子育てをしながら働く母親の割合は7割以上、今や保育施設はこの国の社会・経済を支えるインフラのひとつです。しかしその保育現場では、不適切保育の発覚が相次ぐなど、まさに“崖っぷち”とも言える状況となっています。
保育学が専門で、Eテレ『すくすく子育て』でもおなじみの玉川大学の大豆生田啓友教授に話を聞きました。
(首都圏情報 ネタドリ! 保育取材班)
Q)合原アナ
大豆生田さん、保育に求められる内容や保護者のニーズが大きく“変化”し、対応できなくなっているという声がNHKには寄せられています。背景のひとつに主体性を大切にする保育が求められるようになったことがあるようですが、今の現場の状況をどのように受け止めていますか?
玉川大 大豆生田啓友教授
子どものためには、主体性を尊重する保育がとても大事なんですね。
ただその一方で、1人の保育士が見なきゃいけない子どもの数、配置基準が諸外国と比べてとても多いという現状があります。
さらに、日本はとても長時間の保育なので、保育士が子どもたちをかなり長時間を見なければいけません。また、コロナ禍が続く中で、現場が疲弊していく状況もたくさんあるんですね。
しかも、多くの保育士さんは本当に子ども大好きでとても意欲的、そして頑張り屋さんなんですね。そのやりたいという思いと、なかなか難しいというギャップの中にジレンマがあるということです。
Q. そもそもなぜ主体性を大切にする保育が求められるようになったんでしょうか?
実はこれはとても大事な話です。これまで、乳幼児は小さいから大人に教えてもらわないとわからないだろうという価値観があったんです。
ですが、今はそうではなくて、子どもは自ら育つ存在とみなされています。
だから、大事なこととしては、子どもは興味関心を持って遊んでいるときに、豊かな学びや育ちがあるということが主体性の1つのポイントです。
それから、2つ目のポイントはまさに個性の尊重ですね。
一人ひとりの違いに応じる。つまり、それは多様性を尊重することでもあるんですけど、同時に、自分らしさが認められるということや、やりがいみたいなことが、まさに自己肯定感、自分って結構できるんだということにつながります。
それは、その時も大事なんですけど、それ以降も重要な育ちにつながるとも言われているのです。
Q.ただ配置基準は75年間ほぼ変わらずに、現場の状況とギャップが生まれています。どうして放置されているんでしょうか?
国としても全く放置しているわけではなくて、これまでも、子どもや子育てのことを社会全体で支えていくことが大事なんだという議論はありました。
その中でも、保育の量と質を充実させていこうという考えがずっと出されていました。
ただ、実際この10年くらいの現状としては、待機児童が多かった。預けたい人が預けられない、このために保育園をたくさん作ることをやってきた。つまり量の充実です。
そこにかなり力を注いできたので、質の面、例えば、4、5歳児であれば30人に1人は無理がある、1歳児のクラスの保育士、1人で6人を見るのは大変だよねという事は出ていたんだけれど、なかなかそこにまでは財源が結びついてこなかったという背景があると思います。
Q.働き方改革のための工夫を重ねる現場もあります。こうしたことは、今、求められているんでしょうか?
その通りだと思います。先ほどの配置基準もとても重要で、変えていかなければならないことですが、保育の質を高めていくためにもう一つ、大事なことが園の中で保育士たちが語り合う風土を作り、毎日の子どもたちの姿を振り返って、「明日、こうしよう」と思える時間を作ることです。
それは、保育の質にとても関係してくることで、保育士たちの心の余裕を作るということも大事なことになると思います。
そのためにも、業務改善も含めた働き方改革が大事で、リーダー層のマネージメントということがかなり重要なポイントを占めてくるのかなと思います。
保育士たちがまさに子どもと離れる時間が作り出される。そうすると余裕が出てくるので、子ども一人ひとりのことを丁寧に受け止めようと、子どもの主体性を尊重した保育、例えば、一人ひとりの思いを今度の行事に活かしていこうだとか、そういうことの改革にもつながっているんじゃないかなと思います。
Q.とは言っても、「自分の園ではなかなか変えられない、難しい」というところもあると思いますが、そういった方に伝えられることはありますか?
これまでのやり方を変えていくのってなかなか難しいと思うんですね。その時に、外の力を借りるというのが1つだと思います。
今、地域や自治体の研修でも、お互いの実践を出し合うことで、「そうだ。そういうやり方がある、うちでもやってみよう」という研修も増えていると思います。
保育を外部に公開する取り組みも増えていると思います。そのように外の力をもらって、自分の園に反映していくというのも、1つじゃないかなと思います。
Q.保育士資格を持っていても働いていない人、いわゆる“潜在保育士”は、95万人もいます。
環境さえ整えば、保育の担い手は増える可能性はあるのでしょうか?
これまで国も自治体も“潜在保育士”を活用できないかということをずっとやってきたんですけど、なかなか難しかったいう実態がありました。
なぜかというと、辞めた理由の中に「仕事の負担感がとても大きかった」とか「職場の人間関係が難しかった」だとか、「保育が子ども主体でないことが苦しかった」ということがあったからです。
そこが、さきほどのマネージメントじゃないですけど、子どもも先生もワクワクしている職場であれば、「勤めたい」ということにつながっていくんじゃないかなと思います。
Q.ヒントとなるケースはありますか?
やっぱり子どもも先生たちも生き生きしている。
そういうことが外に見えるようになってくると、そういうところに「勤めたい」ということにもつながってくるかなと思います。
Q.保護者の存在も保育を守るために欠かせないと思います。
取材したなかには、年末年始に仕事を休める保護者に対して、可能な範囲で自宅保育の協力を求める現場もありました。
大切な取り組みですね。日本の場合はかなり長時間保育なんですよ。
たぶん、それは親たちの働き方が、子育てとの両立のためにそれだけ仕事する必要があったということだと思うし、親たちのために大事だったりすると思うんですけど、それが当たり前になっちゃうと、サービスを受けるということになっちゃうんですね。
でも、本来は子どもを真ん中に置いて、園と保護者、家庭が一緒に協力していくということが大事。そうすると、こういうような取り組みというのは、とても大事だなとも思います。
Q.保育をめぐる問題は社会にどんなことを求められる?
ことし4月にはこども家庭庁が発足します。こども家庭庁は、“こどもまんなか社会”、“子どもの声を聞く社会を作る”ことを掲げているので、とても大事な取り組みだと思います。この国の中で、「子ども・子育てのことをもっと温かく見よう」、「社会全体で支えよう」というのが大きなテーマになると思います。
その時に、これからも保育の場はとても大事になると思います。小さい年齢から長時間を保育の場で過ごすわけです。その子どもがまさに未来を担う存在となります。
そこで良質な保育を受けられることは、今、子どもたちが幸せということに加えて、この国や社会の未来につながります。保育士はそういう大事な仕事を日々されているんだということを社会全体で理解して、保育士へのリスペクトということが、もっと進むと良いなと思っています。