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変わらない配置基準なぜ? 国に聞いた 保育士のリアルに密着

シリーズ(2)保育現場のリアル
  • 2022年10月4日

“崖っぷち保育”と題した漫画を通じて、先週、私たちは人手不足に悩む保育所の日常をWEB記事で紹介しました。すると、多くのご意見をお寄せいただきました。ありがとうございます。近く詳しくご紹介します。
保育所のふだんの様子は、コロナ禍ということもあり、わが子を通わせる私(記者)もなかなか目にする機会はありません。早速、保育所を訪問し、そのリアルな日常を取材して感じたのは、保育士の配置基準がおかしいのではないかという疑問。
国の担当者に聞いてみると…
(首都圏局/記者 氏家寛子)

3歳児クラスに密着

先月(9月)、私が訪れたのは名古屋市にある認可保育園「けやきの木保育園」。
園内に入ると、子どもたちのにぎやかな声が飛び交っていました。
この保育園には、0歳児から5歳児の125人が通っています。
取材させてもらったのは3歳児のクラスです。

21人が在籍していますが、担任として配置されていたのは2人の保育士でした。
これを聞いた時、私は「手厚い配置なんだろうな」と思いました。

なぜなら国の基準では3歳児の場合、1人の保育士がみる園児の数は20人。
これと比べると、ほぼ半分(10人余)の園児をみればいいことになります。
ところが、そうした思いはすぐに打ち砕かれました。

朝の会のあと始まったのは、自由遊びの時間です。
まもなく同時多発的に子どもたちから“かまって”という声があがります。1人を相手にしているともう1人、さらにもう1人と息をつく暇はありません。

さらに、そんななか「トイレ」とさけぶ子が。
この年齢の子どもは特に発達に差があり、排せつを自分でできる子や汚してしまう子、それぞれいるそうです。手伝いを必要とする子どもを連れて部屋を離れかかりきりになる場合もあり、そうした時にはバタバタするだけでなく緊張もするといいます。

しかし、子どもたちはそんなことはおかまいなし。
散らばったおもちゃを拾い集める保育士のことは気にせず、楽しそうにまた散らかしていきます。

保育士は“千手観音”だった 

午前11時半、昼ごはんの時間となりました。この時間がまさに修羅場でした。

食事を取りにきた子、おかわりが欲しい子、減らしてほしいと訴える子。
食事前の着替えに時間がかかる子、食べたくないと寝転ぶ子、友達とけんかして泣く子、などなど。

保育士
「この時間帯だと姿勢が崩れてきたりするのを『ちゃんと座るよ』とか、『スプーンの持ち方こうだよ』というのも伝えたかったりして。いろいろやりたいことがあるんですけど」

前回、私(記者)が紹介した現役保育士が書いた漫画の中で、給食の時間の保育士は“千手観音”にたとえられていました。(シリーズ(1)保育現場のリアル)目の前で繰り広げられた光景はまさにそのとおりです。保育士が2人いても、てんてこまいです。それでも保育士たちは、子ども一人ひとりの声にきちんと耳を傾けていました。

食事が終わったらお昼寝タイム。
寝静まったのを見計らい、2人の保育士は事務作業を一気に片づけていきます。
時間を見つけて交代で休憩時間に入り、ようやく一息つけました。

保育士
「子どもが寝ている時だけ、こうして事務作業や交代で休憩をとることができます。起きている間はちょっと難しいですね」

子どもの発達支える 保育の現場

半日密着させてもらっただけでも、その大変さは想像以上でした。
しかし、思い出してください。この園では国の基準より手厚い保育士の配置をしています。そこでさえ、こんな光景が日常的に繰り返されているとは。

保育の様子の取材を終え、園を運営する法人の理事長を務めている平松知子さんに感じたことを率直に伝えると、子どもたちの“気持ちを受け止め、大切にしてもらえたという安心感”が 子どもたちを育むのではないかと話しました。

「けやきの木保育園」を運営する法人 平松知子理事長
「どうしてもギリギリの人数でやっていると、『ちょっと待ってて』ということになり、子どもも“受け止められ感”が全く得られません。そうすると、余分なことをやったり外に行ってみたくなったりするんです。私たちは子どもの発達を専門的に学んでいるので、そういう子どもの気持ちが分かるだけにすごく歯がゆいんです。心の機微をちゃんと分かってもらえたことが積み重なった人と、今はダメ、我慢しなさいといわれて育った人とでは、大人になっても全然違うと思います」

この保育所では子どもたちのさまざまな要求を極力否定することなく、まずは受け止めるよう心がけていました。子どもの発達をどう支えるかという視点は、子育て中の身としても、とても考えさせられました。 

実際の保育士数より少ない人件費

ただ近年、虐待の問題やコロナへの対応など、保育士たちが取り組まなくてはならない課題は増えるばかりです。それでも簡単に人は増やせません。
保育士の人件費は国や自治体が負担しますが、配置基準をもとに計算した人数分しか出ない仕組みとなっています。
ただ、基準どおりの保育士ではやっていけないため、園の側が増えた人件費を負担したり、保育士1人あたりの手取りを減らしたりするなどして、ギリギリの経営を余儀なくされている保育所は少なくないといいます。

取材した保育所も、1人でも多く保育士を配置するため正規の職員を1人配置する代わりに、ベテランのパートの職員を2人配置するなどしてやりくりしているそうです

見直しは… 財源不足で実現せず

取材を進めるほど、「なぜ国は保育士の配置基準を見直すことができないのか」と思ってしまいます。国は0歳児以外では、50年以上も保育士の配置基準を見直していません。

これについて、所管する厚生労働省と内閣府の担当者にその理由を聞きました。

配置基準についての省令を定める厚労省は…

厚労省の担当者
「基準を変えて配置すべき人数を増やすことは当然望ましいことに思えますが、地域によっては、必要な保育士が確保できない可能性があります。そうなると、基準を守れず運営できなくなる園が出かねません」

基準を見直さなくても、手厚く配置した分の人件費を上乗せできるのではないか。
保育所の運営費に関する予算を担当する内閣府は…

内閣府の担当者
「特に厳しいと指摘された3歳児については平成27年度から15対1に配置した場合、上乗せして給付しています。これは消費税を8%に引き上げた際の財源を充てました。しかし、1歳児と4・5歳児については安定財源の確保が課題となり、毎年度、予算確保に取り組んでいますが、実現できていないのが現状です」

独自に手厚く配置する自治体も

国による基準が変わらないなか、自治体の中には、独自の財源で保育士の配置を増やしているところもあります。
東京・23区の多くの自治体は1歳児では、国の基準は6:1のところを5:1で運用しています。
手厚さが目を引くのが横浜市です。人口370万人の大都市で、認可保育所に通う子どもは6万3千人に上ります。ここでは、0歳以外のすべての年齢で手厚くし、人件費を補助しています。

横浜市の保育士配置基準
0歳児 3:1(国は3:1)
1歳児 4:1(国は6:1)
2歳児 5:1(国は6:1)
3歳児 15:1(国は20:1)
4,5歳児 24:1(国は30:1)

横浜市は、この政策のために毎年78.5億円の予算をあてているということです。
横浜市のような取り組みは、保育所にとっても、保護者にとっても望ましく感じられますが、財政状況が厳しい中、どの自治体でも横浜市のようにできるわけではありません。
平松さんも住んでいる場所で受けられる保育に差がつく、いわば「保育格差」を生まないためにも、国による基準の見直しは必要だと指摘します。

平松さん
「保育士はみんな奮闘しています。ただ、やっぱりこのしんどさの源、子どもの気持ちを大事にできないこの基準が、一番直してほしいところです。どの地域のどの園に入ったかによって受けられる保育の質が違ってしまうというのはあってはならないことだと思います」

取材後記

取材の中で印象的だったのは、「子どもの成長を、私たち保育の現場だけのものにせずに保護者とコミュニケーションをとって、『この子がこういうふうに育っているとちゃんと伝えたい」と切実な思いを語る保育士のことばです。親としても、ようやく仕事を終えて保育所に迎えに行き、子どもの顔を見てホッとした時に、「◯◯くん、きょうこんなことがあってね」と具体的なエピソードを聞けるとうれしい気持ちになります。しかし、現実は、朝夕の人手が薄くなる時間帯に保護者とゆっくり話をする時間がなかなかとれないといいます。取材を通じて、配置基準の改善は、保護者にとっても大切な問題だと改めて感じました。

みなさんの子どもたちが通う保育所はどんな状況でしょうか。
また、保育の現場で働くみなさんの意見もぜひこちらの 投稿フォーム よりお聞かせください。

  • 氏家寛子

    首都圏局 記者

    氏家寛子

    2010年入局。岡山局、新潟局などを経て首都圏局に。 医療、教育分野を中心に幅広く取材。

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