WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 京王線切りつけ事件 緊迫の15分間に新証言「“これは死ぬな”という感覚」

京王線切りつけ事件 緊迫の15分間に新証言「“これは死ぬな”という感覚」

  • 2021年12月3日

京王線の車内で乗客が切りつけられた事件から1か月あまり。混乱の車内で何が起きていたのか、乗客たちを独自に取材しました。
異様な雰囲気の容疑者を目撃した人、不安の中で死を覚悟した人、他の乗客を助けながら逃げた人…。
命の危機を感じながらも、それぞれが助かるための行動を必死に選んだ「あのとき」。知られざる緊迫の15分間です。
(社会部/記者 周英煥、岡崎瑶)

12月3日(金)夜7時30分から
首都圏情報ネタドリ! 『どう守る電車の安全 京王線・切りつけ事件から1か月』
見逃し配信はこちらから

15分間に何が 京王線切りつけ事件の真相

10月31日、京王線の調布駅を夜7時54分に出発した10両編成の特急電車で事件は起きました。

調布駅から3号車に乗り込んだ男が、刃物で乗客1人に切りつけます。
その後、男は進行方向の5号車に移動し、液体をまいて火をつけて2号車に移動しました。
電車は、国領駅に緊急停車。男はかけつけた警察官に逮捕されました。

この事件で、3号車で刺された70代の男性が重体に、煙を吸うなどして16人が怪我をしました。
出発から容疑者の逮捕まで、15分間の出来事でした。

あのとき何が 乗客を独自取材

事件から1か月あまり。京王電鉄が国土交通省に提出した報告書には、車内で起きたことの客観的な情報は書かれています。しかし、今後の対策として何ができるのか考える上で、詳細な現場の声を集める必要があると考えた私たちは、改めて証言者を探しました。

不安と恐怖にさらされた15分間を語ってくれたのは5人の乗客です。
容疑者と同じ3号車に乗っていた1人。6号車には3人がいました。そして先頭車両の10号車に1人。それぞれの証言で事件を振り返ります。

発車直後の異変 逃げる人の波

まず話を聞いたのは、容疑者と同じ3号車に乗っていた吉田涼さんです。
電車が調布駅を出発したのは夜7時54分。異変を感じたのはそれからすぐのことでした。

吉田さん
「寝るわけじゃないんですけど、目を閉じていたら、下からなんかドドドドドドドドーッていう子どもが大暴れしてるような振動がきたので、何だろうと思って見たら、大名行列みたいに人が流れてくる、小走りで流れてくるのが目に入ったんです。ハロウィーンだったので、『ふざけてるのかな』っていうのと、真面目にやっているにしても、電車内じゃあり得ないことだったのでちょっと理解できなかったです」

6号車に乗っていた男性は、異変を感じた直後からスマートフォンで撮影を始めました。

6号車に乗っていた男性
「まず、人々が無言で逃げてきまして。後方車両から4、5人のグループが前の方に移動してきて、最初はハロウィーンか、乗り換えのためなのかなというぐらいの感じでした。すると、また人がどんどん来まして、あ、これは何かがあったなと思って、すぐにカメラを横に構えて撮影しました。とにかく皆さん走ってくるんですけど、何があったのかが全然分からないまま、一生懸命、死に物狂いという感じで走ってきていました」

容疑者からもっとも離れた10号車に乗っていた男性。はじめに感じたのは小さな違和感でした。

10号車に乗っていた男性
「一番端の車両だったので、席は空いているんですよ。1人2人と人がきて、いすが空いてないから、こっちの車両に来て座るのかなと思ったけど、座らないんだよね。それでもゾロゾロ来るから、何か変だなと思って。他の乗客が『何かあったんですか』って聞いたら、“刃物を持ってる”とか“振り回してる”とか言ってるから、えー、これちょっとまずいぞと」

逃げる人越しに見た 異様な雰囲気の人物

乗客が次々と前方の車両へと逃げ始めた頃、3号車の吉田さんはその向こうに、異様な雰囲気の人物がいることに気がつきました。

逮捕直前の容疑者の様子

吉田さん
「足を組んで、本当に偉そうな感じで座っていたんです。やっぱり変じゃないですか、人が避難していく中でここに座っているのは。なので、イヤホンしてるからあの人は避難しないのかなって。だから僕は、行って声をかけようって思ったんですよ。その瞬間にどなたが言ったか分からないけど、『刃物持ってる、逃げて』っていう声が聞こえたんです」

状況わからず 募る死の恐怖

前方の車両では、次々と人が逃げてくる一方で、状況を知らせる車内アナウンスなどはなかったといいます。乗客たちは何が起きているのか分からず、恐怖を募らせていました。

10号車に乗っていた男性
「体感的にはすごく長く感じた。特急だからしばらく止まらない、長いっていうのを知ってるから。先頭車両だから、前しか見てられないし。今どこを走っているのかが、まず分からない。いろんな情報が行ったり来たりしてるから」

6号車に乗っていた米澤和真さんは、過去の重大事件が頭をよぎったといいます。

米澤さん
「サリンとか、そういう毒だったら怖いなと思いました。電車で何か人がパニックになるといったら地下鉄サリン事件が一番、印象が強いので。僕はそのとき生まれてもないですけど、毎年その時期になるとニュース番組でやっているぐらいの大事件ではあったので、それが一番怖かったですね。今、もう吸ってしまったんじゃないか、もしかしたら死ぬのかなと、ちらっとは考えましたね」

3分後の爆発音 恐怖がピークに

電車が出発してから3分後には、5号車に移動した容疑者がライター用のオイルをまいて火をつけ、爆発音が上がります。乗客の恐怖は一気に高まりました。

そのころ、6号車から10号車まで逃げていた飯嶋琢己さんの証言です。

飯嶋さん
「10両目に着いてから、かすかにですけど『ボン』っていう音がはっきりと聞こえました。一瞬で、電車になにか起きたって思いましたね、そこで。女性の方は泣きじゃくっていたり、たぶん親御さんに電話していたと思うんですけど『もう駄目かもしれない』みたいな話をしていて。恐怖で体が震えるって、本当にあるんだと。これは死ぬな、っていう感覚はありました」

“電車を止めろ”乗客たちの焦り

容疑者と同じ3号車に乗っていた吉田さん。4号車へと逃げる途中、電車がいっこうに止まる気配がないことに不安を感じ、非常通報装置のボタンを押したといいます。

吉田さん
「一緒にいた3人と話して、『やっぱり停止ボタンを押しといたほうがいいよね』って。『もう事が起きたのは絶対分かってるんだから、いたずらじゃないからできることは全部やっちゃおうよ』っていうことで、押しましたね」

京王電鉄によると、乗客によってボタンが押された非常通報装置は4か所。車掌が呼びかけたものの、いずれも応答がなかったとしています。
吉田さんは、車掌と対話ができる仕組みは知っていましたが、切迫した状況の中でそこまでの余裕はなかったと振り返ります。

吉田さん
「ニュースでは『これで会話をしてもらいたかった』って言っていましたが、最低限これを押して、いつもと違う状況を伝えようってことだけで使ったボタンだったんですよ。後ろから逃げてくる人がいたので、止まるわけにはいかなくてそのまま流れていきました。とにかく非常停止をしてもらったら、ホームでなくてもドアを開けて逃げられると。自分の身を守るのが人間って最優先だと思うんですよ」

先頭の10号車では、止まらないことにしびれを切らした乗客が運転士に直接訴えていました。

飯嶋さん
「とにかく電車を止めさせようと。最初、女性がドアをたたいていたんですけどまったく聞こえている様子がなかったので、自分も車掌席の真ん中にある窓ガラスをばーってたたいて。シャッターのようなものがあって、まったくこっちの様子を気にかけることもなかったので、大声を出して『止めろ』って言って。けっこうたたき続けましたね」

20秒ほどたたき続けたところで、運転士が気づいたといいます。

飯嶋さん
「中のシャッターみたいなものを開けたタイミングで、混雑しているのを見て驚いていた様子でした。声はちょっとこもった感じでしたが『本当に止めていいんですか』みたいな感じだったと思うんです、言っていたのは。だから『とにかく止めろ』って」

脱出 開かないドアに“暴動起きた”

19時58分、電車は国領駅に緊急停車しました。地下のトンネルの中にホームの光が見えた
ときの心境を吉田さんはこう語ります。

吉田さん
「もう本当に心が明るくなりましたよ。皆さんの笑顔を覚えているので。笑顔になって、あ
あ、これでよかったねと。ドア開くねと。なので『皆さん無理しないでドア開くのを待ちま
しょう』と言った記憶はよく覚えてるんですよ」

しかし、電車は停止位置より2メートル手前で停止。車両のドアとホームドアとのずれがあったことで、ドアは開けられませんでした。

このことで、駅に着けばすぐに車内から脱出できると期待していた乗客たちの怒りが一気に高まったといいます。

飯嶋さん
「本当に怒りになっていました、そのときは。『ドアをなんで開けねえんだ』みたいな、電
車に対してというか、運転士さんに対して。今は全然そう思わないですが、当時は『何やっ
てんだ』っていう感覚しかなかったです」

吉田さん
「放送で『ホームドアと(車両の)ドアがずれてしまったので、少々バックします』って言
ったんですよ。その瞬間、暴動が始まっちゃったんですよ。『バックなんか、ふざけんじゃ
ねえ』って怒鳴ってる人や、窓ガラスを壊そうとする男の人、女の人も『いい加減にしてよ』
と。さらに『窓から窓から』という声が上がって、何人かの女の人が先にもう窓から出た。ある女性が窓から上半身を出したところで、電車がバックしだしたんですよ。その振動で落ちそうになってしまったことで、その人は恐怖で動けなくなってしまって。そのあと駅員さん、運転士
さんなのかな、バーッと出てきて。『皆さん、ちょっと危ないので』と。でも、言うことは
みんな聞かないで、窓からどんどん出ていましたね」

極限状態でも“誰かのために”

京王電鉄の報告書には、午後8時08分に「相手者(容疑者)と重傷者以外のすべてのお客様が車外へ避難したと推定」と記載されています。

密室で起きた事件、すべての乗客が極限状態に置かれていた中で、それでも多くの人が「自分以外の誰か」のために行動を取っていたことも、今回の取材で分かりました。

吉田さんは、後方の車両へと逃げる途中でも、イヤホンをつけていて状況に気づいていない乗客をたたいて逃げるよう促していました。また、他の乗客と話し合い、転倒した人の介助や非常用のドアコックの操作を分担して行ったといいます。

米澤さんもこう振り返ります。

米澤さん
「わりとみんな窓に集まっていましたけど、譲り合っていました。荷物をいったん外の人に持ってもらって、僕が外に出る。次は僕が車両にいる人から荷物を預かって。女の人だったら手を貸したりとかして。そうやって、みんな協力し合って外に出ましたね」

容疑者はなぜ 残された傷

理不尽さの残る事件。6号車で車内の様子を撮影していた男性は、電車から脱出したあと、容疑者の姿を目にしていました。

6号車に乗っていた男性
「後方車両の様子を見にいったときに、短い刃物を持っているやつがいるというようなことを、駅員さんだか警察の方だかが話していて。椅子に座っている男性が、車内にぽつんといました。叫んだり、暴れていたりというわけでもなく、もう本当に静かに。おとなしく座っていたので、逃げ遅れた人なのかなとしか思わなかったですね」

6号車に乗っていた飯嶋琢己さんは、容疑者と同じ24歳です。こうした犯罪に至った状況に思いをはせる一方で、事件によって受けた傷は消えることがないといいます。

飯嶋さん
「フラッシュバックするので、しばらくは近くでもタクシーに乗って帰っていました。電車でも、絶対安全というものはないんだ、また乗って何か起きたらと想像すると恐怖に駆られます。常に身構えるというか、一生、何かが心に残ったまま生きていくんだろうなという感覚はありましすね」

わずか15分間の事件は、多くの人に傷を残しました。日常の中に自然に含まれている「電車に乗る」という行為が、強い恐怖を伴うものになったダメージは計り知れません。
二度と同じような事件が起きないようにするにはどうすればいいのか、考え続けたいと思います。

  • 周英煥

    社会部 記者

    周英煥

    2017年入局。岡山局を経て2021年から警視庁担当。

  • 岡崎 瑶

    社会部 記者

    岡崎 瑶

    2014年入局。釧路局・札幌局を経て2020年から警視庁担当。趣味は登山と繁華街巡り。

ページトップに戻る