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若い保育士の離職相次ぐ 20代保育士「子どもの前で笑えない」

シリーズ(6)保育現場のリアル
  • 2022年11月4日

短大を卒業し“大好きだった先生のようになりたい”と保育士の道を選んだ20代の女性。
しかし、気がついた時に“子どもの前で笑えない孤独な保育士になってしまった”といいます。
いったい何が20代の保育士たちを追い詰めているのでしょうか。
(首都圏局/ディレクター 今井朝子)

私たちも“崖っぷち”20代保育士たちの叫び

私たちは「崖っぷち保育」をきっかけに、保育現場の厳しい現状とその背景について、皆さんからの投稿をもとに取材を続けています。

そこで気になったのが、離職を考えたり、経験の少ないなか不安を抱えたりしている20代、30代の若い保育士たちの悲痛な声でした。その一部を紹介します。

保育の現場はいつも人がぎりぎりの状況で、休憩はもちろんない、昼食も子どもたちととるのでほっとした時間はなく張りつめているのが日常でした。
人がいれば…少しでも休憩できる場所があれば…。
やりがいはありましたが常に全力疾走。この仕事を選んでたくさんのことを得られたけれど、子どもを一人で育てることになったときなど、拘束される時間、給与面などを考えたら、違う仕事につくべきだったと思うこともあります。(東京 20代 元保育士)

今、2歳児を担当しています。子ども13人を正規保育士2人で見ています。この時点で国のラインを超えていますが、補助で入る保育士は免許がないバイトや保育の資格のない人。園長も本社も見て見ぬふり、これが現実です。(東京都 20代)

最初に勤めた保育園で子どものアレルギー対応で失敗してしまい、自分を責めながら、つらい気持ちを押し殺して働いていました。同僚から軽蔑されるようになり「向いていないからやめたほうがいい」と言われ病院に行くようすすめられました。
うつの症状がみられると言われ、保育園にいられない雰囲気になり、辞めました。今3つ目の園で勤めています。子どもの成長を見るのはとても楽しい…その気持ちで、なんとか働くことができています。(茨城県 20代 現在3園目)

“いつも楽しく遊んでくれる” そう思われたかった

若い保育士たちは何に追い詰められているのか、その理由を知りたいと、声を寄せてくれた20代の女性を訪ねました。

女性は、民間の認可保育所で正社員の保育士として働いていました。幼稚園の頃、先生が大好きであこがれの存在だったといいます。
いつしか先生のように子どもを楽しませてあげられる保育をしたいと短大で「保育」を学び、卒業後、念願だった保育士の道を歩み始めました。

そんな彼女が今年7月、保育士を辞めたというのです。
まず、その理由を伺うと、少し言葉を選びつつ、「子どもたちがやりたいように遊ぶっていうのは本当に大事なことなのに現実には本当に難しくて…」と語り始めました。

女性
「少しずつ、つらさが募っていって。気分がふさぎ込みがちになって、情緒が保てなくなるというか、生理も2か月なくなったり、気がついたら涙が自然と流れたりするようになって」

女性をそこまで追い詰めたものは、何だったのでしょうか。女性は、2年目になってすぐ12人いる2歳児クラスを新人保育士と2人で任されることになります。不安を抱えながら手探りの毎日、保育現場の厳しさを痛感したといいます。

「怖かったですし、実際に保護者の方も“あのクラス大丈夫なのか”みたいなお話もあったと思いますし、そう言われて当然だと思うんです。一生懸命やったんですけど…。
今思うと発達の段階とか十分理解できていなくて、すごくかわいそうだったなと思って。まだ上手に手をつなげない子どもたちを連れてお散歩に行くのもすごく怖かったし、子どもたちどうしで傷つけてしまったりとか、食事中にちょっとつまりかけたりとか。まだまだ大人の手を必要とする年齢の子が大勢集まって、その子どもたちを限られた人数で見る、厳しいなと思いました。
保育士ひとりひとりが育ってから初めて子どもたちと向き合えると思うんですけど“みんな自分で獲得していって、自分で育っていって”みたいな状況で」

同世代とのキャリア形成のギャップ

また、彼女を悩ませたのが同世代とのキャリア形成のギャップだったといいます。
同じ時期に就職してキャリアを重ねていく友人たちと会話するたびに、保育士という仕事に対する“評価の低さ”を痛感したといいます。

「貰ったお給料の話とか、友達、同級生とかとたまにするんですけど、その中でやっぱり冗談交じりでこれしか貰ってないよとか、これだけだったよみたいな話しをするんですけど、本当に蓋をあけると全然貰ってなくて。
でも、それでも保育の職種からしたら私は少ない方じゃなかったんですよ。でも一般企業というか保育じゃない仕事をしてる子とかより、『それは少ないね』って言われたりとかすると、やっぱり同じ会社員というか社会人として、同じ時間だけ熱量を注いでるはずなんですけど、金額で示されちゃうと“そんな仕事なのかな”って思わされちゃうというか。
初任給の時は、結構前ですけど手取り本当アルバイトみたいでした。13万とか。で、そこから制度が変わってちょっとプラスされただけなので。今新しい新卒の子がどれぐらい貰ってるかとか分からないのですが、それでもやっぱり絶対20万は超えてないし…

妻として、保育士として…

さらに、女性の苦しみは“結婚”という新たな門出を機に増していきます。
保育士を始めて4年ほどたったころ、女性は結婚しますが、正社員としてフルタイムで働きながら、結婚生活の両立をはかろうとしましたが、うまくいかなかったといいます。

「生活は、買ってきたご飯ばっかりだとか、そういうのが続いてけんかになったりしたときに、私がすごくヒステリックになったりだとか。朝早かったのに帰りが遅いとかっていう状況が続いてしまって。やっぱり一緒に生活している中で、夫婦でもちょっとズレというかすれ違いが起きてしまった。お互いに忙しく過ごしている方はたくさんいると思うんですけど、自分の生活を保ちながら仕事もやっぱり完璧にやらなきゃっていうところは、苦しかったですね」

心と体に不調が…でも相談相手がいない

少しずつ妻としての不安、保育士としての不安を抱えながら迎えた20代後半。
女性は、心や体に不調のサインが出るようになってしまいました。

「部屋からいっときも離れることができず、トイレに行く際は、交代を頼んでいました。しかし、その作業もおっくうになってしまい気付いた時には膀胱炎になっていました。誰かと協力して保育ができていたらそういう状況にはならないんですけど、何でも1人でやらなきゃっていう状況が自分にはつらかったですね。トイレに行く手段を作るのも、自分で内線電話をして交代をお願いするという状況が毎日だったので。
保育園でも本当につらい時は泣いたりとかもしていたんですけど、ちょっと悟られないように。うつっていうか、つらい気持ちを隠しながら先生をやるのがどうしてもしんどくなって」

女性は、この夏、8年間勤めた保育園を辞めました。
「どうしてこうなったと思いますか?」と聞くと、彼女は「自分より少し上の先輩で身近に相談できる人がいなかった」と打ち明けました。

「とにかく一緒に考えてくれる人が欲しかったですね。職場で。1人では抱えきれなかったので。私の場合は、より多くの保育士と保育の相談をしながらチームみたいな形で1つのクラスを見ていきたかったっていう思いがあった。
自分たちがつまづいた時に相談できる先輩が、自分も年を重ねるごとにどんどんその存在がいなくなった。
自分もスキルアップしていく中でそういう事って自分で解決しなきゃいけなかったと思うんですけど、ちょっと対応に困ったお子さんとかの時に、『きょうこういうふうになっちゃったんですけど、どうやって関わってあげたらよかったですかね』とかっていう相談がなかなかできず、直接すぐに助けてくれるっていう存在はいなくて。スピード感なんですけど、もう毎分毎秒その子に対してもっと関わってあげたいというか、一緒にアドバイスというか一緒に考えてくれる存在がただ欲しかったなっていうのはあります」

保育士の離職率は他業種と比べて、突出して高いわけではありません。ただ、経験年数8年未満の保育士に限ると、離職率ははねあがります。その理由についても改めて聞いてみました。

「やっぱりみんな若いうちに学校を卒業して保育士になって数年やってみて、これは大変だってなって離職していく子がほとんどだと思うので。そのことがきっと中間層の人がいないっていう状況の原因の一つだと思います。
それこそ子育てで離れるっていう同僚もいました。続けるのは難しいよなって。私も実際実家暮らしで手放しに自分が仕事に集中できる環境だった時は、すごくまい進していたいうか意欲的にというか、仕事を楽しみながらできてた部分があったんです。いざ自分の生活を持った時に、生活を保ちながら保育の仕事を続けるのってものすごく大変で。それも社会人だから当たり前っていう部分もあるんですけど、それにしても負担が大きい仕事なので」

理想は“遊んでくれた先生” かけ離れた現実

保育士に憧れていた学生時代、思い描いていたのは幼稚園だったころ、一緒に遊んでくれた先生の姿でした。一緒に、どろだんごを作ったり、鉄棒でじっくり遊んだり、飽きるまで工作したり、先生と過ごした時間がすごく楽しかったといいます。そんな保育を志しながら、現実はそれとかけ離れたものでした。

辞める時に保護者や同僚など、たくさんもらったプレゼント。
その中には卒園したある子どもからこんな手紙がありました。

「いつも優しくにこにこしていてすてきな先生だと。
私も保育士になりたい。先生のようになれたらいいなと思います」

何度も手紙を読み返す女性の姿を見て、私は思わず「この子どもは、あなたが保育士になったきっかけと同じですね」と声をかけました。すると女性は手紙を見つめながら私にこう答えました。

「胸をはって、なりなよって言えたらいいんですけどね」

女性はなんども「気持ちがすさんでいると、子どもたちに対して優しい受け答えとかするのも苦しくなってしまい、自分がいらだった状態で子どもたちに接するのは本当に良くないことだと思っていた。自分のことよりまず子どもたちのことを考えるのが私たち保育士」と私に話してくれました。

女性は保育士の仕事を諦めきれず、戻ることも検討しています。
そんな彼女がゆっくりでいいので、みずからが思い描く保育に近づけるといいなと思わずにいられません。20代の保育士たちが、結婚しても子どもを生んでも働きやすい保育現場を実現するにはどうすればいいのか、一緒に考えていきたいと思います。

意見をお寄せください

子どもたちは保育士の先生をどう見ているのでしょうか。私たち保護者にできることは何でしょうか。
これからも取材を続けます。ぜひご意見こちらの 投稿フォーム よりお聞かせ下さい。

  • 今井朝子

    首都圏局 ディレクター

    今井朝子

    2019年入局。報道局(おはよう日本)を経て2021年から首都圏局 。教育や医療を中心に取材。不登校や虐待、子どもの人権について取材を続ける。

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