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保育士不足 “先生辞めないで” 保護者も願う「働きやすさ」

シリーズ(7)保育現場のリアル
  • 2022年11月10日

“崖っぷち保育”とも言える保育所の人手不足の現状を取材し続けている私(記者)に、保護者のひとりがこうつぶやきました。
「保育園の先生に育ててもらったのは、子どもだけでなく“私”もなんです」。
大切なわが子を守ってくれる保育士に、こうした感謝の言葉を口にする親は、少なくありません。保育士の働きやすさを願う保護者たちが動きだしました。
(首都圏局/記者 氏家寛子)

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保育現場のリアル

保護者からの声“相談があっても忙しそう”

私たちは、人手不足に悩む保育現場について、繰り返し皆さんからの投稿をもとに取材を続けています。
これまでの記事に対して、当事者たる保育士の方々から多くの声を寄せていただきましたが、そこには自分たちの子どもを保育所に通わせている保護者からの声も含まれています。
それを読むと、保育士の働き方を心配する内容が多いのがわかります。

「本当は疲れていると思うが、いつも笑顔の対応で頭が下がる」(子ども 5歳・1歳)
「先生に気遣いの言葉をかけたら涙を流していた。相当の緊張感と責任を持って日々の仕事に臨んでいるのだと思う」(子ども 6歳・3歳)

一方、人手不足が園の運営に影響を与えているのではないかという指摘も。

「相談があっても忙しそう。親も慌てて伝えるので伝わったか不安」(子ども 5歳)
「登園時、園庭で遊び中の子が三輪車ごと穴にはまって転び起きられずに困っていたが他の子たちにかかりきりで誰も気づいていなかった」(子ども 4歳)
「毎週のように友達にひっかかれて帰ってくる1歳の息子を見るのがつらい。言葉が出ずにとっさに手が出るのだと思うので、子どもの気持ちを受け止めてくれる先生がもう1人いればトラブルなくなるのでは」(子ども 1歳児)

保育所はわが子が一日の大半を過ごす生活の場です。
「子どもを安心して託すことができないと働き続けられない」という声や、子どもの「産み控え」につながりかねないという意見もありました。

「保育士の配置がギリギリだと子どもの遊びや暮らしにもしわ寄せが来る。この保育園で良いのか心配になったり預けたりしないで自分で見た方が良いのかもと思うことがある」(子ども 2歳・0歳)
「先生の大変さが最終的に子どもに影響する。安心して預けられればまたもう1人生むことを考えたいですが今のままでは無理」(子ども 3歳・1歳)

子どもを預かるだけではない 親の心も支える保育士

保護者たちにとってもひと事ではない保育士の現状。私は、ある保護者のもとを訪ねました。

名古屋市の下里世志子さんです。
下里さんは、こんな言葉を口にしました。
「保育園の先生に育ててもらったのは、子どもだけでなく私もなんです」

下里さんは、保育園児と小学生2人のあわせて3人の子どもを育てています。美容室を経営しているため、それぞれ生後57日目で保育所に預けて復職したといいます。
仕事と子育てを両立させる必要があった下里さんが頼りにしたのが保育士でした。

保育所で離乳食を食べる3男

ミルクをあげるときの哺乳瓶の角度から、離乳食の進め方まで、育児全般について多くの相談にのってもらってきました。

初めての育児はわからないことばかりでしたが、送り迎えの時間や連絡帳を通じて保育士とのやりとりを重ね、自信をつけていったといいます。

下里さんは「子どもといっしょに自分も“母親”として育ててもらってきたんです」と振り返りました。

下里世志子さん
「いちばん上の子が生まれる数日前に、自分の父が亡くなったんですね。そのショックもあったのか母乳も全然出なくて気に病んでいました。でも保育所に連れて行くと、『ミルクでいいですよ、罪悪感なんて持たないで』と言ってもらえて、子育てのプロからの言葉は本当にありがたく感じました。
大変だった時のことも笑って話せるのは、先生たちに寄り添ってもらったからです。私のママ友に、保育所を“第二の実家”と表現した人がいるんですけど、私は実家の母以上にいろんなことを相談してきました」

下里さんが「先生との交換日記みたいな感じです」と言って、見せてくれたのは、長男が0歳のころに保育所とのやりとりに使った連絡帳です。
そこには、初めて歯が生えたことを一緒に喜ぶコメントや、日々の子どもの成長の様子が、時にはイラストも交えながら、ていねいに記されていました。

長男の連絡帳に並ぶ保育士のコメント

子どもの保活には苦労したという下里さん。
しかし、今の園の子どもをのびのび育てるという方針は、とても気に入っているといいます。

下里さんが保育所に子どもを迎えに行く様子も取材させてもらうと、クラスには子どもたちの活動の予定や報告が、ボードやおたよりを使って紹介されていました。

働きやすい保育現場へ 保護者も声をあげる

保育士たちと、いわば二人三脚で子育てをしてきた下里さんがずっと気にかけているのが保育士たちの忙しさです。

以前の保育所では、子どもと丁寧に向き合ってくれていた保育士が心を病んで休職してしまったこともあったといいます。

そんな保育士たちのためになればと、下里さんはほかの保育所の保護者たちと協力し、ことし4月から6月にかけて、愛知県内の保育施設を利用する保護者に対し、保育環境などに関するアンケートを実施。およそ1400人の保護者が回答しました。
その結果、「子どもを園に預ける中で、職員が足りていない、または余裕がないと感じる場面に遭遇したことがある」と回答した保護者は8割に上ったのです。

下里さん
「一生懸命仕事をしてくれる先生ほど頑張りすぎてしまうことはあると思います。先生自身もつらいだろうし、慣れ親しんだ先生がいなくなってしまうのは、親も悲しい。そして、その気持ちを言葉にすることが難しい子どもは、突然、保育所に行き渋りしたり不安定になったりすることもあります。国の配置基準を改善し、先生たちがもっと働きやすい環境で、長く楽しく働けるようになってほしい」

地域の子育て 支援する役目も

実は今、保育所には、こうした保護者に加えて、地域の子育てまで支援する役割が求められています。
厚生労働省は4年前の2018年に「保育指針」を10年ぶりに大幅に改定して施行。さまざまな保育ニーズを考慮し、保育所に求められる役割について、「保護者に対する支援」から「子育て支援」に改めました。

核家族化や地域のつながりの希薄化によって、子育てで頼る人がいなかったり、育児に不安を抱えたりする人などに対して、専門性を生かして、相談に応じたり一時預かりしたりする役割が求められているのです。

また、外国籍の家庭や発達支援など個別のニーズへ対応や児童虐待の疑いがあるケースついて児童相談所などと連携して適切な対応を図ることも示されています。
ただでさえ、保育士が足りない現状のなかで、保育所が担うべき役割はどんどん大きくなっているのです。

下里さんが利用する保育所の宇佐美さとみ園長に話を伺いました。
宇佐美さんの施設では、名古屋市が独自に設けた補助制度を活用して、国基準よりも手厚く配置しています。

園内には、在園していない子どもでも遊ばせることができる「子育て支援センター」も設けられています。
さらに、保育士などが保護者の育児の悩みにアドバイスしたり、子育て情報を提供したりしています。

宇佐美さんは「どの地域、どの園でも手厚い保育ができるよう、国の配置基準が改善されるのが望ましいですね」としながらも、こう答えてくれました。

保育所 宇佐美さとみ園長
「子育てする人はいろいろ迷って悩んだり心配になったりすることはいっぱいあると思います。ネットには情報があふれていますが、保育所にはこれまでの知恵など財産がたくさん詰まっているので、それをお渡ししたいです。
保護者とやりとりを重ねて、子どもが成長していくことの喜びをいっしょに分かち合うことで、子育てを苦労ばかりではなく楽しいこともあると感じてもらえると思いますし、あすも頑張ろうという力になったりするのかなと思います」

保護者ができることは…

今回の取材を終えて感じたのは「保育士の負担を減らすため、保護者は、どんなことができるのか」ということです。

ある保育士から、「保護者にも“保育所の適正利用”に協力してほしいです」という投稿がありました。
具体的には、仕事帰りの買い物や兄弟の習い事の送迎のための利用を控え、可能な限り早めに迎えに来ていただけないかというものでした。

一方で、保護者の中には、仕事のためどうしても長時間子どもを預けざるを得ないケースもあると思います。
時短勤務制度に子どもの年齢制限があったり、リモートワーク、フレックス制度がなかったりして、柔軟な働き方が難しいがゆえ、長時間保育所を利用せざるをえない人です。

保育の専門家は、女性の働き方が変化してきたことで、子どもの預かり時間が長くなっていることも保育士の長時間労働の背景にあると指摘しています。
これらの問題は保育所と保護者だけで解決するものではありません。
みなさんはどう考えますか?私たちは引き続き皆さんの投稿をもとに取材し、解決への糸口を探りたいと思います。

ぜひご意見をこちらの 投稿フォーム よりお聞かせ下さい。

  • 氏家寛子

    首都圏局 記者

    氏家寛子

    岡山局、新潟局などを経て首都圏局 医療・教育・福祉分野を幅広く取材。

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