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大学も“倍速視聴” コロナ禍で変わる学生の感覚に教員も模索

  • 2022年7月15日

「リアルタイムで授業聴けなくなってる…のんびり進む授業だと退屈してしまう」
SNSで見つけた大学生の気になる投稿。この2年間、コロナ禍でオンライン授業を余儀なくされた学生たちにどんな変化が起きているのか。対面授業しか受けたことがない私は、知りたくなり取材を始めました。
(首都圏局/ディレクター 梅本肇)

2年間のオンライン授業 変化した学生たちの感覚

ことし6月、文部科学省が発表したデータによると、この春からの学期で全面対面・ほとんど対面で授業を行う予定と答えた大学は全体の85%以上でした。街に出て、学生の皆さんに対面授業が再開されたことについての感想を聞いてみると、再開を待ち望んでいたという声が聞かれました。

 

1年生の時はずっと家で授業を受けるだけだったから、大学に行って友達と話せるのはとても楽しいです。

一方で、授業の内容については、以前対面で受けていた時とは感覚が違うという声も。
その理由の一つとして、多くの人が答えてくれたのが、録画配信された授業をオンラインで受ける中で身についたある習慣でした。

 

オンライン授業はよく倍速で聞いていました。1.8倍からものによっては2倍にする時もあります。ここはあんまり重要じゃないなぁっていうところは2倍速にしたりとかそんな感じで使っていました。

さまざまな動画サービスでも広がっている「倍速視聴」が、コロナ禍、学生たちのオンライン授業でも習慣化されていたのです。

去年行われたアンケート調査を見てみると、スマホで動画を見るときやテレビで録画番組を見るときと比べても、特にオンライン授業を倍速で視聴する学生は多く、半数以上の学生が倍速視聴すると答えました。

SNS上では、そうした学生たちからの“対面授業に対する感覚が変わった”という声も目立ちます。インタビューした学生もオンライン授業を倍速で聞くことに慣れ、今まで感じなかったことを感じるようになったと教えてくれました。

 

1倍速だと、何か同じ話とか簡単な話とかも聞かなきゃいけないので時間のムダって思う時があります。対面だと先生が黒板に書いたりすることがあるんですけど、書いている時間はやることないなって思いますね。

 

オンラインの時はあんまりないんですけど、対面だと余談が多いからオンラインのほうがいいなぁって思う時があります。

逆転の発想! 教員が授業を1.3倍速で話す!?

こうした学生たちの授業への感覚の変化に合わせて、大学の教員たちも“変化”しています。
兵庫教育大学の小川修史准教授は、生配信で行うオンライン授業を充実させようと、去年から授業をふだんの1.3倍の速さで行っています。

小川准教授が生配信した授業の様子

小川さんは、「授業を1.3倍速で聞いている」「1.3倍速の方が内容が頭に入ってくる」という学生の声を聞いたことをきっかけにこの取り組みを始めました。
しかし、私には1つ気になることがありました。自分の授業を倍速視聴されることについて抵抗はないのか、疑問に思ったのです。小川さんに聞くと意外な答えが返ってきました。

兵庫教育大学 小川修史 准教授
「学生は1.3倍速でもしかしたら見るかもなというのは思っていたんです。学生も時間短縮したいだろうしというのは思っていましたし、自分の講義を見てくれたらいいかなあということで目標を持っていたのでそれはかまわなかったんです。だけど、1.3倍速の方が頭に入るというような発想はなくて、そうか1.3倍速にするのは授業をサボっているんではなくて頭に入れるために故意にやっているんだと。動画というのは1.3倍速くらいで聞くのがちょうど心地よいリズムかもしれないと思って、その方が集中できるんであれば自分の解釈を変えないといけないなと。ちゃんと対面をオンラインにするだけじゃなくて、オンラインの特性を生かした講義をしなきゃいけないなということはすごく感じましたね」

小川さんは1.3倍速で話すだけではなく、大切な箇所は2回繰り返すなどして学生に伝わりやすい工夫もしています。

さらに、匿名のチャットを活用して授業中にたびたび学生に呼びかけることで、授業に参加しやすくしました。すると、学生を対象にしたアンケートには「全然眠くならなかった」、「学生を飽きさせない工夫が感じられる」、「先生の授業をまた受けたい」などといった好意的な声が大半を占めたといいます。

オンラインの特性を生かした新しい授業のかたちを目指す小川さん。2年間に起きた大きな環境の変化が授業スタイルを見直す好機と捉えています。

兵庫教育大学 小川修史准教授
「教師がいま試されている時代だと思うんですよ。今回のコロナ禍でオンラインになったというのは、教師がアップデートする機会をいただいたのかなと。今までの授業を踏襲していたら通用しない。自分自身がアップデートして、どうオンラインと対面を組み合わせて、どうその特性に合わせて講義を展開していくかということは、我々自身が考えなければいけない問題なのかなというふうに思っています」

“ポスト”オンライン授業 新たな対面授業を模索する教員も

一方、対面授業に学生目線の意見を生かそうと取り組む大学もあります。

芝浦工業大学の榊原暢久教授は、オンライン授業の時にツールとして取り入れていたチャット機能を対面授業に組み込んでいます。
この日も、榊原さんの投げかける質問に学生がチャットで回答。その回答をもとに授業が進められていました。

榊原さんは、オンライン授業を経験した上で、対面授業でしかできない授業に価値を求めていきたいといいます。

芝浦工業大学 榊原暢久教授
「特に私が気にしているのは、私が一方的に話し続けるような授業にはしたくないんです。だから私が話し続けている時間がないかとか、問いかけに対して学生がきちんと頭を働かせて考えているかとか、現在の対面授業ではそういう場面がより出来上がるように教員側が設計しているという面はあると思います。
オンライン授業を受ける中で、学生からすると“対面である意味って何なの”とか“この時間にこの授業を受ける意味っていうのは何なんだろう”と思うきっかけになっているかもしれません。それを受けて教員側がもう一度考えるきっかけになると思います」

“学生の声”を授業に生かす

授業をアップデートさせながら、“学生が対面で授業を受ける意味”を改めて問い直している榊原さん。授業の設計をする上では、「学生目線の意見」を聞くことが欠かせないと考えています。
その中で、榊原さんが率先してコロナ前から取り入れてきたのが、SCOT(Students Consulting On Teachingの略、「学生による授業観察と情報提供」を指す)という制度です。

この制度では、SCOTに関する専門の研修を受けた学生が、教員の要望を受けて、“学生目線”で授業観察などを行い、授業改善の支援をします。原則として自分が受講していない授業に出て、学生や教員の動き、授業のタイムテーブルを分刻みで記録するなど授業を観察。後日、報告書を作って教員と面談しながら共有します。
この日は研修中の学生が、榊原さんの授業を観察していました。

6月、榊原さんは、自分の授業を観察した学生たちと面談。学生ならではの率直な意見が
報告されました。

 

まずよかった点から報告させてもらいたいと思います。チャットで意見を答えるという活動をする機会があったことで、ただ先生の話をずっと聞いているよりも集中力が切れにくくなる。

 

どうしてもチャット欄だとみんなに見られるし、なかなか発言しづらい学生がいるかもしれないので、ダイレクトメッセージなら、その学生と先生しか見ることができないので、書き込みやすいかなと思いました。

榊原教授

皆さんの提案の中には、例えば「チャットをもっとこういう場面で利用したほうがいい」とか。新しい遠隔を取り込んだ対面授業、新しい対面授業の形を模索する上で、とても有意義だと思います。今回授業を受けた学生の中に多かった新入生の立場に皆さんはより近いわけだから、その視点で私に提案してくれたことは、よかったことかなと思います。ありがとうございました。

学生の声を生かし、よりよい授業のかたちを模索し続けている榊原さん。取材の最後に、榊原さんにもこれまで築いてきた授業のかたちを変えていくことに抵抗はないのか質問をしてみました。

芝浦工業大学 榊原暢久教授
「授業のかたちを変えていくことは抵抗があるというよりはどちらかというと、楽しみです。楽しいことが、一番続けようという意欲につながっていますね。教卓のところから見える意識と、学生の座っているところから見える意識、目線、視点、観点は違うと思います。なるべく得られる情報は得て改善に生かしていきたいと思います」

取材後記

今回の取材で一番印象に残ったのは、学生の理解のためになるならと自分の授業のかたちに改良を加える先生たちの姿でした。学生のSNS上の投稿を最初に見たとき、正直学生に合わせる必要があるのかと思いました。しかし、自分を振り返ると会議の映像を後から見る時にはもっぱら早送りで、いま自分が学生だったら同じように倍速で見るかもしれないなと思います。
大学に限らず、コロナ禍でさまざまなことが大きく変わり、また人の“感覚”も変わってきています。その状況をどう捉え、逆に生かしていくのか。今後もいろいろな視点で取材を続けていきたいと感じました。

  • 梅本 肇

    首都圏局 ディレクター

    梅本 肇

    2016年入局。大阪局を経て2020年より首都圏局。 これまで、かつての戦争やコロナ経済などを取材。

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