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コロナ禍の困窮支援で進むDX 誰でもどこからでも支援につなげる

  • 2022年1月28日

長引くコロナ禍で経済的に困窮する人たちが増える一方、その支援は難しくなっています。
これまで行政の窓口を中心に「対面」で行われてきた相談や手続きが、さらなる感染拡大を招く恐れがあるからです。
いま、その支援のあり方をデジタル技術で変革しようという「DX=デジタルトランスフォーメーション」が進んでいます。支援の形を積極的に変えているのは各地のNPO。その結果、これまで支援から遠のいていた人たちにも、手が差し伸べられるようになってきました。加速する困窮支援のデジタル化。その可能性と課題を取材しました。
(首都圏局/ディレクター 立花江里香)

「現金給付」「食料支援」をLINEひとつで

困窮支援におけるデジタル化をいち早く進めてきたのが大阪にある認定NPO法人「D×P(ディーピー)」です。

D×Pは以前から、学生など若い人たちを対象に進路や就職の相談をLINEで受け付けていましたが、コロナ禍、経済的な苦境を訴える声や相談が増加。多くの若者が最も手軽に使うLINEを困窮支援にも生かせるのではないかと考えました。

認定NPO法人D×P 玉井慎太郎さん
「2019年から10代向けのLINE相談は始まっていました。ところが、コロナ禍で今まで相談を受けてきた方の中でもアルバイトに入れなくなったり、辞めさせられたりで、生活が苦しくなってきたという声が増えていったんです。親御さんに頼れない大学生世代もかなりいるので、若者を支援するNPOとして現金給付と食料支援が今は必要だと判断して、年齢を15歳から25歳の方に広げて、プロジェクトを始めました」

立ち上げたサービスが「ユキサキチャット」です。

目的 「現金給付(月1万円×3回など)」「食料支援」
申請方法
1) LINEで「ユキサキチャット」を友だち追加
2) メッセージに返信
3) 相談員とビデオ電話
4) 本人確認書類の提出
対象者 保護者に頼れない一人暮らしをしている15歳~25歳
※応募しても支援対象とならない場合があります

申込みは、LINEのチャットに沿って回答をしていくだけ。
生年月日や住んでいる都道府県、相談したい内容などの必要な情報を答えると、その後、相談員から連絡がきて、ビデオ電話で詳しい状況について説明を行う仕組みです。
本人確認書類をデータで提出、NPOの審査が通れば、数日以内に、現金給付や1か月分の食料支援が受けられます。

現金給付と食料支援を始めてから1年半。47都道府県すべての相談者に対応してきました。
LINEでサービスを展開したことで、対面の相談窓口に行くことをためらっていた人たちが支援につながるようになっています。「今まで誰にも話したことがなかった」「話せて本当によかった」という声が多く寄せられ、若い世代が相談しやすい場を提供できるようになったと手応えを感じています。

相談者に送る食料

玉井慎太郎さん
「LINEはみんなが使っているツールなので、それを使って相談ができるというのが若い世代にとっては一番相談しやすい方法だと考えています。リアルの場だけだとなかなかやりづらい部分もあるので、LINEを使ったことで日本全国からつながれる方が本当に増えたなと感じています。今後は集まった声の分析を進めていって、課題を明確にすることで、本当に必要なサービスを届けていきたいと思っています」

最後のとりで “生活保護”もデジタル申請!?

これまで窓口で対面で行うことが必須だった行政手続きもデジタル化が始まっています。生活に困窮した際に欠かせない「生活保護」の申請も窓口に行かず、インターネットでできるようになっています。

生活保護の申請がインターネットで可能に

その申請の仕組み「フミダン」を作ったのは、長年ホームレスなどの支援を行ってきた佐々木大志郎さんです。
その仕組みがこちら。

必要なもの インターネット環境(スマホ可)
利用方法
1) ネットエンジンで「フミダン」と検索(※アドレスがhttps://fumidan.org/ か確認を)
2) 申請書作成フォームに入力する
3)<東京23区に在住>
本人確認書類を添付しオンラインで申請が可能
<それ以外の地域>
完成した申請書のPDFをダウンロードして印刷し、各自治体の福祉事務所の窓口に提出

使い方はできる限りシンプルなものになるよう心がけました。
書類を提出する福祉事務所は、自宅の住所を入力したら自動で候補が出てきて選べます。また書き方が分からない時は「?」をクリックすれば詳しい説明が出てきたり、内容に不備があれば赤字で教えてくれます。

困窮支援の最後のとりでと言われる生活保護。誰でも申請することができ、受給の条件さえ満たせば必ず保護が受けられるものです。

しかし対面の場合、窓口で自分の置かれた状況をうまく説明できなかったり、時には窓口の不適切な対応を受けたりして、申請を諦めてしまう人が多くいるという現実もあります。
佐々木さんは、これまで申請に必要な書類すら受け取ることができずに諦める人を数多く見てきました。

一般社団法人つくろい東京ファンド 佐々木大志郎さん
「いわゆる“水際作戦”などと言われますが、窓口で“あなたはちょっと申請できませんよ”みたいな感じで断られることがよくあります。例えば若い人だったら“まだ働けるでしょ?”と言われて断られたり、あるいは “住所がないと申請できない”とか、“借金があると申請できない”など、正確ではない情報を伝えて申請させないようにするということは現在も、つい最近でも普通に起きているんです」

手続きに人が関わることで申請が妨げられるなら、人を必要としない手続きにすればいいのでは?誰もが平等に生活保護を申請できるようにと考え出したのが、デジタル化でした。
佐々木さんは、生活保護の申請だけではなく、承認のプロセスにまですべてデジタル化できれば、より平等に制度が運用されるようになると考えています。

佐々木さん
「支援者ってやっぱりどうしても力が強くなるんですよ。生活保護の手続きを担う福祉事務所の職員が一番力を持っているわけです。その力の非対称性がさまざまな状況を生んでいる。だからそこは機械にやらせればいいんです。行政側が電子申請を受け付けて、デジタルで情報を送り込んで、それで機械的に、人間を挟まないで生活保護の申請承認・却下がパパッとできるようになるのが、本来のデジタル化だと思います」

“デジタル格差”生まないために 端末貸し出しで環境づくり

デジタル化が進む中で、新しい課題も生まれています。インターネットにつながる端末や、無線LANなどの接続環境が持てない人たちが、支援からこぼれ落ちてしまう“デジタル格差”ともいえる状況です。

それが顕著になったのが、おととし一斉休校を要請された教育現場です。
子どもたちの学校での学習が突然ストップした時、保護者のサポートでいち早くオンライン学習に取り組めた子どもがいる一方、それができない子どもたちも数多くいて、学習面で格差が生まれていました。

そうした子どもたちの自宅学習を支えるのがNPO法人カタリバの「キッカケプログラム」。
インターネット環境が整っていない困窮世帯に対してパソコンや無線LANを無償で貸し出します。機械の設定は貸し出す前にNPOが行い、家に機械が届いたら、パソコンや無料のオンライン教材の使い方も教えてくれます。

必要なもの インターネット環境(スマホ可)
申請方法
1) ネットエンジンで「キッカケプログラム」と検索(※アドレスがhttps://kikkake.katariba.online/ か確認を)
2) メールやお問合せフォームから
対象者 就学援助受給証明書等を持っている+小学4年生以上〜高校3年生以下の子どもがいる家庭
募集期限 2022年1月31日(月) 2022年12月ごろ再募集予定
※応募しても支援対象とならない場合があります

認定NPO法人カタリバ 加賀大資さん
「コロナ禍の中で一番大きかったのは一斉休校。子供たちが日常行っていた学校の機能がストップしたときに学びも止まってしまうことを一番の危機だと感じました。学びが止まってしまう子どもたちの多くは家庭に何らかの困難を抱えていることが多いです。保護者の方が教育的に熱心であれば、学校が機能をストップしても他で補おうとする力学が働くんですけど、困窮世帯にはなかなかその余裕がなく学びが止まってしまう可能性があります。私たちはそれを何とかしたいということで、オンラインの支援を全国に向けて始めました」

デジタル化でも“対面”を大切に

カタリバでは、学習指導を行うわけではありませんが、勉強の計画作りや意欲を高めるための「オンライン面談」を、メンターと呼ばれるスタッフが週1回必ず行います。
支援をデジタル化することで、当初スタッフの間で懸念されていたことがありました。
これまで大切にしてきた“対話”による支援、会ってさまざまな話をしながら信頼関係を築く支援ができなくなるのではないかという不安です。

そのため、加賀さんはオンラインで子どもや親と定期的に面談をして伴走支援を行う“メンター”を募りました。有償のボランティアという条件でしたが、オンラインであればできると、北海道から沖縄、さらには海外からも応募が殺到したといいます。

さらに、オンライン化したことで意外な反応もありました。直接出会うことがない離れたメンターには、かえって自分の本音を話せるという声が届いたのです。

認定NPO法人カタリバ 加賀大資さん
「一見、渡ししているものは無線LANやPCなんですけど、われわれとしては斜めの関係の大人という“存在”を届けている。例えば、先生や親の言うことはなかなか聞けないし、でも友達にも真面目な相談がしにくい。でも年上の利害関係の少ない斜めの関係の大人だと、同じことを言われても、すっと入ってきて、自分自身の不安を少し軽減できる存在になったりします。その関係をオンライン空間に移行したというだけだと思うんですよね。オンラインにしたことで担い手の数も、そして届ける相手も規模が大きくなった、広がったと思います」

「自分が使える支援制度」探すことも便利に

これまで紹介してきた支援制度を、みなさんは1つでも知っていましたか?
今は必要なくても、もし自分が困窮したときに、どうやって公的な支援制度を調べたらいいのか。
いま自分が受けられる制度を手軽に見つけることができるサービスも生まれています。

必要なもの 「LINE」アプリ
利用方法
1) LINEで「シビチャット」を友だち追加
2) 「全国版」を選択し、チャットbotの選択肢を選ぶ
3) 見つかった支援制度を「詳しく見る」
  →HPや問い合わせ先が出てくる

LINEには、自分の経済状況や健康状態、家庭環境などに関する質問が自動で出てきます。「はい」「いいえ」などで回答していくと、89ある支援制度の中から、いまの自分が受けられる制度を提示してくれるというものです。

質問に答えるだけで利用できる制度が見つかる

開発したのは、19歳の高木俊輔さんです。高校時代から、子育て支援の制度について、自治体の情報の伝え方や親が持っている情報に格差があることに問題があると感じ、3年生の時に起業。渋谷区に提案して、親子が利用できる公共のサービスを、1人1人に合わせて知らせてくれるサービスを開発した経験があります。
コロナ禍、そのサービスを改良し、全国の困窮支援の制度を検索できる無料のシステムを作りました。
官公庁の制度には利用するまでに難しい過程が多く、もっと手続きを簡潔化した方が良いと指摘した上で、今後は、官民が一緒になって、デジタル化を進めていきたいといいます。

株式会社Civichat 高木俊輔さん
「本当に優れた公共制度を作るには、どう設計するかを考えるべきだと思います。入り口だけをデジタル化しても、申請は窓口や郵送だったりと、色んなハードルがあります。僕たちだけでは解決できない事もあるので、自治体や官公庁など制度そのものを作っている人たちと協力して公共制度のデジタル・トランスフォーメーションをやっていきたいですね
選択格差を減らすというのが1つ大きな目標です。“あの時その選択肢を知っていたら、選んでいたのにな”という、知っているか知らないかの差で生まれる後悔をなくしていきたいと思っています」

取材後記

困窮支援のデジタル化は、すべてをデジタルに替えることではなく、デジタルのいいところと、これまでの支援で培ってきた経験値を合わせてより良いサービスを作り上げることだと分かりました。
支援で得られるものの質や暖かさが変わることはなく、より多くの人が支援につながりやすくなっていると感じます。
しかし、デジタル化を進める皆さんの思いとして共通していたのは、「将来的には、支援が必要な全ての人が支援につながることができるようにしたい」というもの。極端なことを言えば、支援が必要と思っていない人でさえ、その状況をデータ分析し、支援が必要だと自動で判断されれば、支援に結び付くことができる世界です。
そんな未来をたぐり寄せようとする現場の進化を、これからも取材し続けていきたいと思います。

  • 立花江里香

    首都圏局 ディレクター

    立花江里香

    2016年入局。名古屋局を経て2020年から首都圏局。社会保障や経済などをテーマに番組を制作。

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