WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. うつ病 ネット依存… 高校の授業で「精神疾患」どう教える?

うつ病 ネット依存… 高校の授業で「精神疾患」どう教える?

  • 2022年8月12日

うつ病や統合失調症、ゲーム障害などの精神疾患。5人に1人は、生涯の間になんらかの精神疾患にかかる中、その半数は14歳までに発症するといわれています。こうした中、今年度から、高校の保健体育の科目で精神疾患の授業が始まりました。いったいどんな授業が行われるのか、授業導入の背景とは…。ある高校の初めての授業を取材しました。
(首都圏局/ディレクター 岩井信行)

授業導入 背景には「偏見・スティグマ」と「相談・受診控え」

皆さんは、こんな書き込み見たことはありませんか?
「精神疾患」への誤った知識から、SNSなどで相次ぐ中傷。そのことばが広がってしまうと、さらにまた誤った知識が植え付けられてしまうという連鎖…。
学習指導要領の改訂を行ったスポーツ庁の担当者は、「精神疾患」は、特に若い世代での発症率が高いことから、こうした事態への対策として教科書に記載し教えることの重要性を強調しています。

スポーツ庁 横嶋 剛 教科調査官
「自分も精神疾患にかかるかもしれないし、家族や友人など周りの人がいつかかかってもおかしくないことは知っておく必要があります。精神疾患について理解することによって、偏見や差別をなくしていくということが期待されます」

10代の早い時期に、精神疾患の特徴や対応をきちんと学ぶために取り入れられた精神疾患の授業。
今年度から発行された新しい教科書には、うつ病や特に若い世代で増えている摂食障害、ゲーム障害のほか、SNSの依存症なども取り上げられています。ネットの普及に伴う懸念にも触れながら、誰もがかかる可能性があることを記しているのです。

また、精神疾患をめぐっては、気分の落ち込みや食欲がわかないなど、兆候となる症状があっても、周囲に相談せず、受診も控えがちという実態もありました。教科書では、心身に不調を感じたら周囲に相談することや、たとえかかったとしても適切な対応により回復が可能だということが特に強調されています。

教えるのは体育の教員 手探りの指導準備

精神疾患について生徒たちにどう教えるか、教育の現場では模索が始まっています。
取材をしたのは、群馬県の桐生第一高校。霜村誠一教諭は、普段は体育を担当する教員です。「保健体育」の授業は体育の教員が担当するのが一般的ですが、霜村教諭自身はこれまで精神疾患について学ぶ機会がなかったため、どうすればうまく伝えられるか手探りで準備をしていました。

桐生第一高校 霜村 誠一教諭
「知らない言葉も多いですし、準備のために本を読んで勉強しました。生徒だけじゃなく教員としても考えさせられるきっかけになると思います」

霜村教諭には、教員になって間もないころの苦い経験があります。
運動部に所属する、ある生徒が心の不調を訴えてきたとき、一見元気そうだったため、悩みに寄り添えないまま、部活に励むよう声かけしたといいます。「ひょっとしたら生徒は話を聞いてもらいたかったのではないか…」そうした自分の経験も重ねながら、どう授業をするか考えていました。

霜村教諭
「“心の不調を相談してもいいんだよ”という姿勢を持てていなかったという自分の後悔があります。どういうふうに声をかければよかったのか今でも思い返しますが、自分の感覚でものを言っちゃだめだなと感じています」

心の不調を感じたらどうする…?「対話形式」で話しやすい授業を

精神疾患を生徒たちに教える、初めての授業の日。霜村教諭は普段の授業とは違う進め方をしました。心がけたのは、できるだけ「対話形式」にすることです。

教科書をもとに、うつ病や統合失調症についてどの程度知っているか、生徒に尋ね、生徒たちの反応を確認しながら授業を進めていきました。

霜村教諭

精神疾患ってどんなイメージ?

生徒

落ち込みやすい、不安になりやすい。

霜村教諭が生徒たちに見せたのは、精神科医らが監修したアニメ教材です。精神疾患についての専門的な知識をクイズ形式で解説するなどしたもので、教科書と併用しながら、わかりやすく伝える工夫を行いました。

精神科医監修「こころの健康教室サニタ」のアニメ教材・動画

また、霜村教諭は、生徒同士での話しあいも設け、自ら考えるよう促しました。重いテーマだからと敬遠せず、授業の中で生徒たちが気軽に話せる雰囲気を作ることが大切だと考えたためです。

 

もし自分がそうなった時にどうするか、後は誰に相談するか?自分事として考えてみてほしい。

すると生徒からは、次々と意見が出てきました。

生徒A

聞いてもらうことで相談すると楽になる。

生徒B

まずは親に相談して、病院にも行ってみる。

生徒C

ネットの友達に相談してみる。

 

ネットの友達、ということは直接あったことのない人ね。現代っぽいね。いいね。

霜村教諭
「精神疾患に無関心にならないことが、なにより大切だと思います。高校1年生の時点で精神疾患の特徴や対応について知ることによって、これからの人生においても、自分や家族・友人などが“もしかたら”と気づいてもらうきっかけになったのではないかなと感じています」

高校での授業 当事者たちの声は・・・ “本人にとっては繊細なので注意を”

高校の授業で取り上げられるようなった「精神疾患」。この時期から学校で教えるということについて、10代の頃、自分自身や家族がうつ病や統合失調症を患ったという当事者の方たちはどう思っているのか、話を聞きました。

ナオコさん(仮名・28歳)高校生のころ、「うつ病」の診断を受けた
「相談しやすい雰囲気を作っていくことは大事だと思う。一方で、当事者にとってはとても繊細なことで、自身の疾患や症状が授業で触れられるだけで心理的な負担を感じる可能性もある。授業を通して、友人などから誤解されないように教えていっていほしい」

シュウヘイさん(仮名・37歳) 自身が中学生のときに、母親が統合失調症を発症
「自分は、当時の母親の状況を友人や先生に話せなかったし、『相談してはいけない』ことだと思っていた。相談方法が教科書に記載されることで相談しやすくなるだろう」

子どもたちのメンタルヘルスについて、今後も継続して取材していきます。
ご意見をこちらの 投稿フォーム にお寄せください。

取材後記

取材を始めて「5人に1人が生涯のうちに精神疾患になる」という統計を知った時には、正直とても驚きました。もはや「精神疾患」が決してマイナーではない状況の中で、若者の発症が特に多く、成長の過程で周囲からの偏見に苦しむ当事者やその家族がいるという実態。高校生への授業をきっかけに、発症を未然に防ぐことはもちろんですが、そうした「生きづらさ」を感じる状況を減らすための取り組みがつながっていき、社会全体で偏見なく精神疾患を受け止められるようになってほしいと思います。
私自身、仕事をしていても、「健康であることが当たり前」という前提の中で、さまざまな仕組みが構築されているなと感じることがあります。そうした前提も柔軟に見直していくべき時期なのかもしれません。
また、学校によっては、生徒たちが相談にいきやすいよう、保健室の養護教諭と連携して授業を行おうというところもある、ということです。こうした事例も含めて継続取材していきたいと思います。

  • 岩井信行

    首都圏局 ディレクター

    岩井信行

    2012年入局。さいたま局などを経て2021年から首都圏局。子どもの貧困や社会的養護、ヤングケアラーなど、家族に関わるテーマで取材を続ける。

ページトップに戻る