。
不動産コンサルタント長嶋修さん
「2019年の販売当初は駅から遠いという点や、五輪熱が冷めてしまうという理由で選手村マンションは人気が出ないのではないかという声があったのは事実です。ただ、当時の不動産市場の中でみても選手村マンションの販売価格は割安感が目立っていて、転売目的の購入はある程度想定できたはずです。公共性のある土地なのでもっとマイホームとして買いたい層への配慮があってもよかったのではないかと思います」
取材の最後に都の担当者にこんな質問をしてみました。それは、今後同じく選手村跡地に建設され、販売が始まるタワーマンション(1455戸)については、対策を講じる考えはないのか?というものです。すると、担当者は次のように回答しました。
東京都都市整備局 田中佐世子 公共再開発担当課長
「東京都としては、この地区に居住を希望される方に1人でも多く購入していただきたいと考えていて、多様な人々が交流するというコンセプトに沿うように、民間事業者に求めていく立場でもあります。転売目的で購入する人がいるという指摘がある以上、コンセプトに沿った販売方法になるように民間事業者には検討を促していきます」
東京都都市整備局のパンフレット
東京都は大会後の選手村についてパンフレットにこう記しています。
大会後は都心から近く海に開かれた立地特性を生かして子育てファミリーや高齢者、外国人など多様な人々が交流し、生き生きと生活できる、大会のレガシーとなるまちづくりを進めていきます。
本当にそんな町ができるといいのですが、実際の物件は、ファミリー層に手が届きづらくなっているのではないかと感じます。
また、転売目的の購入が多ければ、物件が引き渡される来年1月以降に賃貸や転売の物件が多く市場に出回る可能性があります。さらに、長期的に住みたいと考えている人にとっては、組合などの管理運営が難しくなるおそれもあります。引き続き取材を続けていきたいと思います。
私たちはこの晴海フラッグ以外にも、空前の高騰が続く東京の不動産事情を、皆さんからの情報や意見をもとに取材していきます。ぜひこちらから投稿をお寄せください。