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戦争のトラウマからアルコールに依存した父 今も続く家族の苦しみ

  • 2022年12月9日

中国戦線で戦闘に参加し、シベリアに抑留された父。戦争のトラウマなどから戦後は酒を大量に飲むようになりました。母が動けなくなるほど殴ったり蹴ったりするところを一度見たことも。娘の私は、父の言動の影響で男性に恐怖心を抱くようになるなど、ずっと生きづらさを抱えてきました。
何が父の心をむしばんだのか。父の軍歴をたどると、壮絶な戦場の一端が見えてきました。
(聞き手 首都圏局/ディレクター 梅本肇)

12月9日放送 首都圏情報ネタドリ!
「家の中に封じられた“戦争の傷痕” 〜親から子に連鎖した苦しみ〜」

酒を飲むと父のどなり声が…恐怖と緊張の毎日だった

私、鈴木頼子(仮名・73歳)は終戦の4年後に生まれました。子どものころはよく、父から戦地の話を聞かされました。「ほらここ、ヒューンって弾がかすめたから、傷ができているやろ」と父が体の弾痕を指さすのを見て、戦争ってなんて恐ろしいんだろうと思ったのを覚えています。

父は戦時中、中国大陸に出征し、終戦後は旧ソ連のシベリアに抑留されたと聞いています。復員後は、戦争のトラウマからアルコールに依存するようになりました。

酒を飲むと声が大きくなり、どなり声のようになることもあって、家の中には常にぴりぴりとした緊張感のある空気が漂っていました。

子どものころ、一度見た忘れられない光景があります。父が母を動かなくなるまで殴ったり蹴ったりして、私をガッとにらみつけてきたんです。あのときはとても恐ろしく、寝るときに毎晩、夢に出てきました。

父の言動の影響で、私は引き戸を乱暴に閉める音などを聞くと、恐怖心がわくようになりました。他の人がなんとも思わない音でもだめなんです。男性への恐怖心も持つようになり、家に引きこもりがちの生活を送っていました。

「私は子どもを持たない」とはっきりと感じたのは、高校生か大学生のころです。私自身、誰かを愛することを学ぶ機会がなかった。ものすごく生きづらさを抱えてきました。

父の心をむしばんだ“戦争”を知りたい

何が父をあんなにも苦しめてきたのか。私は、父の戦争体験をたどることにしました。

軍歴証明書を調べると、父は終戦の6日後、ソ連軍などに抑留され「生死不明」とされていたことがわかりました。その2年後の11月に日本に帰還したと、あとから記されています。

父は本当に兵隊さんだったんだ。どれだけつらく大変だったか、その「生死不明」という文字を目の前にすると、“戦地にいた”父のことがリアルに感じられて胸が痛くなりました。

さらに記録には、父がこれまで語らなかったことも記されていました。

「昭和12年 南京攻略戦に参加」

旧日本軍が多くの市民を殺害したなどとされる「南京事件」。その時期、父は南京での戦闘に参加していたと記されていたのです。

これを見たときは思わず涙が出て、それ以上記録を読み進めることができませんでした。

父は私に言えることしか言わなかった。こうした体験は言いたくもないことで、心の中にガッと押し込めてかぎをかけていたのでしょう。本当にしんどい思いをしてきたことが、よく分かりました。

多くの人が“長年語れなかった”その背景は

体験を語ってくれたのは、73歳の女性です。

長年、自身の苦しみを周囲に明かすことはほとんどありませんでした。しかし最近、自分と同じような境遇の人たちが経験を語るのを見て、「戦争で苦しんでいるのは兵士だけではない。家族にも大きな影響を及ぼすことを知ってほしい」と、私たちの取材に応じてくれました。

女性のように、元兵士が負った心の傷や、それが家族に大きな影響を与えていたことについて、長年語れなかったという人は少なくありません。

戦争とトラウマの関係について研究する、広島大学大学院の中村江里准教授は、元兵士の心の傷を国が隠してきたことが、大きく影響しているのではないかと話します。

広島大学大学院 中村江里准教授
「戦時中の新聞を見ると、国は、戦争の恐怖による精神疾患が、敵軍の兵士には見られるが、日本軍には見られないとしていました。国民の士気を上げるためです。国家によってそうした病気の存在が否定されるということは、精神疾患を患った元兵士や家族にとっては、自己を否定されることに等しいわけですね。そうした父親の存在や、家庭のなかでの暴力というのは、周囲には話せないと感じた人も多かったと思います」

中村さんが話を聞いた元兵士の家族の中には、戦後も苦しみを語ることは難しかったと話す人も少なくありません。元兵士が復員しても、「戦争に行って大変だったね」と受け止める人はほとんどおらず、むしろ「なぜ帰ってきたのか」となじられるケースすらあったといいます。

「自分が傷ついたことを、安心して語れない社会だったわけですね。そのことが、その後もさまざまな歪みをもたらして、それが戦後世代にも引き継がれてしまっているのだと思います」

中村准教授は元兵士と家族の体験談を募集しています(LINEアカウント)
※NHKのページを離れます
 

体験を周りに語りづらかったことが、元兵士や家族の苦しみをさらに深めたのではないかと話す専門家もいます。心理学が専門でトラウマについて研究している、甲南大学の森茂起教授です。

甲南大学 森茂起 教授
「トラウマを経験した時に、その体験を言葉にして語って、人に分かってもらうことが回復につながります。しかし家の中で戦争の話がタブーとされるような状態が続くと、元兵士やその家族の感情表現は制限されていきました。そのために影響が残ってしまった人も多いと思います。このことが、この問題を複雑にしています」

太平洋戦争開戦から81年が経った今もなお、世代を越えて続く苦しみの連鎖。戦争は歴史上の出来事ではなく、私たちの家族が関わった地続きの悲劇であるという事実が突きつけられています。

12月9日放送 首都圏情報ネタドリ!
「家の中に封じられた“戦争の傷痕” 〜親から子に連鎖した苦しみ〜」

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