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“気軽においしく”食料支援 レトルトスープで人と人をつなぐ

  • 2022年8月3日

トマトスープにポタージュスープ、薬膳がゆ。ある支援団体の女性が開発したレトルトのスープがあります。規格外の野菜や未利用魚などを材料にして作られ、生活に困っている人たちに届けたいと活動を始めています。
その仕組みを取材してみると、「レトルト」のスープを通じてつながる人と人、“気軽においしく”という新たな食料支援の形が見えてきました。
(首都圏局/ディレクター 井手 遥)

“おいしくて栄養価の高い”レトルトスープを届けたい

「レトルトスープ」を開発したのは、東京・府中市のNPO法人「シェア・マインド」の代表理事、松本靖子さんです。「シェア・マインド」は、2015年から、生活に困窮する人たちへの食料支援活動を続けていて、このコロナ禍でも、アルバイト収入の減少などで経済的に苦しむ大学生などを支援してきました。

NPO法人「シェア・マインド」代表理事 松本靖子さん

そんな松本さんが今回手がけた新たなレトルトスープには、これまでの支援活動でのもどかしい思いが反映されています。

松本さんのNPO法人の運営は、行政からの支援や寄付金を元に行っています。しかし、行政の支援は期限付きのものが多く、現在も、行政からの助成金などの支援はない状態で運営資金は不安定な状況です。また、寄付金文化の根づいていない日本では、継続して寄付金を集めることも簡単ではなく、資金繰りの難しさから、「冷蔵機能のある倉庫」を備えることもできずにきました。そのため、新鮮な肉や魚、野菜などの寄付の申し出があっても保管ができず断らざるを得なかったといいます。

松本靖子さん
「支援させてもらう食品としては、どうしても新鮮なものではなく、保存のきく、乾パンやアルファ米といった防災備蓄食品などを渡していました。新鮮な肉や魚を保管することができたなら、生活に困っている人や子どもたちに、もっと栄養があり体力のつくものを渡せるのにと悔しい思いをしてきたんです」

そうした経験や思いから生まれたのが、寄付で集まった食材を調理し、レトルト化するという発想でした。

松本さんは、小型のレトルト窯を導入し、賞味期限が少なくとも3か月保て、常温で保存できるレトルトスープを作ることを実現。子ども食堂や各支援団体に届けたり、一般販売をしたりしようとしています。

“街の知恵”結集!地元の人や学生も一緒にレシピ開発

現在、スープの種類は5種類ですが、そのレシピ開発には、地元の人たちも協力をしています。
キッチンカーやレストランを経営する人、料理人を目指す大学生、地元の魚屋など・・・、松本さんの思いに賛同し集まった人たちです。

魚屋の店主からは、カルシウムがしっかり取れるようにと、骨を生かした魚の切り方のアイデアが。
レトルトにするとき肉や魚などの臭みが強く出てしまうという悩みにアドバイスをくれたのは、地元のスパイス専門店。
街のさまざまな人たちの知恵で独自のレシピが生まれています。

松本さんは、ゆくゆくは、“街のなんでもない人”がレシピを持ち込んで試せるようにしたいといいます。

松本さん
「“だれだれさん家のおばあちゃんが夏休みに出すスープ”など、本当に“街のなんでもない人”のレシピがチャリティースープになったらなぁと思っています。だれの、どんなレシピなのか、なぜこの活動に参加してくれたのかもラベルなどで知れるようにして」

「寄付する人」と「支援を受ける人」の距離を近くする

レトルトスープの販売の仕組みにもひと工夫が施されています。それは、スープを購入すると、その一部の額が支援活動のための費用にあてられるとともに、購入されたレトルトスープと同じスープが、支援を必要としている人の元に届くというもの。
松本さんは、寄付をする人と支援を受ける人が“同じスープを食べる”ことで、両者の距離を近くすることができればと考えたのです。“相手に思いをはせながらスープを食べる”。そのきっかけを作っています。

松本さん
「“売り上げの一部を使います”などの表現では、ご自身の寄付がどのように使われているのか想像しづらいかもしれないと思い、購入していただいたスープと同じものを支援に利用するスタイルにしました。これなら、スープを食べる一口目から、同じ物をどこかで助けを必要としている人が食べている、と想像していただけるのではと思いました」

“チャリティーレトルトスープ” 私も食べてみました!

松本さんと街の人たちの思いとアイデアが詰まったレトルトスープ。私も実際に購入していただいてみました。
今回購入したのは、「野菜サムゲタン」「魚のトマトスープ」「おからカレー」の3種類です。スープは1パックで500円。ランチを600円前後で食べることが多い私にとっては、“ちょっとした贅沢”といったお値段です。

食べてみたのは、「野菜サムゲタン」。
まず印象的だったのが、パックをあけてすぐ白菜の香りが広がったこと。実家で親に手料理を作ってもらったときを思い起こさせるような香りで、その香りは食べ終わるまでしっかりと続きました。
パックを器に空けてレンジで温めるだけという手軽さながら、手作りの家庭料理をいただいている気分になりました。

味付けは、辛すぎず、胃にしみ渡るようなまろやかで優しい味。レトルトなので、肉がちょっとしわしわになっていたりするのかな?と想像していましたが、柔らかくてぷるぷるでした。ショウガも入っているので、寒いときや風邪をひいたときなどにも良さそうです。

そして、この私が購入したスープと同じものが“誰か”に届いているということを思うと、「どんな人が食べているのかな?」「誰かと一緒に食べているのかな?」「朝ごはんか、それとも仕事や学校から帰って食べているのかな?」「何を話しながら食べているのかな?」など、自分と同じスープを食べている相手のことを、いろいろ思い巡らせる自分がいました。

今まで私はお腹を満たすためだけに、さっと食事を終えてしまうことも多く、食事中にこんなにじっくり“食事のこと”を考えるのは、本当に久しぶりの経験でした。

持続可能な支援を続けるために・・・“誰でも気軽に”を広げたい

松本さんのNPO法人だけでなく、地元の人、スープを購入する人、みんながそれぞれの形で支援活動ができる“チャリティーレトルトスープ”。松本さんが、こうして誰でも気軽に参加できるように活動へのハードルを下げるのは、「支援する側が持続可能であり続ける」ためです。

これまでの活動では、ボランティアへの謝礼金や交通費を支払うため私費も投じてきたという松本さん。活動にあてる時間を作るため、他の夢を諦めたこともありました。自分を犠牲にしながら活動を続けている状況に疑問を感じながらも、なかなかそれを口にできない葛藤を抱えてきたといいます。

今回の“誰でも気軽に”参加できるレトルトスープには、そんなこれまでの疑問を少しでも解決したいという松本さんの思いが込められているのです。

最後に、松本さんに、「レトルトスープ」を通した支援のこれからについて改めて聞きました。

松本さん
「もう支援は続けられないと思うほど大変でも、困っている人たちを目の前にしたら、『この人たちはどうなっちゃうんだろう』『大変だとは言えない』と思ってきました。そして、支援に興味があると若い人が来てくれても、これまでは託そうとは思えなかったんです。だからこそ、誰でも気軽に支援活動に参加でき、続けられるようにしたい。いろいろな人たちに支援の実情も含めて知ってもらい、街のさまざまな人に関わってもらいながら、このレトルトスープを少しずつ広げていきたい」

取材後記

私は、去年の春にも松本さんを取材しました。コロナ禍で、支援が必要な困窮する学生の数は増える一方、松本さんのNPO法人「シェア・マインド」は、行政からの助成金を引き続き得ることができるかわからない状態で、松本さんは、支援継続への危機感を募らせていました。
しかし、そんな中でも立ち上げた今回の「レトルトスープ」を通した支援。松本さんは、将来的には、生活に困っている人たちのために、レトルトパックを製作する現場を一時的な雇用の場にもしていきたいと話してくれました。

一杯のレトルトスープは、みんなの身も心もあたため、また、さまざまな可能性を広げていこうとしています。松本さんが追い続ける新たな支援の形、これからも見つめていきたいと思います。

  • 井手 遥

    首都圏局 ディレクター

    井手 遥

    2016年入局。札幌局を経て、2019年から首都圏局。性的マイノリティやシベリア抑留などを取材。

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