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硬貨預け入れ手数料への戸惑い “1円を大切に生きる”人々の声

  • 2022年3月14日

パンを少しでも安く食べてほしくて、1円単位で値段を決めているというパン屋さんが千葉県にあります。そこで働く障害のあるスタッフにとっては、売り上げの硬貨を数える作業も大切な訓練の一つです。
キャッシュレス決済が広がる中、1月からゆうちょ銀行が硬貨を預け入れる際の手数料を設定したことが、こうした人たちの暮らしに大きな影響を及ぼしています。その声を聞きに行きました。
(首都圏局/ディレクター 梅本肇)

押し寄せるキャッシュレスの波 敬遠される硬貨

ことし1月まで無料だったゆうちょ銀行の硬貨の手数料。ここ数年、大手金融機関が次々と導入してきましたが、ゆうちょ銀行もこれに続いたかたちです。

窓口で取り扱う場合、51枚から100枚までは550円。101枚から500枚までは825円。501枚から1000枚までは1100円で、これより多い場合は500枚増えるごとに550円加算されています。また、ATMで預け入れをする場合は、1枚から手数料がかかります。1枚から25枚までは110円。26枚から50枚までは220円。51枚から100枚までは330円です。
なぜ手数料の導入を決めたのか。ゆうちょ銀行の担当者に話を聞きました。

広報担当者
「手数料を導入する理由の1つに、ここ数年、ゆうちょ銀行が扱う硬貨の量がかなり増加したことがあります。推測ですが、大手銀行が手数料を取るようになったことで、無料だったこちらに流れてきたと考えられます。それに伴って硬貨の計算をする機器の故障も増加し、修理や補修費に相当の費用がかかるようになりました。さらに硬貨の保管費用、輸送費など合わせて年間数億円のコストがかかっています」

キャッシュレス導入の動きは、コロナ禍で接触の機会を減らしたいというニーズの高まりから急速に進みました。今では神社のお賽銭をQRコード決済できるシステムまで作られるなど、現金を支払う機会が急速に減り、硬貨の使用が敬遠される動きが加速しています。

預け入れ有料化に困惑する小規模商店

その一方で、これまで主に硬貨で取り引きをしてきた小規模な商店は困惑の声を上げています。
千葉市にあるパン屋を訪ねました。

近くに病院があり、客の多くはその病院に通う人や近隣で暮らす高齢者です。
店内には飲食ができるスペースもあり、常連客と店員が親しく会話も交わす場でもあります。

(店員)
「もうすぐバスの時間ですよ」
(客)
「きょうは膝の調子がいいから歩いてみようかと思ってるの」

 

店内の商品は数円単位で価格が設定されています。原材料費が高騰しても大幅な値上げはしたくないと、1円単位で価格を調節してきました。
また、店ではキャッシュレス決済を導入しておらず、現金のみの販売です。そのため売り上げ金のほとんどが硬貨です。

代表の鈴木敏江さんは、これまでキャッシュレスの導入を考えたことはないと言います。

ベーカリーウィズ代表 鈴木敏江さん
「うちのお客さんは高齢者の方が多いので、キャッシュレスを導入してほしいという声はまだ聞いていません。また、キャッシュレスを導入すると数パーセントの手数料を払わなければならないと聞いていて、店にとってはそれも大きな出費になるので、現金での販売を続けています」

お客さんも、小銭を使える店があるのはありがたいと話します。

客(80代)
「キャッシュレス決済の店も見るようになってきたけど、私はスマートフォンを持っていないから買い物はすべて現金です。他のお店だと、せかされることもあって慌ててお札を出すこともあるけど、ここだと会話をしながらゆっくり待ってくれるから、安心して小銭を数えながら出すことができるんです」

鈴木さんは店の常連客とやりとりをする中で、客の出す小銭には重みがあると感じてきました。小銭での商いを大切にしてきたといいます。

鈴木さん
「毎日店にいると、時期によってお客さんが支払うお金の形が違うのが分かります。年金の支給日が来ると大きなお札で買い物をする人が多い一方で、支給日の直前には細かい小銭をかき集めて買っていってくれる人も多いです。他ではたくさんの小銭での支払いをさせてもらえないという声も聞くので、うちでは積極的に受け入れようと思って今までやってきました」

1日の売り上げとして店に入る硬貨は、多い日でおよそ1000枚。
鈴木さんはことし1月までは、毎日1回、売り上げをゆうちょ銀行に無料で入金していました。しかし、手数料の導入で毎日1000円を超える負担が生じるようになったことから、500枚まで手数料がかからない地方銀行に預けることにしました。

小銭が支える障害者の自立支援

さらに、この店が小銭で商いをすることには、もうひとつ特別な意味があります。

このパン屋を運営するのは障害者の自立支援を行っているNPO法人です。店で働く従業員30人のうち、およそ半数は知的障害などがある人たちで、商品の製造だけでなく店頭での接客、学校や公共施設などで移動販売も行っています。

毎日の売り上げの集計も障害のあるスタッフに参加してもらいます。この日は589枚の硬貨を数えて記録しました。
鈴木さんは、この集計作業が自立支援に欠かせない大切なものだと考えています。

鈴木さん
「小銭を売り上げとして実際に手で受け取ることを通じて、数字としてではなく、商品がどれぐらいの価値があるのか確認できます。これが自立支援には大切なプロセスです。これを全部カードで決済してしまうと、金銭感覚を身につけることにつながらないと思います。1年程度こうした仕事を続けることで、初めて自分の財布に入っている小銭がどのくらいの価値があるのか実感を持って分かっていくという感じです」

手数料“値上げドミノ”は続く…

しかし、2月上旬、鈴木さんのもとに新たな知らせが届きました。

売り上げの新たな預け先にしていた地元銀行が、4月から101枚以上の硬貨の入金を有料にするというのです。これまで続けてきた1円単位の価格設定を、さらに小銭を減らすために10円単位に変更することも考えざるを得なくなりました。

鈴木さん
「これまで、どんなに小さな小銭での支払いも受け入れてきましたが、これからは小銭を使うお客さんに複雑な気持ちを持たなければいけないのかと思うと歯がゆいです。また、従業員は決して高くない給料で働いてくれています。手数料を払うぐらいなら彼らの時給を少しでも上げてあげたいというのが正直な気持ち。1円を大事にしなさいと小さいころから習ってきたのに、銀行に持って行くとお金の価値が変わるような制度はおかしいと思います」

“たまってしまう”小銭に苦しむ人も

硬貨の預け入れ有料化に苦しむ人たちは他にも。
“どうしても小銭をためてしまう人”への影響を危惧しているというのが、都内の病院の精神科で訪問看護の仕事をしている看護師の宮子あずささんです。

1日あたり4~6人の患者の自宅を訪ねて看護をしている宮子さん。患者は長期間の入院を経て自宅からの通院になった人で、ほとんどが60代以上の高齢者です。

多くの患者の家で宮子さんがたびたび目にするというのが、飲み物の瓶や空き缶にぱんぱんにためられた大量の小銭でした。買い物に行った際、うまく計算ができず、小銭がどんどんたまってしまうのだそうです。

宮子さん
「日常生活の中でちょっとした片付けや掃除ができないなど、思考がうまくまとまらないことで適切な行動が取れないという状態の人が多いです。高齢の方の中には認知症の症状が出ている方もいます。店のレジに並ぶと、後ろの人や店員からの“早くしてほしい”というプレッシャーを感じてしまい、計算をせずにお札や500円玉を出して支払いを済ませることがよくあります。それを繰り返すことでどんどん1円玉や5円玉がたまっていき、家にいっぱいになっているんです」

それでも、患者が“ためてしまった”大量の小銭はいざというときの「財産」として機能してきました。宮子さんは、家の中の小銭でどうにか食いつないぐ人たちがたくさんいたといいます。

宮子さん
「生活保護の支給日まで3日あるけど、手持ちのお金がないという方がいました。家じゅうを探して、床に転がっている5円玉や、なぜか引き出しの隅に残っていた小銭をどうにか200円ほどかき集め、何とかしのいでもらいました。そういう経験は決して珍しくなかったのです」

キャッシュレス使えない 少数派の声も聞いて

しかし、急速にキャッシュレス化が進む中、こうした生活をしている人たちが取り残されていると宮子さんはいいます。
担当している患者の多くは20~30代のときに発症し、長期間の入院を余儀なくされてきました。そのため、就職がままならず生活保護に頼っている人が多いのが現状です。

キャッシュレス決済はスマートフォンを持っていることが前提のものが多いですが、使用料が高くて持てなかったり、スマホがあっても預金口座やクレジットカードとのひも付けを求められ、使用できないなど、患者にとってキャッシュレス決済を使うにはさまざまなハードルが存在しています。

宮子さんは、硬貨預け入れ有料化のしわ寄せがどこに向かうのか、考えてみてほしいと語っていました。

「ここ数年、患者の買い物に同行しても、大量の硬貨は受け付けないお店がほとんどです。実際、かき集めた小銭を数十枚出して断られたことが何度もあります。預けるのにお金がかかるため、断るお店の事情も分かります。私が接している患者さんたちは世の中の多数派ではありません。多くの人にとってキャッシュレスが便利なものだということは分かりますが、今回の有料化は患者たちに“あなたたちのような人は少数なんだから、自分でなんとかしてください”と言われているような感じがして悲しいです」

取材後記

最近、身の回りで急速に進んでいるキャッシュレス。私も以前より小銭を手にする機会が減った気がします。
“お金をおろす必要がなくて便利” “接触の機会を減らせる”。便利なところに目がいき、導入が進むことに何の疑問も持たずにいたように思います。

今回、さまざまな事情からキャッシュレス決済を利用できず、硬貨を使うしかない人たちの話を聞きました。
ある地域の信用金庫を利用している商店街の店主は、まだ手数料は設定されていないものの、「自分で稼いだお金を口座に入れるのになぜお金がかかるのか」と疑問を口にしていました。
「キャッシュレス決済が使えない人は少数だからと切り捨てられている感じがする」という宮子さんのお話にもはっとさせられました。

“便利”な方向へ当然のように世の中が進んでいく中で、それを享受できない人の生活をどうするのか。今後、さらに手数料を設定する金融機関が増えていくことが予想される中で、立ち止まって考えていきたいと思いました。

  • 梅本 肇

    首都圏局 ディレクター

    梅本 肇

    2016年入局。大阪局を経て2020年より首都圏局。 かつての戦争やコロナ経済についての取材を継続的に行っている。

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