WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 東京五輪“レガシー” 為末大が語る教訓「ビジョン」と「責任」

東京五輪“レガシー” 為末大が語る教訓「ビジョン」と「責任」

  • 2022年7月22日

東京オリンピック・パラリンピックから1年。東京大会が私たちに残したレガシー=遺産に注目が集まっています。関連経費なども含めると、費用の総額は2兆3千億円あまり(※)。そのうち最も多くの資金が投じられた競技場などの「恒久施設」を取材すると、大会後の利用があまり進んでいない現状がわかってきました。東京大会が残したレガシーとは何なのか、未来につなげるために私たちが学ぶべき教訓は何か、陸上元日本代表で過去3回のオリンピックに出場した為末大さんに聞きました。
聞き手は首都圏情報ネタドリ!MC、合原明子キャスターです。

※東京オリンピック・パラリンピック組織委員会発表の開催経費および東京都の関連経費などを合わせた額

東京大会のために新設された施設の費用の詳細についてはこちら
東京五輪・パラ 3491億円の恒久施設は“レガシー”となるか

“どんなレガシーを残すのか明確じゃなかった” あいまいに進んだ議論

合原「東京大会のためにさまざまな施設が新しく造られましたが、その“レガシー”としての現状をどう捉えていますか?」

為末「そもそもレガシーというものの成り立ちは、オリンピックのような大きなスポーツイベントをやるときにどうしても出てきてしまうハード面、これを前向きに捉えて次に生かしていこうというアイデアだと思うんですね。なので、始める前に『どういうふうにこれを活用していこうか』というイメージを持って、ある意味オリンピックのコンセプトから決めにいくというのがここ最近のトレンドだったと思うんですね。スポーツ施設を造って、どんなふうに活用して、どうやってきちんとお金を回して、市民の方たちに金銭的負担をかけないようにしていくかが必要だったと思うんですけど、現状あまり使われていない施設が多いところを見ると、それができているとは言いがたいんじゃないかなと思います。やっぱり今のレガシーはちょっと都民にとっても負担になっているんじゃないかなと思いますね」

合原「なかなか利用が進まない施設ができてしまった要因はなんだと思いますか?」

為末「いくつかあると思うんですが、やはり一番大きいところはそもそも『何のためにオリンピック・パラリンピックをやって、大会後の日本社会にどんなレガシーを残すのか』ということが明確じゃなかった点が大きいと思います。“明確である”とはどういうことか。やはり好き勝手に『こうしましょう』と言っても一般の方についてきていただけないと思うんですね。だから、2020年以降に社会が抱えている課題は何だろうか、世界はどうなっているだろうか、私たちはどんな社会を作るべきだろうかということを考えて、それを解決する、よい方向に推し進めるようなものをレガシーにしていくという考え方でいくべきだったと思うんです。じゃあ『それが何だったのか』というのが、やはり少しあいまいなまま来てしまっているのが一つの理由だと思います」

為末「もうひとつは、誰が計画して責任をとっていくのかという『責任の所在』だと思うんですね。ロンドンオリンピック・パラリンピックでは、計画をして造っていくプロセスで、大会が終わって運用していくところの責任までを1つの公社が担ったと言われているんです。そうすると、『こういうものを造っているけど、ちゃんと使われるだろうか、貢献するだろうか』『どうやって稼ぐんだろうか』など考えて計画が始まる。日本の場合は、誰が運営するのかあまり明確に決まっていないままスタートしたので、結果として造ったはいいが、造ったものを『改めてどう運用しようか』というふうになっている。ニーズがないところに造ってしまっても運用が難しいですよね」

合原「ほかの国では先々のことまで決めてから動く。でも日本ではそうならなかった。それは日本特有のことなのでしょうか?」

為末「日本特有なのか、ほかの国にもあるかは分からないですけど、やはり私はこういう大きなプロジェクトを見ると『失敗の本質』という、第2次世界大戦中に日本軍が陥った、日本がつい陥ってしまいがちな組織的な癖を示しているものがあるんですけど、そのことが思い起こされます。なんとなく空気で物事が決まっていくんだけれども、本来は『ところで、これは具体的に何をやっていくのか、何のためにやるのか?』または『もしこんなことが起きたらどうするのか?』といろいろなことを想定してどんどん詰めていく作業で中心がクリアになっていくと思うんですけど、そういうことが行われないまま、なんとなく『やると決まったからやっていこう』と。でも一番真ん中の肝心要がふわっとしながら進んできてしまうのが日本の組織の癖。それが少し出てしまっているのかなと思います」

“夢のためなら予算度外視”の日本スポーツ界 変わっていくには・・・

海の森水上競技場

番組では、東京大会のために新設され、ボート・カヌーの競技会場となった海の森水上競技場を取材。ことし4月に一般オープンしましたが、近くに公共の交通機関がなく、利用者が少ないことが課題となっています。施設の運営費は全て都民の税金によってまかなわれていますが、都の担当者によると、このままでは今年度の収支計画は1.6億円を超える赤字となる見通しです。

合原「海の森水上競技場について、日本ボート協会の元理事は“後利用”について懸念があったものの『ボートの普及のために新たな施設の整備を要望した』と取材で答えています。こういった点についてはどうお考えになりますか?」

為末「日本のスポーツは教育から派生しているんですね。無償でいろいろな方が関わられて、子どもたちにスポーツを提供できる。こういうことができる国ってあまりないので、それはすごくよい点なんですけど、一方でそれが『金銭的・経済的に成り立つか』を度外視して『これはよいことだし夢があることだ』と意思決定をしてしまいがちなところが悪い点。私たちのこのスポーツの世界と言うのは“夢の値段”を全く想定しないところがある。つまり『夢のためなら金額は問わない』という考えをしがちなんですね。今大会で、私たち選手にもヒヤリングされることがあったんですが、『こういう施設があったら選手にとってはいいと思うか?』というアンケートはあったんですが、『この施設がいくらであれば』がなかったんですね。選手はみんな『欲しい』と言うんですが、『50億円かかります』と『5億円です』では判断が違いますよね。『夢や子どものために』に関して予算を度外視する癖がスポーツ界にはあって、それはある種ロマンチックなところなのかもしれないですけど、その癖がすごく悪く出てしまったのが、こういうレガシー、施設にお金がかかりすぎる問題なのかなと思います。
一方で、スポーツ施設の維持に、スポーツとは関係ない人たちの税金が使われるということは説明がつかないし、認めてもらえなくなっていくと思うんですね。どうやって社会に価値を還元するかをやっていかないと、私はそんなに長い間スポーツに対して好意的に思ってもらえる時代が続くわけではないんじゃないかなと思います」

合原「そういったスポーツ界の体質、どう変わっていくことが大切だと思いますか?」

為末「もちろん夢って大事なので『子どもたちに夢を提供しよう』というのはどんどん進めていきたいんですけど、『これはもうもたないんじゃないか』と思うことが増えてきているんですね。つまり“サステイナブル”じゃない。あと10年間だけは夢を見られるんだけど、それから先は夢がない社会がやってくるというやり方にどうしても見えていて。この子たちの30年後はもう夢がないのかという感じになるんです。とにかく夢を子どもたちが見られるように、継続できる仕組みをつくる責任があるんじゃないかと思うんです。それをやっぱりスポーツ界は認識すべきで、やっぱりお金は大きいと思いますよね。かなりの部分でスポーツ協会は補助金で成り立っていて、例えば国からの補助金が8割とかになってくると、これが止められた瞬間に運営が止まってしまう。いまは人口減少、高齢化もあり、経済が緩やかに小さくなっていく時代。限られたものを本当に大事なところに配分する、「誰に痛みを引き受けてもらうか」ということをやっていかなきゃいけない中で、スポーツの協会が何をすべきかというと、自分たちに足りないものを主張するんじゃなくて、『どうやって自分たちで自立していけるか』を考えることだと思います。何かに過度に依存したり、長期的には成り立たないような負担が大きいものを造ったり抱えたりしないで、しっかり自分たちでコントロールがきく、予想がきく範囲で計画を立てながら進めていく必要があるんじゃないかと。そう変わっていかないと、スポーツ自体がどんどん見放されていってしまうんじゃないかなと思いますね」

“聖地”を市民に開放していく“意識改革”が必要

大井ホッケー競技場 地元の子どもたちが参加するホッケー体験教室

合原 「番組で取材した大井ホッケー競技場では、ホッケー協会の方が『施設をまちづくりの拠点にしていく』という姿勢で取り組みをされていました。こうした視点についてはどう思いますか?」

為末「すばらしいなと思います。施設は結局“箱”なので、これをどうやって、どんな思いで人が運用するかが大事だと思うんです。ホッケー協会がされているのは“ホッケーを強くする”観点からもうひとつ階段が上がって、『どうやって地域の人たちがホッケーやスポーツを通じてコミュニティーを作り、子どもたちを育てていくか』というチャレンジ。『この施設を使ってどういう社会にしたいか』『それに向けてどういう取り組みをしていくか』がとても大事だと思います」

合原「今後も新しい施設を“市民のためのレガシー”として残していくためには、どういった姿勢や取り組みが大事になると思いますか?」

為末 「やっぱりスポーツ界が『このスポーツ施設はこのスポーツのために造っていて、“それ用”である』と思い込みすぎないで、どんどん開放していきながら使っていただくのが一番大事なことかなと思います。どうやってこの施設をみんなに使っていただいて、生活の質を上げていただくか、できれば体を動かすようなことに触れて健康でいられる時間を長くしていただいて、国の観点で言えば社会保障費や医療費みたいなものを長期的に抑制していき、ひとりひとりが自分の健康を気遣っていくようなことをスポーツ界が担うべきだと思うんですけど、施設を開放することで、一部のエリートではなくて、多くの市民の方にそういうことを体験してもらうことはできないかとかですね」

合原「いかに施設の利用のハードルを下げていくかが大切?」

為末「そうですね。『オリンピック・パラリンピックをやった場所だ』と言うと、なんか触れてはいけないし、踏み込んじゃいけない、要するに“聖地”になりすぎてしまうところがあって、使われないと結局むだになっちゃうと思うんですね。オリンピック・パラリンピックをやった施設に自分も立ってみて、体験してみるというのも大事だと思うんですね。特に僕は子どもたちに、『あの選手の目線ってこういうふうに見えていたんだ』とかそういうことを体験してもらいたい。そのためには聖地というハードルが高いものを少し下げていって、公園のように皆さんに使っていただけないかなと思います。そのためには、やっぱりわれわれスポーツ界の意識がすごく変わらなきゃいけないなと思うんですね。『陸上選手』というからには『陸上何年以上やった』『このレベル以上』というのをスポーツ界は無意識に持ってしまっていると思うんですけど、やっぱり『陸上やりたい』という子どもたちから、80歳のおばあちゃんまで、それを陸上界が『みんなわれわれの仲間なんだ』という認識にして、その人たちにどうやって運動する機会を提供するかが大事だと思います」

合原「一方で、さまざまな努力をした上でもなかなか運営が難しいとなった場合には?」

為末「『これまで費用がかかったから、もったいないから残そう』と考えても、もう回収できない。何年かはもちろん一生懸命努力して『なんとかこれを活用しよう』と取り組む必要はあると思うんですけど、一定期間やっても難しければ、私はその段階できちんと意思決定をして、壊すなり解体するなりして、別の何かにその空間を生かしたほうが市民のためになると思うので、そういう決定をすべきだと思います。『赤字額がこれくらい減りました』とか、そういうことを目標に立てて、本当に達成できれば、その段階で皆さんの信用が得られると思うので、まず目標を立てて、そこに向けて実績を示して、結果どうだったかを判断いただく」

東京から札幌へ 教訓は「ビジョン」と「責任」

合原 「今後、札幌オリンピック・パラリンピックの招致の動きも本格化していくと見られています。つないでいくべき東京大会の教訓はなんだと思いますか?」

為末 「まず一つは、『大会が終わったら終わりじゃない。残った施設を誰かが運営して役立てていかなきゃいけない』という、まあ半分ゴールでもあるんですけど、その後の札幌や北海道、日本がどうなっていくかをぜひ想定した上で、具体的には計画を立てる人と、運用していく人をぜひ一体化していただきたい。オリンピック・パラリンピック“準備”委員会ではなくて、オリンピック・パラリンピック“準備・継続・運営”委員会にして解散しないような形でやってほしいなと。そうすると最後の責任もこの開始の段階で担うことになるので、これが一つですね。

合原 「どれくらい先のことまで想像して進めていくべきなのでしょうか?」

為末 「どうでしょう…、でも10年は見てほしいと思うんですね。できたら20年先ぐらいまで。イメージでいうと、『札幌オリンピック・パラリンピック公社』という法人ができて、最後の最後まで『いったいどんなお金の動きをしたのか』を追いかけられるような一つの形、何か法人格があるイメージですね。それが10年20年ぐらい残るといいんじゃないかと。
もうひとつは、結局ビジョンの話。『オリンピック・パラリンピックをやります』というのは、ビジョンにはならないと私は思っていて、札幌はどんな街になるんでしょうか。そのためにオリンピック・パラリンピックはどんな役に立つんでしょうかという順番から考えるべきで、招致が先にあるんだったら、私はやらないほうがいいと思います。
落選しましたが、ニューヨークがオリンピック・パラリンピックに立候補したときは、すべてのニューヨーカーが歩いてたしか20分で公園にアクセスできる街をつくるっていうコンセプトがあったんです。そのためにオリパラをやるんだと。なぜなら公園は市民の憩いの場だし、コミュニティーであり、健康寿命も延ばし、それがあることで防犯の観点でも役に立ち、街の土地の値段が上がり、都市ランキングが上がり、結果としてみんなにハッピーだからやるんだという順番なんです。『やるんだ、で、考える』という順番じゃないんですね。
例えば、温暖化で世界中で雪が少なくなっている中で、飛行機で5時間圏内の、ウインタースポーツをやりたいすべての観光客を獲得する。そのための起爆剤としてオリンピック・パラリンピックを使うんだ、観光立国でやっていくんだ、とかですね、そのくらい明確なビジョンがあれば、皆さんの納得がいただけると思います。なぜなら、スポーツと関係ない人にも恩恵があるので。だからビジョンをしっかりする。それからきちっとした1つの法人格が最初から最後まで運営を仕切りきるというのが私は必要なことかなと思います

合原「そして東京大会の教訓という点では、私たちひとりひとりを含めた社会はどういうふうに変わっていくのがよいと感じますか?」

為末「やっぱり賛成・反対の方がいらっしゃって、ネガティブな要素も多い中で8割が賛成とかにはならないと思いますね。ただ、それが『なんとなく夢がある』とか『なんとなくお金がかかる』という賛成・反対ではなくて、具体的に『これを使うとこんなことがありうる』とか『結局かかるコストは回収できない』とか、いろいろな観点でしっかり議論を積み重ねていって、その上で判断をしていく。この議論の段階で『何のためにやるんだっけ』『やるとしたらこのためじゃないか』『じゃあそれが本当にできるかどうかのデータは何なんだ?』とか、そういうことがどんどん繰り返されることで、納得感が醸成されていくと思うんですね。東京のときは、この納得感の醸成がなされないまま進んでいったところがあると思うんです。それをしっかり札幌の場合は、重しになるような『何のためにやるか』というみんなの議論を重ねていって、そこから出発してほしいというのが、私は東京からの学びなんじゃないかなと思います

ページトップに戻る