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“悪い保育園ばかりではない” 職場づくりでできることは

シリーズ保育現場のリアル(働き方の工夫編)
  • 2023年1月16日

「決して悪い保育園ばかりではないはずです。確かに子どもの利益より園の利益や、保護者ファーストの園が数多くある事も事実ですが、私が運営する法人では、子どもと職員の幸せを1番に考えています」

「保育現場のリアル」を取材している私たちの元には、多くの厳しい保育現場の実情を訴える声の中に、時折ですが、保育士不足の解消や働き方改革が実現できているという運営者からの投稿も寄せられます。
冒頭の投稿は、横浜市で3つの保育所を運営する法人の理事長、川端ゆり佳さんからのものです。早速、保育現場を訪ね、その工夫を聞きました。
(首都圏局/記者 氏家寛子)

※引き続き投稿をお寄せください。「保育現場のリアル」の特設サイトはこちら

誰のための保育なのか?

訪ねたのは、横浜市保土ケ谷区にある「プチアンジュ保育園」というところです。

まず目についたのが園内の装飾です。
多くの園によくある色画用紙などでつくった壁面装飾はほとんど施されていません。子どもたちによる季節の制作物もありませんでした。

代わりに、木目のきれいな壁には、子どもたちが好きな絵本やアニメのキャラクターの絵が額に入って飾られています。

子どもたちに対して、画一的な保育はせずに、主体性を重んじるという園の保育方針によるもので、装飾や制作物の準備をする保育士たちの負担を減らすことにもつながっているといいます。

社会福祉法人なつめの会 川端ゆり佳理事長
「壁に季節ごとの装飾をしなくても、お散歩の中で自然を観察することで季節を感じられます。そうすると、先生たちも作り物をしなくていいです。

子どもが取り組む制作も、見本通りにみんなが同じものをつくることはせずに、外部講師による造形教室を開いて自由に表現する場を確保しています。

保育士は、先生として以外にも、お母さんの代わりになったり一緒に遊ぶ友達になったりいろんな面が求められて負担は大きいと思うんです。だからこそ、専門の講師の力を借りることが必要だと思いますし、そこから学べることもあると思います」

造形教室の様子

また、運動会などの年間行事にも特徴がありました。行事は、“大人に見せるためのもの”ではなく、子どものためのもの。

行事のための特別な練習はせずに、日常の保育の活動のなかで作り上げています。イベント当日をゴールとしなくても、保護者には、子どもたちの成長した姿は見せられるというのです。

これまでNHKの「保育現場のリアル」のウェブサイトに寄せられた投稿には、壁面装飾や運動会の準備のためにサービス残業したり、自宅持ち帰って作業に追われたりしている実態を訴える声が少なくありませんでした。

ところが、この保育所では、仕事の持ち帰りや残業はほとんどないといい、これまでの保育現場のイメージとは異なると感じました。

“子どもが好き” 思いを持ち続けられるよう

また、職員みんなが安心して働ける環境づくりにも力を入れているといいます。
例えば、担当するクラスの人数に応じて複数担任制が導入されています。

2人以上の先生で1つのクラスを担当し、保育だけではなく、事務作業などもみんなで分担していました。これにより一人ひとりの保育士の負担軽減と複数の目が行き届くようになるといいます。

取材で訪ねたこの日(1月13日)の体制表を見せてもらいました。それは以下のとおりです。
赤字の国基準よりもかなり手厚い配置であることがわかります。

園児の数:保育士の数(赤=国基準)
0歳児=  7:4 (3:1)
1歳児=14:5 (6:1)
2歳児=14:5 (6:1)
3歳児=14:3 (20:1)
4歳児=12:2 (30:1)
5歳児=13:3 (30:1)

その日の子どもの数や活動内容によって、乳児の担当が幼児、幼児の担当が乳児へと臨機応援にほかのクラスに入ることもあります。

保育時間中でも別の保育士が事務作業をできるため、持ち帰り仕事や残業はほとんどないほか、休憩も子どもと離れた部屋でしっかりとれるそうです。

さらに、4月の時点で年度内のシフトと土曜出勤日をすべて組まれていました。
そのため休暇の予定が立てやすく、1週間の連休を取得して旅行に行くこともできます。先輩・後輩に関係なく平等にシフトが割り振られているため、勤務の調整も「お互いさま」の気持ちで気軽に行えるようにしているということです。

川端さん
「先生たちのプライベートを考えると、見通しを持った予定が立てられるということは大事なのではないかと思います。リフレッシュできた方が仕事は頑張れるのではないでしょうか。みんな子どもが大好きだと思うので、その思いをずっと持ち続けられるよう運営していきたいです」

なぜ、手厚い配置が実現?

ここまで取材して、やはり気になったのは「なぜこうした手厚い配置ができるのか」です。

川端さんに尋ねると、横浜市は保育士の配置について独自の助成があり恵まれていることを前置きしたうえで、「委託費と自治体からの助成で、人の配置はなんとかなります。誰のためにどう使うか、運営側が努力できる部分はあると思います」と強調しました。

「委託費」というのは、国の基準によって、人件費、事業費、管理費を積算して決められ、自治体を通じて私立の認可保育所に支払われるものです。

横浜市は、その委託費だけでは不十分だとして、保育士を確保するため、独自に助成金を出している自治体のひとつです。

ただし、横浜市内のすべての認可保育所で、今回取材した保育所と同じように多くの保育士が確保できているかといえばそうではありません。

実は、委託費は、株式会社の保育事業参入などの規制緩和を背景に国が使いみちを制限しない「弾力運用」を認めたため、運営者は、例えば園舎の修繕費にあてるなど人件費以外にも多く使うこともできるようになったのです。

つまり、委託費のうち、どの程度を人件費に充てるかは運営者の裁量に委ねられています。川端さんの運営する保育所では、委託費のうち、7~8割を人件費に充てているということです。

委託費の使いみち 適切でない場合も

保育士の処遇を改善するために保育施設への委託費は増額されていますが、実際には保育士の賃金に十分充てられていない状況があります。

2019年の会計検査院の報告では、加算された委託費で収入が増えたのにも関わらず、2016年度から2017年度でのべ660の保育施設が賃金改善に充てていなかったことが明らかになっています。

保育政策に詳しい、甲南大学の前田正子教授に話を聞きました。

甲南大 前田正子教授
「かつて委託費は厳しい使途制限があり、保育所を運営している人たちからもう少し自由に使わせてほしいという声がありました。弾力運用は“良い保育”のためであれば、悪くはないと思います。

しかし、運用は性善説で成り立っていて、適切に人件費に配分されていないという事例もあります。委託費が保育士の人件費に配分されているか行政の監査やチェックがきちんと行われ、施設ごとの保育士の賃金や労働時間など情報公開が進められていくことが必要です」

取材後記

取材で初めて訪れたとき、川端さんに保育所の採用HPで保育士が十分に休みをとれることを掲げているのを見たと伝えると、「当たり前ですよね」と笑顔で言葉が返ってきました。

しかし、休暇どころか休憩もとれることが、“当たり前”ではない保育所が多いことを私たちは知っています。

今回取材した保育所は、上記のような取り組みに加え、ICTの活用やキャリアアップのための研修の機会を確保するなどさまざまな実践をしていました。
こうした「経営努力」はとても大切なことだと思います。

一方で、1つの園でできる努力に限界があるのも事実です。自治体独自の保育士配置の助成の有無など地域格差も大きいなか、国がこれを底上げするような施策を打ち出し、保育士の負担軽減や処遇改善につながっていくことを期待したいです。

みなさんの意見もぜひこちらの 投稿フォーム よりお聞かせください。

  • 氏家寛子

    首都圏局 記者

    氏家寛子

    岡山局、新潟局などを経て首都圏局 医療・教育・福祉分野を幅広く取材。

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