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相次ぐ保育士の離職 ひだまりのような保育をしたかったけど…

シリーズ(5)保育現場のリアル
  • 2022年10月28日

子どもたちのことが大好きだという40代の女性。

大学卒業後、一度は企業に勤めたものの、一念発起して保育士の資格をとりました。
「子どもたちのために」と30冊もの絵本をみずから買いそろえたという女性。

そんな彼女が5年前、保育士を辞めました。なぜなのか?
彼女は涙を浮かべながら「疲れ果ててしまいました。本当はひだまりのような保育をしたかったのに…」と打ち明けました。
(首都圏局/ディレクター 今井朝子・記者 浜平夏子)

離職・離職を検討 投稿相次ぐ

私たちは「崖っぷち保育」をきっかけに、保育現場の厳しい現状とその背景について、皆さんからの投稿をもとに取材を続けています。
そこで気になったのがすでに離職したり、離職を考えたりしている保育士からの投稿の多さです。

「今年の夏に現場から離れました。保育士不足の中の激務により続けることが困難になったからです」(埼玉県 50代 元保育士)

「保育士の仕事はこんなにも大変で、なんて報われない仕事なんだとがっかりしました。もっと子ども一人一人を尊重できるような体験をさせてあげたいのですが、今の配置基準では不可能です。
大人の都合で、制約のある保育園生活をさせられる子どもたちもかわいそうです。先輩は結婚すると辞めていくので、仕事で不安を抱えても、私たち若手とベテランだけになってしまって、身近に相談できる人はいませんでした」
(神奈川県 20代 元保育士)​

「書類は2、3回書き直しは当たり前。でもどこがどうダメかは自分で考えて。ひどい時は2、3時間睡眠が一週間続きました。なぜなら自分の仕事は家でしなさい、職場にいる間はみんなのことをしてくださいという方針だったからです。余裕もなく心が病んで寝れなくなりました。
その後、別の園に転職。ここで頑張りたい気持ちがある反面、体力が持たず帰ってきてご飯お風呂でバタンキュー。朝早めに起きて持ち帰りの仕事をするのがルーティーン。やりがい搾取だけではなくもっと保育士が楽しく働ける職場づくりを国も考えていただきたい。このままだと続けていける自信がありません」(兵庫県 20代 保育士)

「今年度で退職することにしました。毎日、精神をすり減らしながら保育をし、勤務時間内で終わらない仕事は持ち帰り、リフレッシュもできないまま翌日また出勤の生活です。疲れがたまりイライラが募って職員同士の関係がギクシャクしてしまいます。その雰囲気が子どもにも伝わり…悪循環です」(40代 保育士)

ずっとなりたかった保育士なのに

いったい保育士に何が起きているのか。
私たちに声を寄せてくれた40代の女性を訪ねました。

彼女は、民間の認可保育所などで保育士として働いていました。
しかし、女性は5年前保育士をやめました。

「私は子どもたちのことが大好きだったのです」
今でもこう話す女性。

私たちに大事そうに見せてくれたのは、やめた時、保護者から贈られた手紙の数々。
そこには、「先生の大ファンです」「感謝しています」の文字が並んでいました。

“子どもたちや保護者に好かれていたんだな“心からそう思いました。
そこでどうしても率直に聞きたくなりました。
「先生、どうして保育士をやめたんですか?」

その問いに女性は涙をためて答えてくれました。

女性
「ひと言で言えないのですが、体力と疲れ。いろんな面で疲れてしまいました。わたし子どもいないんですけど、でももし自分が子どもがいたとしたら保育所に預けたくないって思ってしまったことがあったんです。それがとても苦しくて…」

女性をそこまで追い詰めたのは、何だったのでしょうか。
女性は、大学卒業後、一般企業に勤めましたが、心に秘めていた保育士になりたいという思いを実現しようと、30代で保育士の資格を取得しました。ずっとなりたかった保育士。厳しい現場だと聞いてはいたものの現実は想像を超えたといいます。

女性
「栄養学や心理学などいろんなことを学んで、期待をふくらませて現場に入ったんです。国が示す保育指針と現場が乖離していて、まずそこに衝撃がありました。具体的には、保育指針には子どもを膝に乗せてゆっくり本を読むとか書かれています。でも、現場に行くとそんなことができる余裕はなかったのです。人手が足りず、一斉保育というか、子どもたちをまとめる保育になりがちでした」

お散歩が怖い

当時、女性は1歳児クラスの担任をしていました。国の配置基準では1歳児12人を保育士2人でみることになっています。
女性が勤めていた保育所には園庭がなかったため、敷地の外に子どもたちを連れて行く散歩は毎日の日課でした。しかし、その散歩の時間が怖くてたまらなかったと言います。

女性
「本当に毎日散歩が怖くて、子どもたちの命を守らなければと、常に緊張していました。
散歩は、カートではなく散歩用のリングをにぎってもらい歩いてもらっていました。1歳児は歩きも慣れていないうえに、靴が脱げてしまう子もいました。2人の保育士では対応しきれないと思い、もう1人保育士をつけてもらうよう園側に要望したのですが、『人手が足りない』と言われました」

ひだまりのような保育がしたかった…

さらに、女性の保育所には保育のために使える予算にも限りがあったといいます。
そのため新たなおもちゃが買えず、女性は100円ショップで材料を購入し、みずからおもちゃを作ることもありました。

また、新設の認可保育所で勤めたときは、月齢にあった絵本がほとんどなかったため、みずから絵本を購入していました。「これはその一部です」と私に見せてくれた絵本の数々。その数は30冊以上にのぼりました。

女性
「私がいたとき乳幼児向けの絵本はほとんどなく、「おおきなかぶ」や「3びきのこぶた」の絵本は読んであげたくて自分で買いました。子どもたちと一緒にかぶを引き抜く遊びをしたり、オオカミになってわらぶきの家を吹き飛ばすまねをしたり、とても楽しかったです」

5年間、保育士として働いた女性。やりがいを感じながらも心や体をすり減らした女性は、ついに保育士をやめることにしました。

「一緒に働いていた同僚の保育士、そして園長を責めるつもりはありません。子どもたちのことは今も大好きです」と話す女性。

私たちとの別れ際に、こう訴えました。

女性
「もっと保育士と子どもたちとの時間を作ってほしいのです。私は、ひだまりのような保育、乳幼児期の大切な時期に家庭の代わりになるような場所を提供したいと思って保育士になりました。現実は、流れ作業のような部分もありました。1人1人の気持ちを受け止めたかったのですが、どこまでできたか…」

保育士の離職はどのくらい?その働き方は?

この女性のように、離職する保育士たちはどのくらいいるのか。
国のデータをみると、離職率は9.3%(平成29年時点)となっています。これは他業種と比べてみれば、それほど高いものではありません。

ただ、気になったのが離職者のうち、経験年数8年未満の保育士が半数近くを占めているという実態です。民間の保育所だけでみると、経験年数8年未満は半数を超えているのが実情です。

こうした背景について、保育に詳しい大阪教育大学教育学部の小崎恭弘教授に取材してみました。

大阪教育大 小崎恭弘教授
「保育士の配置基準の問題が根底にある。厳しい現場に指導者や経験者が育たない。その中で、思うような保育ができず、保育士がやめていくという現状。さらに、急速な待機児童対策のもと保育施設が増えて、そもそも保育士の人手が足りないところに、経験年数の浅い人ばかりが現場で働くことになる。個人の努力ではどうにもならない」

いつも笑顔のあの保育士の先生も、同じ思いを抱いていたのか…
子どもを保育所に預けている1人の保護者としても、心が痛む取材でした。
取材するなかで、「人手が足りずトイレにも行けず膀胱炎になった」という声も何人もから聞きました。膀胱炎が職業病なんてあんまりだと思います。

意見をお寄せください

子どもたちは保育士の先生をどう見ているのでしょうか。私たち保護者にできることは何でしょうか。
これからも取材を続けます。ぜひご意見こちらの 投稿フォーム よりお聞かせ下さい。

  • 今井朝子

    首都圏局 ディレクター

    今井朝子

    2019年入局。報道局(おはよう日本)を経て2021年から首都圏局 。教育や医療を中心に取材。不登校や虐待、子どもの人権について取材を続ける。

  • 浜平夏子

    首都圏局 記者

    浜平夏子

    2004年(平成16年)入局。宮崎局、福岡局、さいたま局を経て、2020年から首都圏局。医療取材を担当。  

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