WEBリポート
  1. NHK
  2. 首都圏ナビ
  3. WEBリポート
  4. 横浜の写真家・葛谷舞子さん 葛藤の先の笑顔を撮り続ける

横浜の写真家・葛谷舞子さん 葛藤の先の笑顔を撮り続ける

  • 2021年11月1日

「ハンデを与えてしまいごめんなさい」
「人生もう終わった、育てる自信もない」

子どもと笑顔で写る親たちが、わが子に障害があると知ったときに感じた思いです。
ことし9月、東京都内で写真展が開かれました。障害がある子どもとその親たちの笑顔の写真が、親たちの思いとともに展示されていました。葛藤の先に現れた今の親子の笑顔を、ファインダー越しに見つめ続けてきた写真家の思いを取材しました。
(横浜放送局/記者 岡肇)

笑顔の親子写真

ダウン症の齊藤菜桜さんと母親の由美さん。菜桜さんの夢は、モデルとして活躍してみんなを笑顔にすることです。

齊藤由美さん
「つらいこと、苦しいこともたくさんあるけどいつも笑顔いっぱいの菜桜が大好きだよ!」

ダウン症などの障害がある鈴木凱士さんと母親の由紀子さん。いつか、家族で海外旅行をするのが夢です。

鈴木由紀子さん
「多難というのは周りが勝手に思うこと。元気に成長してくれてうれしい。楽しく過ごしてくれてありがとう」

ダウン症の少女に気付かせてもらった原点

撮影した横浜市の写真家の葛谷舞子さん(44)です。20年以上、障害がある子どもと親の写真を撮り続けています。

写真家 葛谷舞子さん
「どの家庭も障害児が生まれて、はじめから受け入れられるわけでもなく、やっぱり落ち込みます。そこからいろんなものを乗り越えて、子どもと一緒に成長して、障害を成長とともに受け入れていく。今この場で笑っていることがすごく大切だと思っています」

葛谷さんが、障害のある子どもを撮るようになったのは、報道写真を学んでいた大学時代。お腹の子どもがダウン症だと分かると、中絶を選ぶ親がいると知ったのがきっかけでした。この世の中から命が消え去っていくということに悲しみを覚え、ショックを受けたといいます。

障害がある子どもとその家族の実情を知りたいと、葛谷さんは、近所の療育施設に紹介してもらったダウン症の少女とその家族に1年半密着し、写真を撮り続けました。

家に住み込んで多くの時間を共にするなか、障害のある子どものいる家族も、笑ったり、泣いたり、当たり前の毎日があることを改めて知ったといいます。

写真家 葛谷舞子さん
「いっしょにたくさん笑ったそのときの楽しさが原点となっています。障害者がいる家族も不幸ではないと、そこで全部、教えてもらいました」

心を通わせ笑顔を引き出す

葛谷さんのもとには、写真を撮ってほしいとさまざまな親子が訪れます。10月、東京から訪れた村田哲くん(10)と両親です。
哲くんは、難病のため、手足の発達などに障害があります。

撮影前は、緊張した表情を見せていた哲くん。時間をかけて向き合う葛谷さんに、徐々に自然な笑顔が引き出されていきます。

写真家 葛谷舞子さん
「気取らずにありのままの自分を相手にぶつけて、相手にもありのままの自分を返してもらうよう心がけています。心の距離は写真に出るとずっと思っているので」

写真を見て、自分たちが笑顔でいることが子どもを笑顔にするのだと気付く親も多いといいます。

母親 村田美葉子さん
「子育てをしていて悩むことが、やはり病気の影響で多いので、家族が笑っていれば、そういうことも吹き飛ばせる。笑っていられる関係が一番いいかな」

笑顔で確認できた感謝

葛谷さんの写真で、感謝の気持ちを互いに確認できた親子もいます。

横浜市に住む高橋美暁さんと長男の昊楽さん(16)です。

昊楽さんは、わずか614グラムで生まれました。生後1週間で、脳に障害があることが分かりました。

母親
美暁さん

お医者さんから『この子は一生笑わない』と宣告されました。小さく産んでしまったことに対する申し訳なさで、苦しいなんていうことを考えられないくらい苦しかった。

子どもに申し訳ないと思い続けた美暁さんでしたが、そんな考えを変えたのは昊楽さんでした。5年前、がんが見つかり、ふさぎこんでいた美暁さんの手を昊楽さんが黙って握り続けたのです。

母親
美暁さん

今まで支えているのは私だと思っていたのですが、私は昊楽に支えられていたのだなと思いました。

ことし、葛谷さんに写真を撮ってもらった高橋さん親子。そこには支え合い、さまざまな壁を乗り越えてきた2人の今の姿が写っていました。

母親
美暁さん

笑わないと宣告されたあの日の夜の自分に、『16年後、こんなに笑っているよ』と伝えてあげたい。昊楽には感謝しかないです。

昊楽さん

写真を見て、自分の笑顔に感動しました。障害でできないこともいろいろあるけど、幸せな環境で生まれてこられてよかったと思うし、お母さんの子でよかった。

笑顔が心を動かす

葛藤の先にある今の親子の姿を多くの人たちに見てもらいたい。葛谷さんが切り取った親子の笑顔は、見る人たちの心を動かしています。

ダウン症児の母親

大きくなったらどうなるんだろうという不安が日々あるなかで、ワクワクするようなうれしい気持ちになりました。私自身も子どもといっしょに笑顔で過ごせればいいなと少し先の未来に希望が見えました。

会場を
訪れた人

感動で胸がいっぱいになりました。私は子どももいないし、結婚もしていないので、気持ちは本当のところ、分からないのかもしれませんが、笑った顔が作り笑顔ではなくて、『本当に心からうれしいね』とか、『親子になって良かったね』というのが伝わってきました。

写真家 葛谷舞子さん
「障害のある子と育てている親の笑顔を見せることで、幸せなんだねと思ってもらえることが大切かなと思っています。親子の本当にうれしいと笑っている笑顔を見て、みんなが幸せになってくれたらうれしいです」

編集後記

葛谷さんは取材のなかで、障害のある子どもが心から笑ってくれる瞬間を見たときの喜びを知って、それが撮影を続けていく原動力になっていると力強く語ってくれました。
今後も、撮りためた作品を写真集や写真の絵本にまとめて出版したり、各地で写真展を開いたりすることを目標にしているということです。
誰かが心からの笑顔を見せてくれること。それは相手が自分を、心から受け入れてくれているのと同じなのかもしれません。私も、作品に写る親子の笑顔を見て、幸せとは何かと改めて考えさせられました。

  • 岡 肇

    横浜放送局 記者

    岡 肇

    2012年入局。岐阜局、秋田局を経て30年から現職。県央地域や相模原障害者殺傷事件を担当。

ページトップに戻る