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時代で変わる国語辞典 かつて「女」は「優しく産み育てる人」今は?

  • 2022年1月2日

パソコン通信、スッチー、コギャル…。ことし改訂された国語辞典から姿を消したことばです。
「ことば」はいわば、生き物。目まぐるしく変わる社会や価値観の変化とともに、刻々と新しいことばが生まれています。一方で、使われなくなり、時代とともに意味が変わっていくものも数多くあります。約60年前の国語辞典には「女」は「優しく、子どもを産み育てる人」と書かれていました。しかし現在、その表現は残っていません。
「いま」を写す国語辞典をつくるため、日々「ことば」と向きあい続ける、辞書編さん者を取材しました。
(首都圏局/ディレクター 寺越陽子)

国語辞典に載ることば・消えることば

2021年12月、8年ぶりに全面改訂された国語辞典の第八版が刊行されました。

およそ8万4000のことばを収録するこの国語辞典の特徴は、「新しいことばに強い」ことです。今回の改訂では、「ラスボス」「マリトッツォ」などの流行語をはじめ、SNSで使われることの多い「身バレ」「リアタイ」といったネット用語など、およそ3500の新しいことばが追加されました。

【「三省堂国語辞典」第八版】 新たに追加されたことばの例
アウティング/赤信号みんなで渡ればこわくない/eスポーツ/犬笛/インフルエンサー/ウェビナー/エコバッグ/遠慮のかたまり/置きに行く/ガテン系/壁打ち/完コピ/完母/ギャン泣き/きょうイチ/キラキラネーム/香害/自分事/主語が大きい/素で/聖地巡礼/そうなんですね/ソーシャルディスタンス/ゾーンに入る/即完/ツーブロック/DMAT/ディストピア/デジタルトランスフォーメーション/テンプレ/どこでもドア/撮れ高/斜め上/鍋を振る/猫パンチ/バインミー/羽根付きギョーザ/腹落ち/ビャンビャン麺/秒で/ブースト/フレイル/別日/ベビーキープ/ヘルプマーク/棒人間/ホニャララ/ホンビノス貝/麻辣/身バレ/黙食/持ってる/夢落ち/リアタイ/ルッキズム/列格/連席

 

一方で、いまの時代にはそぐわないとして、使われなくなったり、意味が変わったりすることばも数多くあります。
今回の国語辞典の第八版では、およそ1100のことばがなくなりました。 

【「三省堂国語辞典」第八版】 削除されたことばの例
コギャル/サッカーくじ/スッチー/テレカ/パソコン通信/プラズマディスプレイ/ペレストロイカ/ボイン/携帯メール/社縁/女の腐ったよう/MD/BBS/NHK 

「国語辞典をつくる人」 ことばハンター・飯間浩明さん

この国語辞典に携わる辞書編さん者のひとりが、飯間浩明さんです。
飯間さんは、人呼んで「ことばハンター」。辞書に載せることばを集めるために、街やテレビ、インターネットから、日々どんなことばが生まれて、どう使われているのかを観察しています。喫茶店にいても旅先でも、気になることばや知らないことばを見つけるたびに記録する、これが飯間さんの日常です。

飯間さんにとって、「ことばハンティング」で出会うことばは、一期一会です。気になることばを見つけると、スマホで写真を撮ったり、音声入力して記録します。

集めた膨大なことばは、最終的にパソコンのデータベースに保存して、辞書をつくるための資料にします。

取材で同行した飯間さんの「ことばハンティング」の収穫は、こちら!(2021年12月)
しびれ豚丼/夜得/よだれ鶏/鳥唐/全部のせ/遊びきれない/女優ライト/選べる2つの盛り/最新プリ/安定の盛れ感/カレーが全然新しい/昼飲み/クアンク盛れ/家具転 など

 

「三省堂国語辞典」辞書編さん者・飯間浩明さん
街の中っていうのは本当に『ことば』であふれているんですよ。今はコロナでなかなか外出がままならなくなりましたが、なるべく外に出て、多くの人がどういうことばをどんな風に使ってるのかを観察するようにしています。
例えばこのあいだ街を歩いていたら、後ろの方で女性の2人連れが『この店おしゃれだね』『オッシャー』という会話をしていたんですね。『おしゃれ』のことを『オッシャー』って言うんだと思って、すぐに記録しました(笑)」

「推しが“尊い”」はもう日常語? 時代を写す「生きたことば」

飯間さんが集めているのは、いま実際に使われている、リアルな「生きたことば」です。
今回の国語辞典にも、たくさんの「いま使われていることば」が掲載されています。

例えば「尊い」ということばは、今回の第八版で「神仏などに対して使うことば」だけではなく、「自分の好きなアイドルなどに対して使うことば」としての解説が付け加えられています。

飯間さん

現在の日本語がどうなっているかということをなるべくゆがみなく、正確に写し取りたいんです。
「やばい」ということばは、昔は「危ない」というだけの意味でしたが、今はどういうふうに使うかというと、一つはすばらしいという意味で、「その服やばい」というふうな使い方をしますよね。他にも、「今日やばい寒い」なんていうふうに、程度を表す際にも使われたりしています。このような、「いま実際にどんなふうにことばが使われているのか」を、具体的に辞書に反映していきたいと考えています。

時代に合わせて、辞書は生まれ変わる

国語辞典は、何年もかけて「改訂」を繰り返します。
「改訂」とは、収録されることば全てを見直して、ことばの項目を追加したり、反対に削除したりして、時代に合わせて辞書を生まれ変わらせる作業のことです。
今回の第八版の改訂に至るまでに、およそ8万4000のことば全てが見直されています。

国語辞典の製本の様子。国語辞典は膨大なページ数になるため、特別に開発された非常に薄い専用の紙を使用しています。

 

辞書の最新版が出てから1年たち、2年たつうちに、内容が古くなっていきます。
どこが古くなったかを見つけて、直していくことが必要になります。
つまり、辞書の完成形ってないんです。ことばがどんどん変化していくかぎり、その変化を追いかけていくわけですから、常に、どこかまだ追いかけきれないところがあって、本当に終わりがないと思います。

約60年前の「女」とは…「優しくて、子どもを産み育てる人」だった

■三省堂国語辞典・初版(1960年)
1960年に発行された国語辞典の初版で「女」ということばを引くと、「女」とは「人のうちで、優しくて、子どもを産み、育てる人」と説明されています。

 

女性を「優しくて、子どもを産み、育てる人」と表現されていることは、今の視点からだと非常に驚かれるのですが、当時の辞書としては、むしろ「女」ということばをできるだけ具体的にイメージできるように説明しようと努力した結果なんです。
1960年頃の「女」といえば、「お母さんのように優しくて、子どもを産んで、おうちで家事をしながら、夫の帰りを待っている」それが当時の典型的な女のあり方とされていたということでしょう。しかしやはり、いまから見れば、この時代特有のバイアスがかかった見方だったと思います。

国語辞典からみつめる「女」の変化

その後、版を重ねるにつれ「女」の意味も変わっていきます。(主に(1)の意味の解説から抜粋しています。)

■第二版(1974年)※抜粋
「人間の生まれつきのはたらきとして、子どもを生む力を持つ(ようになりうる)人。」(中略)
「気持ちがやさしい、弱い、受け身である、などのように、女が本来持つと考えられる性質を特に強く持った人。」

■第三版(1982年)※変更なし
■第四版(1992年)※大きく変更なし

■第五版(2001年)※抜粋

「人間のうち、子を生むための器官と生理を持つもの。」
「気持ちがやさしい、弱い、受け身である、などのように、女らしいとされる性質を特に強く持った人。」

■第六版(2008年)※大きく変更なし

■第七版(2014年)※抜粋

「人間のうち、子を生むための器官を持って生まれた人(の性別)。」
〔法律にもとづいて、この性別に変えた人もふくむ〕

■第八版(2022年)※抜粋

「人間のうち、子を生むための器官を持って生まれた人(の性別)。」
〔生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分はこの性別だと感じている人もふくむ〕

 

今回の第八版では「性自認」の観点からも、「女」ということばを見直しています。
2010年代になり、ジェンダーについての意識が多くの方に育ってきた中で、性別は、持って生まれた体とは別に、心の面も考えるべきではないかという議論が多くなされるようになってきました。そうした動きを辞書に反映しないわけにはいかないということで、今回の内容になっています。
このように、世の中の動きを観察しながら、辞書のことばも変わっていくということなんです。

 

気になったので、およそ60年前の「男」ということばも見てみました。

■初版1960年
「人のうちで、力が強く、主として外で働く人。」
と書かれています。60年前は女性だけでなく、男性もジェンダーバイアスがかかっていたということがわかります。

 

わたしなんかは、力が弱くて、あんまり重い物は持ち上げられないので、昔だったら「男のくせに」って言われたかもしれないですね。でも、今はそう言っていいんだろうかという議論が出てきましたので、もちろんそういう書き方はしていないということですよね。

今回は…
■第八版(2022年)※抜粋
「男」…「人間のうち、子種を作るための器官を持って生まれた人(の性別)。男子。男性。」〔生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分はこの性別だと感じている人もふくむ。〕

「ことば」に迷う人こそ辞書を開いてみてほしい

目まぐるしく移り変わる社会や価値観とともに、ことばもまた揺れて、変化していきます。
そうした中で、ことばをどう使うべきか、正しい使い方なのか迷うこともあります。
だからこそ、ことばがどう使われているのか、辞書を引いて知ってほしいと飯間さんは言います。

 

わたしたちがつくる国語辞典には「正しいことば」「間違ったことば」は書いていません。ことばを使う人がそれを判断するための「材料」を書いているつもりです。
辞書にできるのは、ことばの正解を決めることではなく、ことばがどういう背景でどう使われているか、できる限り客観的な情報を書くことだと思っています。
ですから、ことばに迷ったときこそ辞書を引いてみてください。ああ、このことばはこういう由来があって、今はこんなふうに使われているんだなということをまずは理解していただきたいんです。
その上で、そのことばを使うかどうかは、ぜひご自身で考えて、判断していただきたいと思っています。

  • 寺越陽子

    首都圏局 ディレクター

    寺越陽子

    2018年入局。制作局を経て2021年から首都圏局。 ラジオをこよなく愛しています。

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