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“遠くても通いたくなる保育園” 働き方改革は地方でもやれる

  • 2023年2月14日

都内で保育士の希望者が殺到する保育所の取り組みを紹介したところ、「地方では自治体からの補助金などが十分でないので難しい」という声が寄せられました。もちろんそうした側面はあるかと思います。そんななか“地方でもうまくやっている保育所がある”と聞き、現場を訪ねました。
(首都圏局/記者 氏家寛子)

保育士は国基準の1.5倍!

訪ねたのは、茨城県守谷市にある、「まつやま百合ケ丘保育園」という私立の保育所です。

保育の様子を見せてもらうと、園庭では子どもたちがはだしでとび箱をするなど、元気よく過ごしているところでした。子ども主体の、のびのびとした保育を行うのが方針だということです。

今の保育士の配置は、国基準の1.5倍と手厚くしています。それにより、休憩や休みがしっかりととれるようなったといいます。

経営者は民間企業を経験

園を経営する松山圭一郎さんは、不動産会社に9年間勤めた後、両親が経営する社会福祉法人に入りました。

保育士の働き方を自分の目でみて、“子どもたちのために”と自らを犠牲にするケースが少なくないと感じたといいます。一般の会社と比べても課題があるのではないかとして、保育士の処遇の改善や働き方改革を進めることにしました。

まつやま百合ケ丘保育園を経営 松山圭一郎さん
「多様な子どもたちがいるので一人ひとりに寄り添う保育をしようと思うと、相当なエネルギーと精神力が必要な仕事です。現場に極力余力を持たせながら、最適な人員配置や労働環境の中で保育をしていくことが、最終的には子どもたちのためになっていくのかなと意識しています」

ICTで業務を効率化

松山さんが力を入れたのが園内のICT化です。
園にいる保育士たちをみると、全員耳にイヤホンのようなものをつけていました。
松山さんに尋ねると、「情報共有のためのインカムです」との返答が。情報共有、業務効率化、危機管理、そして、大人の声で子どもたちの遊びを邪魔しないためのものだそうです。

また、事務作業の手間を省くため、保育料以外の教材費や延長保育料など現金で集めていたものをすべてキャッシュレスにしたり、スマートフォンを保育士にひとり1台貸与し、それぞれが事務処理を自分の手元で終えられるようにしたりしました。

ICT化を進め、本当に必要な業務はなにかを見直すことで仕事を効率化し、休憩がきちんととれて持ち帰り仕事も極力なくなるようにしたのです。

また、保育士の離職を防ぐことにも力を入れています。新卒採用前には、必ず1日は保育に入ってもらうことや、他園も見学してくるよう促しているといいます。

処遇も“見える化”

さらに、保育士や看護師、調理師、そして園長の分まで毎年の賃金を俸給表として提示しています。保育士は給与水準が低く、将来が見通せないという声が少なくありません。

しかし、このように何年働ければどのくらいの給与がもらえるか、処遇を“見える化”することで、保育士たちがキャリアプランを立てやすくするのが狙いだということです。

松山さん
「ステップアップしたらどのくらい給料がもらえるか、入社の時からわかるようにすることで、先を目指すモチベーションにつなげていきたい。こういう形で示すことによって、園長たちももらっている分しっかり仕事をしていくというプレッシャーを感じながら仕事ができますし、壁がない組織を作っていけるかなという思いで取り組んでいます」

20代保育士

保育士の友人で、子どもが大好きだけど働く環境がつらくて辞めていく人を何人も見ていますが、俸給表や手当についてちゃんと保障されていると、職員を大切にしてくれていると感じます。プライベートも大事にできるので、働きやすいです

国や自治体の補助金なども活用

さらに、園では国や自治体の補助金も活用しながらさまざまな事業に取り組むことで、人を雇用できる財源を確保し、保育士の手厚い配置につなげていました。
これは以前、記事にした東京・杉並区の園と同じです。

来年度からは、新たに、産前・産後の伴走型相談支援の事業も守谷市から委託を受けて、始める予定です。

こうした新たな取り組みは、経営者が新しい事業に積極的なだけでは実現しません。松山さんはやりがいをみずから感じて、それを担ってくれるスタッフがいるからこそ、挑戦できることだといいます。

2つの“定員割れ”への懸念

松山さんの保育所がここまで努力をする理由。
それは、地方の保育所が抱える2つの“定員割れ”への懸念があるためです。

2つというのは、計画通りに保育士が採用できず、子どもを定員まで受け入れられない “定員割れ”。そして、少子化などで子どもが集まらずに定員を満たせない “定員割れ”のことを指します。

保育士の人材不足は深刻です。
去年10月の保育士の有効求人倍率は、2.49倍と全職種平均の1.35倍と比べて高い水準にあります。

福祉医療機構の調査によると、保育所の職員の充足状況は、次のようになっています。

「人員の不足がある」とした施設が 30.6%となっています。
このうち、「人員不足により、園児の受け入れに制限がある」とした施設も18.1%にも上るのです。

「受け入れに制限がある」とした施設は、都市部よりも地方の割合の方が大きかったということです。

ことし1月には、衝撃的なニュースがありました。
長野県信濃町は、十分な保育士が確保できずに4つの町立保育園の運営を続けるのは難しいとして、来年度、1つの保育所を休園する方針を明らかにしたのです。
人口が減り、地域の労働力不足が懸念される中で、ひとごとではない地方の自治体は少なくないはずです。

地方で保育人材が獲得できない背景には、都市部への人材流出もあるとみられています。給与や住宅手当などは、財政力がある都市部の方が手厚くなっています。

例えば、東京都は、保育士の宿舎借り上げ支援事業として、月額8万2000円までの家賃のアパートやマンションを保育事業者が借り上げ、一定の要件を満たした保育士を採用して住まわせた場合、家賃の8分の7を国と自治体が負担する制度を設けています。

一方、少子化などの影響で子どもが集まらないことによる定員割れも地方では深刻です。

厚労省によると、去年4月の時点で、保育施設の定員数に対する利用者数の割合は全国で89.7%。東京など大都市では9割を超えていますが、最も低い長野県は77.7%でした。

保育所の利用者数が定員を大幅に下回り、保護者からの保育料や国からの補助金が十分に得られず、経営難に陥っている園もあるといいます。

“遠くても通いたくなる”

苦境にある地方の保育所ですが、松山さんの園では保護者に対して、いつでもフルオープンにできる環境づくりを意識しているそうです。

保護者に丸一日子どものクラスに入ってもらい、一緒に過ごせる保育体験の日を年間通じて設けているのです。相互理解を深めるとともに、保育の質を向上させるのが狙いだといいます。参加した保護者から声を集め、園の運営にも役立てているそうです。

保護者の保育体験

こうした取り組みの結果、運営する保育所のうち、龍ケ崎市の園には、取手市、牛久市、つくば市、河内町、つくばみらい市、千葉県白井市など近隣の自治体からも子どもが通園してくるようになり、“遠くても通いたくなる保育所”として選ばれるようになったといいます。

松山さん
「労働人口が減る中で、働き手は賃金が高い都市部に流れがちになっています。残念ながら、私たちはお金で勝負しようとしても太刀打ちできない。だから、“働き方改革”や“保育の質”というお金には換えられない価値をしっかり見いだして作っていく必要があります。そして、待機児童がいた時代は、黙っていても子どもたちが来てくれましたが、これからは時代に合わせた形で変化していくことがとても重要だと思います」

取材後記

松山さんに、園の改革で大変だったことを尋ねると、両親を説得するのに苦労したことを挙げました。難しい時期に、これからの経営を考える立場を引き継いでいくことの苦労が伺えました。
そして、取材を通じて感じたのは、松山さんが、特に少子化が深刻な地方で、経営者として、保育所を運営していくことの厳しさを強く意識していることです。

「地域に子どもが0人になることはないと思うので、これからもずっと“通いたい”と思ってもらえる保育所であり続けたい」という言葉がとても印象に残りました。

私たちは引き続き取材を続けます。ぜひこちらまで情報や意見をお寄せ下さい。

  • 氏家寛子

    首都圏局 記者

    氏家寛子

    2010年入局。岡山局、新潟局などを経て首都圏局に。 医療、教育分野を中心に幅広く取材。

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