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新潟県村上市で伝統のサケ漁が不漁 いつもと違う年の瀬の表情

  • 2021年12月22日
 

古くからサケ漁が行われ、独自の食文化を育んできた新潟県村上市。ところが、ことしは三面川でとれるサケの漁獲量が、ここ10年で最も少ない不漁に見舞われています。サケとともに暮らしてきた地元の人たちは、一抹の不安を覚えながら、この自然の恵みに向き合う年の瀬を迎えています。
(新潟局 木村信哉カメラマン)

「イヨボヤ」と呼ばれるサケ

新潟県村上市では、サケを「イヨボヤ」と呼びます。魚の中の魚という意味です。産卵のためにふるさとの川に戻ってくるサケに感謝し、敬意をこめてこの名がつきました。
冬になると、とれたサケに塩をすり込み冷たい風にさらして身を熟成させる、伝統の「塩引き鮭」作りが行われます。あちこちの軒先にサケが吊り下げられた景色は、村上の冬の風物詩にもなっています。

サケと村上市の深い関係を示すエピソードは、江戸時代にも見いだすことができます。

「サケが生まれた川に戻ってくるのであれば、産卵を増やすことで再び多くのサケが戻ってくる」

村上藩の藩士、青砥武平治はサケの回帰性にいち早く注目。地元を流れる三面川の一部に、サケが安全に産卵できる場所などの整備を行いました。効果は徐々にあらわれて漁獲量は年々増加し、サケは村上藩の貴重な財源となったそうです。市のホームページには「村上の鮭文化の礎を築いた人物」として紹介されています。
明治時代には、サケの人工ふ化技術もいち早く取り入れるなど、この地域にとってサケは、川の恵みであり、守り続けている財産でもあるのです。

漁獲量 過去10年で最低

その伝統のサケ漁に、ことしは異変が起きました。
三面川でのサケ漁は主に、川幅いっぱいの柵の中で川の両側に金属製のしかけを落とし、そこへ入ったサケを引き揚げるという「ウライ漁」という漁法で一括採捕を行います。

ことしも10月1日から漁が解禁となりました。ウライ漁では多い日には900匹もとれることがありますが、ことしは200匹に満たない日が続きました。サケ漁は1月末まで続きますが、一度にたくさんとれるウライ漁は12月15日で終了。この時点での漁獲量はおよそ1万4000匹で、過去10年では最も低く、去年と比べても7割に満たない結果となっています。

伝統の「塩引き鮭」にはメスの力も借りて

村上市に住む五十嵐盛輝さん(75)は「塩引き鮭」作りをおよそ40年間、毎年行ってきました。しかし、ことしはサケの不漁により、普段はあまり使わないメスも「塩引き鮭」にすることにしました。
というのも、メスはイクラが腹に詰まっている分、一番脂がのっておいしいと言われるハラスという部位が薄く、「塩引き鮭」にはあまり適していないのです。五十嵐さんのところでは、例年に比べると半分程度の「塩引き鮭」作りとなる見込みです。

地元でサケは“年越し魚”とも言われ、大晦日の食卓にこの伝統の「塩引き鮭」は欠かせないという人も多くいる中、五十嵐さんは肩を落としてこう話しています。

五十嵐さん
「ことしは不漁なので仕方がないです。それでも帰ってきてくれたサケに感謝しています」

仕入れ値は1.5倍に 飲食店から上がる悲鳴

「ことしはサケの仕入れ値が昨年の1.5倍に跳ね上がった」

こう話すのは、およそ200年続くという地元の料亭です。旬の味覚を届けたいという思いから採算は二の次として考え、毎日仕入れに足を運び、手に入れたサケは頭から尻尾、内臓まで余すことなく料理して提供しています。
店の11代目、山貝誠さん(41)は苦しい胸の内を語ります。

山貝さん
「イクラの仕入れ値が高級和牛と同じくらいにまで高騰しています。厳しい状況ですが、村上にとっては、サケ料理は文化だと思っていますし、旬の味を届けたいのでことしは値上げすることなく頑張っています」

また、村上市ではこの時期、サケを地域観光の目玉とするため、市内20あまりの飲食店とタイアップして、「ハラコ(イクラ)飯」を提供する「ハラコフェスティバル」が開催されます。しかし、ことしは不漁の影響でイクラの仕入れが足りず、店によっては代わりにサケの切り身を入れたり、他の海鮮を混ぜて提供するなどして、しのいでいるということです。

不漁の原因は?

サケの不漁は現在、国内各地で起きていますが、はっきりとした原因はまだわかっていません。国では対策検討会を開いていて、サケの不漁の原因についていくつか仮説を示しています。

【仮説 サケ不漁の原因】
・稚魚が海に降りた時の水温が適温ではない
・稚魚がオホーツク海などに回遊することができない
・稚魚の餌環境の悪化など

新潟県の水産海洋研究所所長の河村智志さんは、首をかしげながらこう話してくれました。

河村さん
「新潟での不漁も、この仮説が原因なのか、今の段階では言えないが、サケは生活の上でも文化としても無くてはならないもの。減ってしまうのは寂しい話です。なんとか増やしていけるような方法を考えて行きたい。そのためにはなぜ減ったのか原因をしっかり押さえることが重要です」

4年後に帰ってきてもらうためにも

三面川鮭産漁業協同組合では、毎年1000万粒を目標に採卵して稚魚に育て、翌年の2月頃から放流を行っています。しかし、ことしは目標の7割ほどしか卵が確保できませんでした。

来年以降もこの状況が続くのか。

漁協の平田茂伸さんは一抹の不安を感じながらも、例年と同じ作業を続けていました。

漁協 平田茂伸さん
「卵をとらなければ、4年後がないと思っている。この現状、どうしたら良いかわからない。次の世代にサケを引き継ぐことが義務だと思っています。頑張らないといけない」

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