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映画『陽菜のせかい』が描く ヤングケアラーが言えない“本音”

  • 2022年2月16日

「近くの大学って本当に行きたいの。何かあるの」
「うん…、何でもない」
「陽菜っぽいね。いつも一人で頑張ってる」

インターネットで公開中の短編映画『陽菜のせかい』での一幕です。ヤングケアラーの高校生が、心の内を周囲に明かせず、ふさぎ込んでいく姿に「私もそうだった」と共感の声が寄せられています。
映画を企画したのは、自身もヤングケアラーだった女性です。映画で伝えたい、当事者たちの“本音”とは。
(首都圏局/ディレクター 岩井信行)

ヤングケアラーの“リアル”描いた映画

映画の主人公は高校2年生の「陽菜」。家では障害のある兄をケアするヤングケアラーです。
学校で進路希望書の提出を求められたことをきっかけに進路について真剣に考え始めます。自分の将来を考え、家から離れて進学するか、それとも、障害のある兄のいる家族を支えるために残るかー。友人や教師、そして家族にさえ、自身の葛藤をなかなか打ち明けられない姿が描かれています。

映画『陽菜のせかい』より

企画したのは“元ヤングケアラー”

映画を企画したのは、ヤングケアラーなど家族のケアを抱える人を支援する一般社団法人「ケアラーアクションネットワーク協会」の代表理事・持田恭子さん(55)。
自身もヤングケアラーとして、幼い頃からダウン症と知的障害のある兄と、精神疾患のある母親の世話をしてきました。
映画は持田さんの体験を元にしているといいます。「当事者が自身の状況を打ち明けにくく感じる心情を描きたい」と、クラウドファンディングで出資を募り、映画化を実現しました。

映画を企画した持田恭子さん
「子どもたちにとって、障害のある家族がいることは当たり前で、普通の暮らしなので、周りの人に『大変』とか『かわいそう』とかマイナスに思われたくないという気持ちがあるんですね。私自身も小学生のころは、家族を『ケアをしている』と思っていませんでした。兄や母が悲しい気持ちにならないように、おどけたりお手伝いをしたり自然としていて、私にとっての『当たり前』と周りの人の『当たり前』がずれていたんですよね。だから、ヤングケアラーにとって、障害のある家族のことを打ち明けるのは難しいことなんです」

蓄積する周囲とのずれ 語れなくなる本音

持田さんは「当たり前」のずれのせいで、周囲の反応に困惑する体験を幼少期から積み重ねてきました。小学生のとき、家に招いた友人が兄と対面すると、その友人は翌日から持田さんのことを無視したり避けたりするようになったといいます。周囲の友人とうまく関係を築けなくなり、いつしか自分の境遇を隠すようになっていきました。

子どもの頃の持田さんと兄

持田さん
「兄に障害があることで、周囲からは“かわいそうだ”とか“バカ”とか嫌なことばっかり言われるのが悔しくてしょうがなかった。家族に障害があることが悪いわけではないはずなのに、そのことを否定されているように感じていたんです。大人になったら、あの時は悔しかったんだな、と後付けで感情をつけられるんですけど、当時の子どものころは、何かが嫌だ、何かがモヤモヤするという感じでうまく言葉にできなくなっていくんですよね」

日常の中で生まれる葛藤は、家族にもなかなか理解してもらえませんでした。映画には、そうした持田さんの経験を元にしたシーンがあります。
学校で配布された進路希望書を兄に破られてしまった主人公の陽菜。怒りを母親に受け止めてもらえず、感情を爆発させます。

母と口論する陽菜(映画より)

母親「なにごとなの」
陽菜「幸太が私の進路希望書を破いた」
母親「そんなの置いとく方が悪いじゃないの」
陽菜「は?私が悪いわけ?」

母親「進路希望書なんてまたもらえばいいじゃない」
陽菜「私の進路ってそんなに軽いものなの?」
母親「そんなにかっかしないで、お姉ちゃん」
陽菜「私はお姉ちゃんじゃない!」

持田さん
「自分は妹なのに、お姉ちゃんのようにしなければいけないということがすごく嫌だなと思っていたんです。私のことや進路に関心を持ってほしいのに、いつも兄を通して私のことを見られていている気がしていて、その部分がうまくかみ合わない。親から言われることと自分が感じていることにギャップがありすぎてどうしていいか分からなくなってしまい、整理できないまま感情があふれてしまう」

“悩みに向き合ってもらえない経験”を積み重ねることで、次第に周囲に本音を出せなくなっていく。
そんなヤングケアラーの心の内を知ってほしいという思いが映画の随所に込められています。

当事者の思いを代弁してくれた映画

“周囲に語れない”当事者の苦しみ。映画がそれを代弁してくれたと語る人がいます。
大学4年生の喜多楓さん。幼い頃から知的障害のある2歳下の妹を、両親とともにケアしてきました。

妹のケアをする喜多楓さん(右)

中でも喜多さんが一番印象に残ったと話すのは、陽菜が母親に進路の相談をしようと試みるものの、途中で諦めてしまうやりとりを描くシーンでした。

喜多楓さん
「私も母の状況はいつも確認するようにしていましたね。母の口調とか雰囲気で“今は忙しいんだな”とか、“今は余裕ないんだな”というのが分かるので、話をしたいときは、いきなり本題を出すのではなくて、ちらっと話しかけて、口調とか声色とかを確認して、ダメそうだったら今日はあきらめて自分の部屋に戻る、そんな対応をすることはありました」

映画で描かれていた、友人や家族にも本音を打ち明けられない体験も自分に重なったといいます。喜多さんも、これまでほとんど自分の心の内を周囲に明かすことはありませんでした。
「映画を見てもらえれば、分かってもらえるかもしれない」と、友人に『陽菜のせかい』を紹介しました。
すると、映画を見た友人の1人がメッセージをくれたのです。

友人からの返信
学生生活の中で少しでもその存在を知る、学ぶ機会があれば、実際にヤングケアラーである子も、もっとまわりに相談しやすい環境ができるんじゃないかと感じた。

 

喜多さん
「家庭内のささいなことや妹との日常は、なかなか言葉では友達にうまく伝えられないのでモヤモヤすることが多かったんですけど、映画が描いてくれた。ヤングケアラーの経験のない子がこの映画を見たら、少しは友達のことを気にかけたり、そういう気持ちが芽生えてくれるのかなと思いました」

演じることで知った ヤングケアラーの心情

主人公の陽菜を演じた山下恵奈さんは、若者に人気のユーチューバーでもあります。主役を打診されたときは、自分にこの役が務まるのかと悩んだそうです。しかし、企画した持田さんからヤングケアラーの心情を聞くなかで、意識が変わっていきました。

山下恵奈さん
「友達のきょうだいに障害があり、身近ではあったのですが、ヤングケアラーの周囲との距離の取り方、行動や考え方など、特有の感情があるんだということを知ってとても驚きました。お話を聞いている中で、私が演じることでたくさんの人にヤングケアラーを知ってもらいたいという思いが生まれ、この役を演じてみようと思いました。この映画を通じて当事者だけじゃなくて、周囲の人が少しでもヤングケアラーについて興味を持ってくれたら嬉しいです」

周囲が心情を知ることが打ち明けやすい環境をつくる

いまも持田さんは兄のケアを続けています。兄の「ター君」は施設で暮らしていますが、定期的に持田さんの自宅に帰り、ともに過ごします。
持田さんが自身の体験や、支援活動を続ける中で直面してきた「ヤングケアラーが周囲に相談できない」という課題について、兄と散歩しながら語ったのは「周囲の人たちがヤングケアラーの心情についての理解を深めることで、当事者たちが打ち明けやすい環境が生まれる」ということでした。

持田さん
「ヤングケアラーが気持ちを打ち明けにくい背景には、その生活がどんなものかについての周囲の理解がまだ足りていないという要因があると思います。知らないことに対して少し距離を置いたり、それはわからないと思ったりしてしまうのは人にとって自然なこと。そこを一歩踏み込んで、お互いに知ることができる社会になっていけばヤングケアラーも打ち明けやすくなると思う。この映画がそれを知るきっかけになったらすごくいいんじゃないかなと思っています」

取材後記

いま、持田さんの支援団体には、映画を見て問い合わせをしてくる若者が少しずつ増えています。
ヤングケアラーの多くは、自身の将来や家族の障害・病気のことなどで悩んだ時に、行政やケアマネージャーなどの大人に、いきなりは相談しにくいといいます。悩みを打ち明けられる場所や、映画で描かれる友人のような第三者が、ヤングケアラーの周囲に少しでも増えていってほしいと願わずにはいられません。
必要な場合には、ヘルパーや訪問医療などの活用を検討することはもちろん重要なことですが、家族のメンバーが悩みや負担を背負い込みすぎずケアに向き合うためにはどうすればよいのか、さらに取材を続けていきたいと思います。

  • 岩井信行

    首都圏局 ディレクター

    岩井信行

    2012年入局。さいたま局などを経て2021年から首都圏局。子どもの貧困や社会的養護、ヤングケアラーなど、家族に関わるテーマで取材を続ける。

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